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わが闘争 〈上〉Ⅰ 民族主義的世界観 [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

アドルフ・ヒトラー著の「わが闘争 〈上〉」を読破しました。

ナチス関連本を読み倒すという特異なBlogなのに、一番有名な本を紹介していませんでした。
忘れていたわけではなく、再読するのが面倒くさかったという理由でもなく、
単に、あまり興味がなかったからです。
本書が日本でも発刊された経緯については以前に「第三帝国の興亡〈1〉」で書きましたから、
そちらを参照していただくとして、今回、ようやく読んでみようという気になったのは、
「独破戦線」の最終回としてはちょうど良いかな・・と思ったからなのです。

わが闘争 上.jpg

本場ドイツで本書が発刊された経緯を簡単に整理すると、
1923年に「ミュンヘン一揆」が失敗に終わり、ランツベルク刑務所に収監されたヒトラーが
モーリスヘスを相手に口述して編集されたものが1925年に出版されます。
第1巻と第2巻から成り、発売当初の売り上げは数千部というもの・・。
しかし1930年代~ドイツの総統になるにつれて売り上げはうなぎ登りとなり、
結婚式には付き物といった具合で、まさに一家に一冊となっていくのです。

当初、ヒトラーが考えたのは「虚偽、愚行そして臆病に対する4 1/2年の闘争」という
長ったらしいタイトルだったというのも知られていますが、
そこからもわかるように第1次大戦後に政治家を志したヒトラーですから、
本書の執筆当時は、ミュンヘンの地方政党で4年そこそこの政治経験があるに過ぎない、
30代半ばのオーストリア人が獄中で書いた本だということです。

1925_AH_MK_1st_Edition.jpg

後年、ヒトラーはこの「わが闘争」については多くを語らなかった印象を持っていますが、
常識的に考えれば、それも当然と言えるでしょう。
例えば、1944年になっても同じことを語っていたとすれば、
20年間、政治家として成長していないと証明しているようなものですし、
若気の至りだと感じている部分もあったのではないかと思います。

25歳の方が中学生時代の卒業文集を読み返して、恥ずかしかったり、
40代の課長の方が最初に手掛けたプロジェクトの企画書を見たら恥ずかしいと思うのと同じく、
もし、若い頃の自分が書いたものを読んで恥ずかしくならないなら、
その人はまったく成長していないと言われてもしょうがありません。
ヴィトゲンシュタインも5年前の記事を読めば、やっぱり恥ずかしくなります。

ということで、本書の内容についてはWIKIはおろか、Amazonのレビューも見ておらず、
研究本に研究サイトも完全無視した状態ですので、
ひょっとしたら、とんでもなく変な解釈や誤解をしてしまうかもしれませんが、
そこそこヒトラーを勉強してきた読書好きの日本人という立場で、
この若きヒトラーの思いが書かれた本に挑みます。

mein kampf 1925.jpg

まず、「序言」では、ランツベルク刑務所に収監されたことを契機に本書に取り掛かったことと、
その目的について簡単に述べています。
「わたしは二巻の書において、われわれの運動の目標を明らかにするだけでなく、
われわれの運動の発展の姿をも記そうと決心した。
さらにわたし自身の生い立ちを、第一巻と第二巻の理解に必要であり、
またユダヤ新聞がつくりあげた、わたし個人に関する不当な伝説を破壊するのに
役立つ限り、述べておいた」。

1920 in Munich’s Hofbräuhaus, Adolf Hitler.jpg

この上巻は副題が「Ⅰ 民族主義的世界観」となっており、その第1章は「生家にて」。
ドイツとの境に位置するオーストリアのブラウナウが生誕の地であることを述べると、
それが運命であり、「幸運のさだめ」だとし、いきなりアンシュルスを力説します。

「ドイツ・オーストリアは、母国大ドイツに復帰しなければならない。
しかもそれはなんらかの経済的考量によるものではない。
そうだ、そうだ。たといこの合併が、むしろ有害でさえあっても、
なおかつこの合併はなされなければならない。
同一の血は共通の国家に属する。
ドイツ民族は自分の息子たちを共通の国家に包括することすらできない限り、
植民政策の活動への道徳的権利を持ちえない。
ドイツ国の領域が、ドイツ人の最後の一人に至るまでも収容し、
かれらの食糧をもはや確保し得なくなったときにはじめて、
自国民の困窮という理由から、国外領土を獲得する道徳的権利が生ずるのである」。

う~む、1ページ目から、コレは予言的ですね。
1938年に語ったことならまだしも、その14年も前からオーストリア併合、
ズデーテンラント、ポーランド、ロシア侵攻を夢見ている気すらします。

Anschluss.jpg

そして子供時代の出来事に触れ、「両親の死」については、
「わたしは父を尊敬していたが、母を愛したのだった」。

「図工兼水彩画家」となってウィーンでの生活。
それと同時に、「わたしは多くを読み、そして学んだ」として、「読書法」を解説します。
独破戦線的にも興味深いですね。ちょっと抜粋しましょう。

「際限もなく多く読む人、一冊一冊、一字一句読む人々をわたしは知っている。
けれどもかれ彼らを『博識』ということはできない。
彼らもちろん多量の『知識』を持っている。
だが彼らの頭脳は、自分に取り入れたこの材料を分類したり、整理することを知らない。
彼らには自分にとって価値あるものと価値なきものを選別する技術に欠け、
その上、読書というものは、それ自身目的ではなく、目的のための手段である」。

hitler Landsberg 1924.jpg

本書にはかなりの箇所に注釈があり、巻末にまとめられていますが、
このヒトラーが「多くを読んだ」ことについては、ヒトラーが一冊もまともな本の名を
挙げていないことから、系統的な勉強はしていなかったという説を裏付けている・・としています。

巨大な都市、ウィーンの中心部を歩き回っていると、
「突然、長いカフタンを着た、黒い縮れ毛の人間と出くわした。
これもユダヤ人だろうか?
リンツではそんな外見をしていなかった。わたしは密かに注意深く観察した。
これもまたドイツ人だろうか?
その後わたしは汚い衣服の臭気で、気持ちが悪くなった」。

Jüdisches Leben in Wien_1915.jpg

このような生理的嫌悪感からユダヤ人嫌いが始まり、彼らについて学んでいったようです。
「淫売制度と少女売春に対するユダヤ人の関係さえも、
ウィーンではよく研究することができた。
ユダヤ人が、大都市の廃物たるこの憎むべき淫売業の、厚顔無恥な仕事をしている
支配人であることをはじめて見た時、背筋がかすかにゾッとするのを覚えた。
だが、次には憤慨した」。

政治に興味を持ち始め、ギリシャ風の壮麗なオーストリア議会を訪問するも、
議場はがら空き、あくびをしたり眠っている議員、副議長は退屈そう・・という光景にまたも憤慨。
ふ~む。。確かに議場で睡眠をむさぼっている人って、どの時代にもいますねぇ。

バイエルンに移ると第1次大戦が始まり、連隊へ志願。
東部戦線の状況をこのように解説します。
「3年間、東部のドイツ軍はロシアを攻撃した。
初めはほんの少しの成果さえもなかったように思えた。
結局、人間の数が多い大男ロシアが勝利者であるに違いなかった。
そしてドイツは出血して倒れるのだ」。

いや~、事実はそうはならないわけですが、1945年にはそうなるんですね。

Hitler+Germans-in-hospital-1916.jpg

ガス中毒となって戦後を迎え、上官の命令により「ドイツ労働者党」なる政治団体の調査へ。
フェーダーやドレクスラーが登場しますが、ほとんど「劇画ヒットラー」の雰囲気です。。
「ひどい、ひどい。これは確かに最もひどいインチキ団体だ」。

しかし、なんだかんだと悩み抜いた末、この綱領も、印刷物も何もない、
ヘボ団体に入党してしまったヒトラー。
とりあえずは宣伝担当です。

Two of Adolf Hitler's documents.jpg

新聞の読者を3つのグループに分けて詳しく解説します。
第1のグループは数字の上からは、桁外れの最大グループであり、
それは「読んだものを全部信じる人々」です。すなわち一般大衆ですね。
第2グループは「もはやまったく信じない人々」であり、ごく少数派。
第3には「読んだものを批判的に吟味し、その後で判定する頭脳をもつ人々」。

そして「大衆の投票用紙があらゆることに判決を下す今日では、
決定的な価値は最大多数グループにあり、これこそ第1のグループ、
つまり愚鈍な人々、あるいは軽信者の群集なのである」とします。

hitler_1921.jpg

また、ポスターを含む宣伝方法についても別に述べていて、
「宣伝は大衆的であるべきであり、その知的水準は、最低級の者がわかる程度にすべきで、
それゆえ、獲得すべき大衆の多くなれば多くなるほど、
純粋の知的高度はますます低くしなければならない。
余計なものが少なければ少ないほど、
そしてそれが大衆の感情をいっそう考慮すればするほど、効果はますます的確になる」。

GermanyIsFree.jpg

言いたくないですけど、正直、耳が痛いですね。
個人的には第3グループでありたいと思いますが、今の日本でも、
ネットに流れるいい加減なニュースをすぐさま鵜呑みにして拡散してみたり、
それがデマだと解ると、今度は「マスゴミ」と逆ギレして吊し上げる。。
選挙では政策よりも、「人柄が良さそう」、「若くて誠実そう」といった見た目で投票。
このような第1グループが相変わらず多いことに、ヒトラーは笑っていることでしょう。

Hitler-in-Shorts-in-The-Late-1920s.jpg

「われわれの愛を汚す売春」と、再び、この問題を取り上げます。
それは結核と同様に健康上の毒化である恐ろしい「梅毒」がテーマ。
一民族を滅亡させかねない深刻な害悪であるとして、
不治の病人の隔離、断種・・と、後の政策、最終的な「T4作戦」にも繋がりそうです。

古代ローマの円形競技場コロッセオに、古代ギリシャのパルテノン神殿の名が出てくると、
将来、ベルリンの子供たちが、「われわれの時代のもっとも巨大な工事として、
2~3のユダヤ人がもつ百貨店や、いくつかのホテルを挙げて驚愕するだろう」。
こうなると、あの「ゲルマニア計画」を夢想しているのは当然の如くです。

Albert Speer's planned capitol building for Germania.jpg

12章から成る本書の第11章「民族と人種」になって、あの「アーリア人種」が出てきました。
「アーリア人種は、その輝く額からは、いかなる時代にも常に天才の神的なひらめきが飛び出し、
沈黙する神秘の夜に灯をともした人類のプロメテウスである」。
なんだか良くわかりませんけれど、注釈でも書かれているように、
アーリア人種とはナチズムでは、ユダヤ人との区別で用いることが多いようで、
本書の場合も、ユダヤ人以外のヨーロッパ人(スラブ民族を除く)を指しているように感じます。
ですから、イメージにあるような金髪碧眼の北方人種である必要はなく、
ヒトラーを筆頭としたナチ党指導者の風貌でも、立派なアーリア人種なんでしょう。

Himmler,Goebbels,Schaub,Göring,Hitler in 1925.jpg

そして定住地も独自文化も持たないユダヤ人が寄生虫のように入り込み、
混血されていく・・という、いつもの陰謀論をこれでもかと展開するのでした。
また、以前からヒトラーが"ソ連=ユダヤ"と考えている節があるのを疑問に思っていましたが、
カール・マルクスがユダヤ人であることを本書で強調していることから、
そのマルクス主義(共産主義)者たるもの、ユダヤ人である・・という単純なことかも知れません。
或いは共産主義の首領レーニンがユダヤ系であることかも・・。

Jewish conspiracy propaganda poster.jpg

途中で2ヵ所、日本海軍や日本の文化にも独特の解釈で語っていますが、
最後の章では英国についてこのように述べています。
「イギリス国民は、かれらの指導者層と大衆の精神の中に、
一度開始された戦いは時間と犠牲を無視し、あらゆる手段を用いて
最後の勝利まで貫き通そうと決心しているあの野蛮さと粘り強さが期待される限り、
世界で一番貴重な同盟仲間であるとみなさなければならぬだろう」。

まぁ、この頃から良くわかってたんですねぇ。

Hitler_early.jpg

地方の政治団体でしかない、ナチスの運動の将来も語ります。
「この若い運動はその本質および内部の組織からして、反議会主義である。
つまり多数決の原理を拒否する。
というのは、この原理では指導者はただ他人の意志と意見の執行者に
下落してしまうからである。この運動は、事の大小を問わず、
最高の責任と結合された無条件の指導者権威の原則を主張する」。

指導者たるもの、究極のもっとも重大な責任を担うのであり、
そうしたことのできない臆病者や、責任を持てない者はその値打ちが無いと力説。
そしてこう締め括ります。
「運動が議会制度に参加するのでさえ、
ただそれを破壊するための活動という意味しか持たない」。

reichstag-1933.jpg

一応、選挙によって首相となり、「国会議事堂放火事件」の下手人は不明だとしても、
焼けたライヒスタークも修復せず、クロールオペラハウスで全権委任法が承認された・・
ということで、コレも確かに実践しましたか・・。

Krolloper hitler.jpg

予想どおり、冗長で、思いついたことを次から次へと口述している感じです。
まぁ、監獄で時間を持て余していることもあり、自分の考えを整理している風にも思えます。
この上巻554ページ、途中6回ほど落ちました。。下巻も頑張ろう・・!



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