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第三帝国のスポーツVol.1 (Sport and the Third Reich: History, Uniforms, Insignia, and Awards) [スポーツ好きなんで]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

R. Newbrough著の「Sport and the Third Reich Vol.1」を読破しました。

2月の「柏葉騎士十字章受勲者写真集」に続く、洋書写真集の第2弾です。
去年の10月に発刊されたわりと新しい大判の本書は、2冊セットで656ページ。
今年のお正月にお年玉をつぎ込んで購入しました。17000円也。。
第三帝国好きのスポーツ好きですから、こんな本は英語であろうと我慢できません。
掲載されている写真は2200枚以上だそうで、当時の写真は白黒ながらも、
現物の写真は当然カラーで、まるで「ナチス親衛隊装備大図鑑」を彷彿とさせます。

SPORT AND THE THIRD REICH_vol1.jpg

最初は「ドイツのスポーツ 1933-1945」と題し、当時の白黒写真中心で、
青少年たちが各種スポーツに打ち込む姿を紹介します。
ヒトラー、ゲッベルスフリックと並んでスポーツ指導者委員会長官と日本では訳されている
ハンス・フォン・チャンマー・ウント・オステンの肖像画も出てきました。

Hans von Tschammer und Osten.jpg

ヒトラー・ユーゲントBdMのスポーツ着姿もありますが、
一番興味深かったのは「アドルフ・ヒトラー学校」の授業の様子ですね。
途中5ページは着色カラー写真で円盤投げ、レスリング、重量挙げ、レースなどを紹介。

SPORT AND THE THIRD REICH_1.jpg

続いての章は「DRL/NSRL」です。
DRL(DRA)は以前から存在していた「ドイツ帝国体育連盟」、
NSRLは1933年にナチが政権取って誕生した「国家社会主義帝国体育連盟」です。
この連盟のボスがチャンマー・ウント・オステンなんですね。
ドイツ軍人が良く写真でも胸に付けている「DRL(DRA)スポーツ章」が実物のカラーで。

DRL Sportabzeichen.jpg

そして刺繍による「チャンピオンシップ・バッジ」が出てくると、
コレを左腕につけたフェンシング・チャンピオン、ラインハルト・ハイドリヒのデカイ写真が・・。
こちらは ↓ 表彰式ですね。2位と3位は「負けて良かった・・」と安堵の表情。。

Heydrich 1938.jpg

また「ヘビー・アスレティック・スポーシ・バッジ」なるものが金銀銅と出てきましたが、
なんなんでしょうか。レスリング、重量挙げがモチーフのような、コレはじめて見ました。

Heavy Athletics Badges_schwerathletik sportabzeichen.jpg

その他、ペナントや1等賞のトロフィー、メダルやプレートなど珍しい品々。
女性用のオフィシャル体操着も実物のカラー写真です。
やっぱりブルーなんですね。なかなか綺麗です。

SPORT AND THE THIRD REICH_2.jpg

82ページからは1936年の冬季オリンピック「ガルミッシュパルテンキルヒェン大会」。
会場のスタンドでサイン攻めに遭う、ヒトラーとゲッベルスに、スキーやスケート競技の写真。
ポスターとバッジの他、以前に紹介したスキー・ジャンプの切手
この切手のシリーズは味わいがあります。
ボブスレーも何とも言えない絵柄。。まぁ、ハニワですか。

DR_1935_Olympische_Winterspiele_4er_Bob.jpg

そして夏のメインイベント「ベルリン大会」へと続きます。
選手がユニフォームの胸につけるインシグニアも当然、実物のカラーです。
8か国のサッカー・チームの集合写真に陸上など競技写真が多数。

SPORT AND THE THIRD REICH_3.jpg

気になったのは乗馬で金銀を獲得した2人のドイツ国防軍の選手に混じって、
あのオッペルン=ブロニコフスキーが写っている写真です。
キャプションでも「メダルは取っていない」と書かれちゃってます。

SPORT AND THE THIRD REICH_4.jpg

気になったもう一枚は水泳での日本人選手の写真です。
これは200m平泳ぎで金メダルに輝いた葉室鐵夫という方で、
銀メダルのドイツ人、エルヴィン・ジータスとの2ショット。

Erwin Sietas, Tetsuo Hamuro.jpg

その他、この大会で実際に使われた円盤投げの「円盤」に、
記念の懐中時計、プレート、折り畳みナイフ、ピンバッジ、
そしてやっぱり記念切手各種、オリンピック章、聖火トーチと
関連グッズがこれでもかと出てきました。

German Reich 1936 - Miniature sheet - XI. Olympische Spiele Berlin 1936.jpg

次は2年後の1938年に開催された「ブレスラウ・スポーツの祭典」です。
いきなり会場の名前が「ヘルマン・ゲーリング・スポーツフィールド」ときましたか・・。
記念バッジも作られた大きな大会のようです。
スタンドのヒムラーも右胸にこのバッジを付けて楽しそう・・。

SPORT AND THE THIRD REICH_5.jpg

ちょうど真ん中あたり162ページから「スポーツ・ユニフォーム」の章へ。
胸にマークの入ったランニングシャツ姿の若者の写真がいろいろと出てきますが、
これが「ドイツ労働戦線(DAF)」の女の子軍団とか、
「警察」マークのムッチリ気味の女の子たちとか、かなりレアでマニアックです。。
国家労働奉仕団(RAD)」もあれば、空軍サッカーチームに陸軍ハンドボールチーム。
トレーニング・スーツと運動靴の実物も・・。

SPORT AND THE THIRD REICH_6.jpg

ここからはもっと具体的に「組織」ごとのスポーツグッズの紹介になります。
まずは「ドイツ空軍」。
当時の写真でも場合によってはカラー写真もあって良いですね。
降下猟兵に所属したヘビー級チャンピオンのマックス・シュメリングの特集もありました。

SPORT AND THE THIRD REICH_15.jpg

お次は「ドイツ海軍」、胸のアドラーはデザインも違い、ブルーが美しいですね。
高射砲での写真もあった空軍とは違い、プールで泳いだり、カヌーを漕いだり、
環境の違いも楽しめます。
そういえば表紙の写真の3人組も海軍でした。

SPORT AND THE THIRD REICH_7.jpg

「ドイツ陸軍」のアドラーの形は海軍と同じですが、色が黒ですね。
各軍の海パンまで実物が出てきますが、
さすがにそこまでは興味ない・・っていうか、好きな人にはタマランかも知れませんが・・。

SPORT AND THE THIRD REICH_8.jpg

「political leader」の章も出てきました。政治指導者と訳すか、ナチ党員と訳すか・・。
胸のアドラーは陸海軍とは違って、羽根の枚数と形も若干違います。
そしてパンツの色もナチ党カラーの褐色。

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ナチ養成学校として有名な「ナポラ」の体育着。
正式には「NPEA」と書くんですね。

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国家社会主義婦人会(NSF)」のお姉さま方も専用の体育着を持っています。

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このVol.1の最後を飾るのは「SA(突撃隊)」です。
有名な「SAスポーツ章」が各種、1942年の切手まで紹介されています。
ちなみにこのバッジは戦争が始まると「SA防衛バッジ」に名称変更されていたようです。

SA-Sportabzeichen_1942.jpg

体育着は胸に「SA」のロゴ付きで、パンツは褐色と誰が見ても突撃隊です。
ただし、ロゴの色は地区ごとに定められていて、ベルリン地区は黒、フランケンは黄色、
ニーダーザクセンならオレンジ、オーデルが赤、オストマルクはピンクなど・・。

SPORT AND THE THIRD REICH_12.jpg

当時の写真では1938年のニュルンベルク党大会での競技会が最高です。
100m走で必死に胸を出す「SA」の走者と、喰らいつく「SS」の走者のデッドヒート。
この時期はSSが巨大化していますから、SAには絶対負けられない戦いがそこにある・・。
こんな1枚の写真から、「炎のランナー」の如きストーリーが勝手に頭に浮かんできます。
仲の良かった従兄弟がSAとSSに分かれて凌ぎを削り、立場が逆転、そして戦争に・・。
どうでしょう?? 面白そうなナチス青春映画になりそうな・・。

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「遊就館」で実物にお目にかかった「ドイツ馬術徽章」というのがありますが、
「SA」にも同じようなバッジがあったことを発見しました。綺麗なケース入りです。

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本書はシッカリした函入りで高級感があります。その厚さ8.5㎝・・、もちろん重さも充分。。
amazonではこの8ヶ月ほどの間に2000円ほど値上がりしていますね。
Vol.2は、NSKK、NSFK、DAF、RAD、そしてSSと警察、HJにBdMといった組織のようです。
さ~てと、いつ読むかなぁ。



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戦争の世界史 大図鑑 [世界の・・]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

R・G・グラント著の「戦争の世界史 大図鑑 」を読破しました。

2年ほど前に「ヴィジュアル版 「決戦」の世界史 -歴史を動かした50の戦い-
という本を紹介しましたが、今回は、世界史シリーズの第2回目です。
2008年に出た360ページの大型本で、しかもオールカラー。
お値段、14940円のデカくて、重い、セレブ的な一冊です。
5000円まで古書価格が下がったら買おうと思っていましたが、
amazonでも9000円までしか下がらないので、諦めて図書館で借りてみました。

戦争の世界史 大図鑑.jpg

まずは「古代世界の戦争」です。
紀元前2450年ごろのシュメール文明の都市国家ラガシュと隣国ウンマの戦い。
続いてエジプト新王国の「カデシュの戦い」、ギリシャの「トロイ戦争」と続きます。
日付、兵力、死傷者等、場所と地図が最初に掲載され、
各々の戦いの推移が書かれていますが、単なる戦記ではなく、
重要な人物、例えば「カデシュの戦い」ならラムセス2世が別枠で紹介されたり、
エジプトの武器も、解説付きの現物写真と、カラーならではです。

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ギリシャ・ペルシャ戦争なら歴史家ヘロドトス、
「テルモピュライの戦い」なら、映画「300」のレオニダスの像も写真で登場。
アレクサンドロス大王から、ローマ帝国の時代へ・・。
「典型的なローマ軍司令官であり、大胆で素早く主導権を握り・・」と紹介されるのは
ユリウス・カエサルです。
しかし、まぁ、興味はあってもそれほど詳しくない古代史ですから、
悲しいかな、半分も理解できないですね・・。

戦争の世界史 大図鑑2.jpg

次の章は「中世の戦争」です。
6~7世紀のビサンチン帝国(東ローマ帝国)の戦いでは、「ギリシャの火」という武器が。
石油化合物を使った爆発物ナパームの原型だそうで、
海上戦において、敵艦目掛けて噴霧するそうです。絵が良い感じ・・。

greekfire.jpg

まだまだフランク族のカール大帝(シャルルマーニュ)に、ヴァイキングの登場と、
ナチスドイツ・ファンであっても、武装SSの勉強になりますね。
さらにこの頃にはイスラム国家が成立し、ペルシャやエジプトを征服。
「コンスタティノープル包囲戦」などが紹介された後、
11世紀にはエルサレム奪還を目指す「十字軍」の戦いへと進みます。

第1回十字軍の「ドリュラエウムの戦い」では、士気をくじくために包囲された街中に
オスマン軍兵士の生首を投石器で打ち込んだ・・というのが、なんとも言えません。。
絵の生首がちょっとカワイイのが良くない。

ニカイア攻囲戦.jpg

そして13世紀にはチンギス・ハーンとその子孫たちによるモンゴルが大活躍。
西はロシアからポーランドまで遠征し、中東のバグダッドも陥落。
ドイツ人・ポーランド人らと対峙した「ワールシュタットの戦い」では、
モンゴル軍は戦勝記念品として倒れた敵の耳をそぎ落として集め、
首を槍に刺して掲げた・・と、その様子を描いた版画が掲載。
耳がザル一杯に溜まってますね・・。コレをどうするかは不明です。
フカヒレみたいな調理をイメージしてしまいますが・・。

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東アジアの戦争では、チンギス・ハーンの孫、フビライが登場します。
中国へと攻め込み征服。いわゆる「元」ですか・・。
その後は「明」が台頭・・、あ~、子供の頃、もっとシッカリ勉強しとけば良かったなぁ。。
この時代に「万里の長城の西の果てに建設された要塞」の写真が出てきました。
コレは恐らく「山海関」だと思います。
ナゼ知っているかというと、ココに行ったことがあるからです・・。
ヴィトゲンシュタイン初の海外旅行は北京で、万里の長城見学がメインだったのでした。

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その他、アジアの戦いでは1177年、「アンコール・ワットの破壊」。
いよいよ日本も登場し、「源平合戦」と、源義経、武士の鎧が3ページで紹介。
武士の刀も2ページぶち抜きで迫力ありますねぇ。

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12世紀からのヨーロッパは、教皇、フランス、神聖ローマ帝国による三つ巴権力争い。
「ホーエンシュタウフェン家のフリードリヒⅠ世は赤い顎鬚を持つことから
バルバロッサ(赤髭王)として知られ、1152年に神聖ローマ皇帝に即位した」。
出ました。バルバロッサ。金箔貼りの頭部像でのご登場です。

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ブリテン島ではイングランドvsウェールズ、イングランドvsスコットランドが定番です。
もちろん「ブレイブハート」のウィリアム・ウォレスも・・・、あ~、また観たくなってきた。

braveheart.jpg

イングランドvsフランスの百年戦争ではエドワード黒太子とジャンヌ・ダルク
日本の武士の鎧に対して、「中世の甲冑」が詳しく解説されていました。
実際、チャンチャンバラバラ戦ったら、どっちが強いんでしょうね。
そんなSFアクション映画があってもよさそうなモンですけど。。

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「近代の戦争」は1492年~1750年が対象となっています。
最初はオスマン帝国の栄光と衰退。
16世紀のオスマン帝国の歩兵はマスケット銃を使って正確に射撃していたそうで、
銀メッキに彫刻も美しい銃と、剣・・。いやいや、近くで実物を見てみたくなりますね。

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そして戦争は遂に「アメリカ大陸」でも繰り広げられることになります。
それはスペインによるメキシコとペルーの征服。
わかりやすく言うと「アステカ帝国とインカ帝国の征服」です。
さらに北アメリカでは英国などが入植者として、先住民と戦います。
まだこの17世紀の時点では、今の米国人は存在しません。
米国人と言えるのはアメリカ・インディアンですね。

日本では「戦国時代」の真っ只中。
織田信長に徳川家康も紹介されつつ、1600年の「関ヶ原の戦い」、1615年の「大阪夏の陣」も。
序文にも書かれていますが、「アングロサクソンの視線」で書かれた本書ですから、
少し気にしつつ読みましたが、実は日本史もまったくダメなヴィトゲンシュタインですから、
まったく違和感ありませんでした。
ちなみに織田信長の紹介はこんな感じです。
「最初に天下統一の歩を進めた偉大な覇者」。

戦争の世界史 大図鑑8.jpg

ちょうど真ん中、180ページから「帝国と革命」。1750年~1914年まで。
フランス、オーストリア、ロシアvsプロイセンの対決、「七年戦争」です。
主役はプロイセン王、フリードリヒ2世、またの名はフリードリヒ大王です。
音楽の才能に恵まれ、絵画を愛好した教養人ですが、戦術の天才としての評判は
今尚、賛否両論があるそうですが、いずれにしてもヒトラーのアイドルであり、
ベルリン総統ブンカーの小さく質素な執務室に肖像画が掛けられていたほどです。

Friedrich der Große.jpg

アメリカ独立戦争も始まって、ヨーロッパではナポレオンが台頭します。
1812年6月4日にロシアへ侵攻。
しかし10月、ロシアは敗北を認めず、やむなくモスクワから撤退することに・・。
こうして1941年にロシアに侵攻したドイツ軍の将官たちも本を読んで恐れていた、
冬の悪夢のような撤退で多くの兵が飢えと寒さで野垂れ死にするのでした。
う~む。。コレはなにか本を読んでみたいですね~。

La Campagne de Russie menée par Napoléon en 1812.jpg

1860年のアメリカ南北戦争。
リンカーン大統領も紹介されていますが、今回、気になった人物は、
南部連合の軍司令官、ロバート・E・リーと、北軍最高司令官ユリシーズ・S・グラント、
そしてウィリアム・T・シャーマンです。もちろん、3人とも戦車の名前。。
スピルバーグの映画「リンカーン」見逃したんですよねぇ。

「帝国主義支配下の紛争」も興味深かったですね。
西欧列強は原料と資源を求めて、米国、オーストラリア、アフリカ、インドへ。
当然、先住民の抵抗を招きます。
1857年にはインドで大反乱が起こり、デリーを奪還した英国軍は、
反逆者を絞首刑に・・。こういう写真を見ると、ナチス・ドイツの先例にしか思えません。

戦争の世界史 大図鑑9.jpg

日本も明治維新から「西南戦争」、「戊辰戦争」、「日露戦争」と紹介。
最近、ここら辺にも興味あるんですね。靖国神社の「遊就館」で思いましたが、
第2次大戦の日本軍を理解するには、ここからやっていかないとダメな気がするんです。

まだまだ、以前から知りたいと思っていた「イタリアの統一」に、
「ドイツ帝国の誕生」、これは"鉄血宰相"ビスマルクに、普墺戦争と普仏戦争ですね。

戦争の世界史 大図鑑6.jpg

いよいよ最後の章、「世界大戦の時代」1914年~現在。
第一次大戦の「タンネンベルクの戦い」など、数々の戦役も勉強になりますが、
各国の手榴弾やガス砲弾、迫撃砲(ミーネンヴェルファー)といった、
はじめて見る兵器のカラー写真に思わず目が行ってしまいます。
ちなみに来年は2014年、第一次大戦勃発から100周年です。勉強しないとなぁ。。

戦争の世界史 大図鑑12.jpg

トルコではパシャが登場し、「ガリポリの戦い」。
ガリポリ・スターっていう勲章も凄いですね。
フジ出版社の「ガリポリ―第一次大戦における最大の勇気と最大の愚行」読むか・・。
おっと、著者はアラン・ムーアヘッドでしたか。。

Tuerkischer Eiserner Halbmond.jpg

大戦が終わると、「ロシア内戦」、「日本軍の中国侵攻」、「スペイン内戦」と続き、
ヒトラーの戦争が始まります。
「電撃戦」ではグデーリアンが紹介され、北アフリカではロンメルモントゴメリー
海戦も「ラプラタ沖海戦」に、「戦艦ビスマルクの撃沈」、
バルバロッサ作戦」から、モスクワレニングラードスターリングラードクルスク
コンパクトに重要な会戦が書かれていました。

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ドイツ爆撃」ではハンブルクドレスデンの空襲
英空軍爆撃機軍団を指揮したアーサー・ハリスのコメントも紹介します。
そして西部戦線はノルマンディ侵攻、アルンヘムの戦い、バルジの戦い、ラインラントの戦いと
史上最大の作戦」、「遠すぎた橋」、「バルジ大作戦」、「レマゲン鉄橋」といった
映画の題材が目白押し。。

太平洋戦争は「ベルリンの戦い」の後に、詳しく書かれます。
真珠湾攻撃から、シンガポールとフィリピンの戦いと日本の絶頂期。
次のミッドウェー海戦を読んでみると、この戦いの結果は、
東部戦線のクルスク戦より、スターリングラードと似ているような気がしました。

戦争の世界史 大図鑑10.jpg

第2次大戦後は「中国の内戦」です。
若い毛沢東の共産党・人民解放軍に大量の兵器が渡るのを恐れた国民党の蒋介石は
空軍に対し、自軍の部隊を爆撃するよう命じ、多数の自軍兵士を犠牲にした・・
とありますが、これはとんでもない話ですね。
ヨーロッパ戦線ではこんなムチャクチャな命令は聞いたことがありません。

次の「朝鮮戦争」も最近、気になっているヤツです。
南の国連軍は解任されたマッカーサーに代わってリッジウェイが・・。
ははぁ、あの「空挺」のリッジウェイがこんな役目を担っていたとは・・。
去年、ヒッソリと公開された「高地戦」という映画がとても評判が良いので、
ぜひ観ようと思っていたところです。

THE FRONT LINE 2011.jpg

ヴェトナム戦争、中東戦争、米国同時多発テロ事件。
フォークランド紛争に湾岸戦争、チェチェン紛争、ボスニア内戦、
アフガニスタン侵攻にイラク戦争で終了します。

ふ~・・、「大図鑑」の名に恥じぬ、ボリューム満点の巨大本でした。
オールカラーなのも良い理由のひとつですが、
大きな戦争は「有名なひとつの戦役」だけを紹介するのではなく、
戦争となった経緯と、前後の戦役、そしてその終焉にまでしっかりと言及しています。
通して読むと「戦争の世界史」ではなく、「世界は戦争の歴史によって成り立っている」
ということを改めて認識できました。

そして当然ですが、その戦争の勝者によって正当化され、世界史は語られるのであり、
敗者は野蛮人として這いつくばって生きるか、或いは、絶滅する運命のようです。。
アレクサンドロス大王にしろ、ナポレオンにしろ、チンギス・ハーンにしろ、
「英雄」として描かれることが多くとも、見方を変えれば
世界史に名を残す「侵略者」であるわけですね。









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ヒトラーを支持したドイツ国民 [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ロバート・ジェラテリー著の「ヒトラーを支持したドイツ国民」を読破しました。

「ドイツ政府は本書のドイツ語の廉価版を製作・配布している」ということでも知られる、
2008年発刊で447ページの本書。数年前から読んでみようと思っていました。
個人的にナチス・ドイツ下での一般市民の生活に興味があるんですが、
本書の特徴はゲシュタポの調書と、当時の新聞などから、
ユダヤ人迫害や強制収容所をドイツ国民は知っていたのか・・?を研究した一冊です。

ヒトラーを支持したドイツ国民.jpg

最初の章は1933年ヒトラー政権が誕生し、その後の国民投票で
額面どおりに受け取れなくとも90%以上を獲得したナチ党。
党員数も毎年、数倍の規模で膨れ上がり、SA(突撃隊)は1931年に8万名だった隊員が、
翌年には50万名、1934年になると300万名・・。女性もナチ運動に加わり、
一種のエリート集団である「国家社会主義婦人会(NS・フラウエンシャウト、NSF)」は
1932年に11万名が入会していたものの、翌年には85万名、
1934年には150万名を超えていきます。

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国会議事堂放火事件」が発生すると、ゲーリングは共産党幹部の逮捕を命じ、
ダッハウに開設されたような収容所に裁判もなく送り込まれますが、
そのような事実は隠されることなく、非ナチの新聞でも「普通の監獄が満員なので、
一時的に収容所に送られた」と強調しているのでした。
そしてこのような弾圧はヒトラーの人気を落とすどころか、「広く人気を集めた」としています。

Berlin,_Verhaftung_von_Kommunisten_durch_SA.jpg

続いてはナチスの警察です。
ヒムラーがドイツ全土の警察を掌握し、ダリューゲの制服警察オルポと
ハイドリヒの治安警察シポが新たに創設されます。
ここではシポのひとつである秘密警察ゲシュタポではなく、刑事警察クリポに焦点を当てており、
1937年の「ドイツ警察の日」に科学的捜査方法や警察の近代化を保持するために
ハイドリヒは新聞記者たちをベルリンの警察研究所に招き、
また、世界中の警察に対してもクリポ本部を視察するよう招請します。
そしてエドガー・フーヴァーのFBIの代理人も喜んでやって来るのでした。

Himmler_Heydrich_Daluege.jpg

さて、当初は「共産党員用」と新聞でも宣伝されていた「強制収容所」ですが、
ダッハウの所長、テオドール・アイケが強制収容所総監となり、再編と規則を定めると、
後のアウシュヴィッツの所長となるルドルフ・ヘースら、将来の多くの収容所所長と
看守が訓練を受け、ダッハウは「残虐行為の学校」と呼ばれます。
そして「国家の敵」を監禁する場所として構想されて、ブッヘンヴァルトやマウトハウゼンも建設。
徐々に犯罪者やユダヤ人もこれらの収容所へ・・。

Wachablösung bei der SS_Dachau.jpg

ドイツでは1933年以前から非合法とされていた「不妊手術」。
ヒトラーは政権獲得後、さっそくこの不妊手術を法律によって可能にします。
それは「遺伝疾患予防法」。先天性の盲目、聾唖、精神分裂病の人々が対象です。
しかし断種決定は医学的基準だけでなく、社会的基準も採用され、
重症のアル中、暴れ者、性交渉の相手を頻繁に変える女性など、
男女ともにおよそ20万人づつ断種され、新聞でも派手に報じられます。

この「断種作戦」に続くのが、「生きるに値しない生命」。すなわち安楽死計画です。
1938年、ヒトラーは精神障害で盲目、片腕と片脚のない新生児の父親から
「慈悲の死」を与える許可の請願書を受け取ったことから、
総統府官房長のボウラー、ヒトラーの主治医カール・ブラントが中心となって進みます。
当初は子供対象に、まず5000名が注射による毒殺などで殺され、
翌年には「T4作戦」として成人も安楽死の対象に・・。
「ナチスドイツと障害者「安楽死」計画」という本がありますが、
う~む。。どうしても読む勇気がでません・・。

Karl Brandt_hitler.jpg

第三帝国には以上のようなアウトサイダーの他に、「性的アウトサイダー」が存在します。
アーリア人の純潔と人種、その再生産を目標に掲げても、
まず「悪い性行為」を阻止しなければ・・。
ヒトラーが大嫌いな売春とそれがもたらす性病は随落と腐敗への道です。
売春婦の多いハンブルクでは3000名が逮捕され、公共の場では売春は非合法化。
1人で、または複数人の違った男性と外出する女性は密かに売春をしているのでは・・??
との疑いをかけられ、非社会的分子と認定されれば強制収容所行きです。
しかし戦争が始まると、地方での必要を満たすために
公認売春宿」を警察が監督することに。。
ナチス公式売春宿だからって ↓ こんなのを想像してはいけませんよ。

ssgirls.jpg

そして強制収容所にも設置された売春宿だけでなく、
外国人労働者用も必要で、1943年には60もの専用売春宿が開設されます。
この外国人労働者用の施設を管理しているのはSDのようで、
要は国内の外国人とドイツ人との性交渉を防止するために必要ということですね。

Brothel for forced labourers, cash point, Breslau 1942-1943.jpg

それから同性愛者。ヒトラーもヒムラーも嫌いですから大変です。
もともとはゲシュタポの「男色撲滅課」の管轄でしたが、
のちにクリポが一手に引き受けた同性愛者の逮捕。
「去勢に合意すれば"たぶん"釈放されるかも・・と示唆しても良い」と
ヒムラーから指令も出されます。
ヒムラーは身内である警察官による同性愛行為には死刑を適用する厳しさ。
そして多くの一般の同性愛者は強制収容所送りとなりますが、
より死亡する確率の高い「保護観察部隊」に加わるという選択肢もあったそうです。
コレは「懲罰部隊」のことのようですね。
しかし軍服の腕に「ピンクトライアングル」を付けた、「ホモ小隊」とかだったらキツイ。。

Homosexuelle Gefangene im Konzentrationslager Buchenwald.jpg

ニュルンベルク法が公布されると、本格的にユダヤ人迫害が始まります。
映画「ユダヤ人ジュース」は2000万人の観客を動員し宣伝映画として大成功。
戦時中には下等人間として扱われた外国人労働者。
本書ではこの辺りから残されていた「ゲシュタポ事件ファイル」を活用します。
例えば1940年、57歳の農夫と息子が、女中の16歳ポーランド人女性をもてあそび、
強姦で告発されるも兵士の息子は原隊復帰を許され、父親は警告を受けただけ。
逆に「ドイツ人男性を誘惑」した場合には、強制収容所行きです。

一方、外国人との淫靡な関係で証拠が残ってしまうのが女性のツラいところ・・。
旦那が出征中なのに妊娠してしまったドイツ人女性がソレです。
自ら「働いていたポーランド人に強姦された」と警察に届け出た彼女は、
直前に妊娠4ヵ月と医師の診断を受けていたことがバレてしまいます。
このような裏切り行為は前線の旦那さんの判断に託されます。
「もし夫が許す場合は6ヶ月の強制収容所、許さない場合は1年半の強制収容所」。
別の女性は「ラーヴェンスブリュック3ヵ月、許さない場合は3年送り」というのも・・。

NS-rassenschande-terror-dt-frau-ausgestossen-m-schild-Altenburg- 1942.jpg

このゲシュタポ事件ファイルは情報源のほとんどが密告です。
以前に紹介した「女ユダたち」同様、数々の密告例が紹介されており、
父親が、「息子が外国語放送を聞いている」と密告、
ある少女が、「弟が外国語放送を聞いている」と密告・・。
息子を追い出して暮らし向きを良くしたかったとか、仲の悪い姉弟のケンカが原因です。
しかしこんな件でもゲシュタポが調査を行い、「利己目的の密告」と結論付けたりするのです。
まさにスパイ国家ですね。

Take care of spies - take care during sstalks.jpg

「市民の庭先に出現した強制収容所」という章も興味深かったですね。
本収容所の周辺には一連の衛星収容所が設置されていたというものです。
ダッハウ強制収容所は南ドイツに197か所の衛星収容所を設け、
マウトハウゼン強制収容所は62か所の衛星収容所、
ラーブェンスブリュック強制収容所は42か所の衛星収容所、など・・。
このような小規模な衛星収容所は街中に存在していることもあり、
囚人は道路整備や工事、連合軍の爆撃による瓦礫の後片付けなどに駆り出されるのです。

Zamosc-Jews-forced-labour-roadworks.jpg

アウシュヴィッツなどの大型収容所でも囚人は労働力として重宝します。
欧州最大の化学企業だったIGファルベンは安い労働力を歓迎しますが、
囚人の死亡率の破滅的な高さから経済的成功は難しくなります。
その他、ダイムラー=ベンツにポルシェのフォルクスワーゲンの囚人労働力にも触れています。

dachau-kz Essensausgabe für Gefangene.jpg

本書では結論として、6000万ものドイツ国民が「洗脳された」という考えは捨てるべきで、
犯罪のない街路、アウトバーンの建設ファミリー・カーの約束、安い休暇
オリンピックの開催、繁栄への復帰といった成果との代償として、
監視社会という考えを受け入れ、自由を放棄したのだとしています。

heil-hitler-woman.jpg

最初は共産主義者、続いて乱暴者のSAが街角からいなくなり、
ユダヤ人、浮浪者、犯罪者、売春婦らが消えていくドイツ・・。
これら少数のアウトサイダーたちの運命にうすうす気付きつつも
一般のドイツ人はナチスとヒトラーを信じていようが信じまいが、
その政策に対して余計なことは言わずに付き合ってさえいれば、
自分と家族は悪いようにはならない・・。
そして気が付いた時には、時すでに遅し・・という印象のナチス下のドイツ人です。





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九人の乙女 一瞬の夏―「終戦悲話」樺太・真岡郵便局電話交換手の自決 [日本]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

川嶋 康男 著の「九人の乙女 一瞬の夏」を読破しました。

4月に訪れた靖国神社の「遊就館」で、特攻機「桜花」、人間機雷「伏龍」と並んで
印象的だったもの。それが本書の「真岡郵便電信局事件」です。
以来、ちょこちょこと、この事件をWebで調べていましたが、
何冊か本も出てるし、映画やTVドラマになっているのにまったく知りませんでした。
先月、「妻と飛んだ特攻兵 8・19 満州、最後の特攻」を紹介しましたが、
偶然にも本書はその翌日、「8・20」がその時です。
季節感の無い独破戦線としては大変珍しいですね。。
今回は1989年に出た「「九人の乙女」はなぜ死んだか」の改題増補された
2003年発刊で259ページの本書を選んでみました。

九人の乙女.jpg

第1章「悪魔の朝」では、昭和20(1945)年8月19日の朝の真岡郵便局の状況。
8月8日に対日宣戦を布告し、樺太(サハリン)の北緯50度の国境を突破したソ連軍。
日本が無条件降伏した翌8月16日には艦砲射撃を行って西海岸に上陸してきます。
本書には真岡郵便局庁舎の写真など、所々に白黒写真が掲載されていますが、
樺太の地図は掲載されておらず、その歴史にも触れられていません。
ですから多少なりとも地理関係など、事前の予習があった方が良いですね。
そもそもどれだけの人が「樺太」を「からふと」と速読出来るのかも疑問です。


樺太_サハリン.jpg

そして本書の舞台である真岡町(現ホルムスク)でも8月16日から緊急疎開が始まり、
65歳以上の老人に14歳以下の児童と婦女子が引揚げ対象となって、
40名からの職員がいる郵便局の「電話交換室」の女子職員も引揚者が続出。
この19日の晩からは「非常態勢」となり、夜間勤務は高石班の11名。
班長である高石ミキが最年長で24歳。その他、17歳2人を含む乙女たちです。
また「電信課」でも3名の男性職員と4名の女性職員が宿直に・・。

真岡郵便電信局.jpg

迎えた翌8月20日の朝、交換室に「ソ連軍艦4,5隻が真岡方面に向かっている」
との緊急連絡が入り、すぐさま200mほど離れた宿舎にいる
郵便局長の上田に連絡する班長の高石ミキ。
1時間後の午前6時半にはソ連艦隊の姿が窓辺からも見え、威嚇の空砲が響き渡ります。
戦争終結宣言したものの、樺太では戦闘態勢は解除されておらず、
歩兵25連隊第1大隊が駐屯しています。
ここからは空砲がいつの間にか実砲に替わり、上陸するソ連軍とそれに応戦した日本側。
また日本軍が派遣した停戦軍使をソ連軍が射殺する・・といった複雑な展開に・・。

真岡局1Fの「電信課」には上陸したソ連兵による弾丸が断続的に飛び込み、
防空壕に避難すべく飛び出す男性職員が2人。
16歳から20歳の乙女は宿直室の押し入れで震えるばかり・・。
それでも残っていた男性職員がシーツで白旗を作って、なんとか窓から差出すのでした。

真岡郵便局.jpg

第2章は、いよいよ別棟2Fの「交換室の悲劇」です。
艦砲射撃の音が地響きとともに腹に伝わるなか、監督席にいた班長の高石ミキが
いきなり「青酸カリ」を飲み下します。
もんどりうって床に倒れ、胸を掻きむしりながら転げまわり、母親の名を叫ぶ姿・・。
彼女の後を追うかのように、序列で2番目、23歳の可香谷シゲも紙包みを取り出して
口に入れ、湯呑みの水を一気に飲み干すのでした。

樺太1945年夏 氷雪の門2.jpg

こうして先輩交換手2人が続けざまに自決して、混乱する残された乙女たち・・。
泊居郵便局と交信し、ソ連軍が迫っている現状を報告しますが、
「私も心細いから死にます・・。もうじき露助も上がってくるわ」

同じころ豊原郵便局の電話交換室も真岡局と交信します。
「ソ連が攻めてきました。もうだめです。みんな青酸カリを飲んで静かになったんです」
モニターしていた交換手の誰もが叫びます。
「真岡さん、逃げるのよ!飲まないで逃げなさい。どうか逃げて!」
「もうみなさん死んでいます。私も乙女のまま潔く死にます。みなさん、さようなら・・」。
樺太1945年夏 氷雪の門.jpg
青酸カリがどのように持ち込まれたのか・・? を本書では検証しています。
樺太の通信局の女子職員には、ソ連軍から凌辱されそうになった場合、
「大和撫子」としての誇りを守るため、潔く命を絶つように教育していたそうです。
ソ連軍による占領地では女性が強姦などの被害を受けており、
防止策として頭を丸坊主にし、顔にスミを塗り、胸にさらしを巻いて男装する・・といった
防衛方法があったということですが、ベルリンでもまったく同じことやってますね。。

1974年には「樺太1945年夏 氷雪の門」という映画が製作されています。
丹波哲郎、黒沢年男、佐原健二、赤木春恵、岸田森まで出演している大作ですが、
ソ連との関係を考慮して配給元の東宝が公開を中止という曰くつき・・。
DVDも出ていませんが、予告編を見つけました。



そして2008年には日本テレビでドラマ「霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち」
が放送。こちらは白石美帆が出てますね。。

霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち.jpg

第3章は「修羅場からの生還」。
「交換手9名が亡くなった」との電話を受け、2Fの交換室に向かう通信室の男性職員。
そこには18歳と19歳の2名の交換手が床に座って泣きじゃくり、
いまさかんに胸元を掻きむしり、凄まじい形相でもがき苦しむ22歳の交換手の姿・・。
9名が自決し、3名はこのようにして九死に一生を得ます。
このソ連の上陸により真岡の死者・行方不明者は届け出があったものだけでも477人。
そして遂に3人組のソ連兵が正面玄関から入って来るのでした。
樺太1945年夏 氷雪の門4.jpg
中盤を過ぎた第4章は「死を招いた残留命令」で、
局からわずか200mの場所にいたにもかかわらず結局、姿を見せずに生きながらえた
上田局長の戦後の手記を掲載しつつ、残留命令を出したのは誰か・・を検証します。
また、「女子通信戦士」の誇りを持って本土決戦に備えるというその扇動と
電信電話の職場に身を置く乙女たちの気概についても言及。
避難民を満載した「小笠原丸」が国籍不明の潜水艦によって沈没したという話も
興味深いものでした。グストロフ号を思い出しますね。

小笠原丸.jpg

「エピローグ」では、映画「樺太1945年夏 氷雪の門」についても詳しく紹介。
昭和38年に旧樺太島民の慰霊碑、「九人の乙女の碑」が建立され、
昭和48年には戦没者叙勲として叶えられ、9人に「勲八等宝冠章」が・・。

九人の乙女の像.jpg

「あとがき」ではマスコミが生き残った岡田恵美子(当時17歳)に対し、
「なぜ死ななかったのか」と質問するという、「死の美学」と、「敵前逃亡の生き恥じ」について
怒りを持って語ります。いわゆる「特攻崩れ」も同じでしょうか。

9ninnootome.jpg

半分ほど読み進めて思いましたが、本書は「8・20の自決」そのものをストーリー性を持って
読ませるのではなく、以前から知られていたこの事件の、
知られざる真相に迫ろうとするものです。
ですから、自決シーンは前半に描かれ、後半は疑問追及といった展開になっています。

著者は1995年に「死なないで!―一九四五年真岡郵便局「九人の乙女」」 という
児童向けノンフィクションとしても出しています。
どのような内容なのか、ちょっと気になりますね。
しかし、10年にも及ぶシベリア抑留となった捕虜の方々についても当然ですが、
1945年8月15日で日本にとっての戦争が終わったわけではないことを
改めて理解できる一冊でした。







タグ:宝冠章
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ドイツ海軍 Uボート(2) ファイティングシップ・シリーズNo.4 [Uボート]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

グランドパワー別冊の「ドイツ海軍 Uボート(2) 」を読破しました。

5月に「Uボート(1)」と併せて800円で入手したデルタ出版のグランドパワー別冊です。
鮮明な写真たっぷりで人物や艦橋も詳細にわかるのも良いですが、
なんといっても艦橋に描かれたマークが楽しめます。
表紙の写真はU-204で、艦橋には「我々はそれを手に入れる」と
フランス語で書かれた珍しいマークですね。

ドイツ海軍 Uボート(2).jpg

巻頭は「Uボート(1)」のようなカラー写真ではない代わりに、
カラーイラストで7隻が描かれています。
大日本絵画の大判写真集で戦車のカラーイラストが出てくるのと同じ感じ。
そして57ページまでフォトコレクションとして白黒の写真集が続きます。
まずはギュンター・プリーンの先任だったエンドラス艦長のU-46の帰港シーン。
猛牛マークも引き継ぎ、「11008」は戦果(㌧数)を示しています。

u46.jpg

クレッチマーのU-99はパーソナルマークの代わりに
お守りの「馬蹄」が艦橋側面に取り付けられています。
まぁ、コレも「下向き」なのがダメだった・・とか、有名な逸話もあります。
海戦 連合軍対ヒトラー」にも書かれていたかな・・? 

herradura-u99.jpg

U-94は「ユニオンジャックを着たライオンを海に引きずり込もうとする魚」。
ほとんど、マンガの1シーンのようなコミカルなものも多いですが、
このようなセンスは、その艦の絵心ある水兵による気もします。

U-85.jpg

パーソナルマークという意味だと、米爆撃機の「ノーズ・アート」も良く知られていますが、
アッチは「エロい女の子」の図柄が基本・・。
伝統あるドイツ海軍ではとても許されそうがありませんね。
そしてU-97は品の良い「タツノオトシゴ」。

u-97.jpg

U-552のエーリッヒ・トップは有名な「躍る悪魔」ですが、
本書によるとこのマークは、U-57(コルス艦長)が初めて用いたものを
トップがパクッたものと伝えられているそうです。

U-552, Red Devil boat of Erich Topp.jpg

U-124は、「蛙」と「エーデルヴァイス」の2種類が描かれていて、
蛙がパーソナルマーク、エーデルヴァイスが戦隊マークのようですね。

emblema-u124.jpg

こうして58ページから、第1章「Uボートの搭載兵器」。
多数の写真と図版を用いながら、魚雷や艦橋の火砲について解説。
特にⅦC型の8.8㎝砲や、10.5㎝砲が魚雷節約のために使われたのは
Uボート戦記で良く読みますが、空からの攻撃に苦しみ出すと、
使い道が無くなって、徐々に撤去され、
3.7㎝対空砲などに取って代わられた話は印象的でした。

U106.jpg

第2章は「大西洋の戦い」。
1939年9月の開戦早々にU-30のレンプが客船アセニア号を誤って撃沈した件から、
1945年の敗戦までをコンパクトに振り返ります。

Fritz-Julius Lemp.jpg

しかし何故にUボート戦記っていうのは面白いのか・・? と振り返ってみると、
50人程度の乗組員。艦長も少尉から大尉とリアルな階級です。
基本的には大海原で商船を見つけては身ぐるみ剥がして撃沈するという、
「追い剥ぎ」のごときUボート部隊ですが、陸軍でいえば1個小隊程度であり、
たまに戦艦や空母なんかを撃沈するということは、わずか1個小隊が奇襲によって、
敵の1個連隊に勝つという考えられないような痛快さにあるんじゃないでしょうか?

U-boat emblem 2.jpg

続いて第3章は「Uボートと掩蔽壕」。いわゆるUボート・ブンカーです。
占領したフランスのビスケー湾。
北からブレスト、ロリアン、サン・ナゼール、ラ・パリス、そしてボルドー。
膨大な量の鋼材とコンクリートを用いて創られた頑丈なブンカーは、
英空軍が10㌧爆弾「グランドスラム」で5~6mの天井を貫こうと計画しますが、
爆弾の加速をつけるのに必要な高度までランカスターが上昇できないため、
6㌧爆弾「トールボーイ」26発を叩き込んでみたものの、1発も貫通せず・・。

uboot_bunker+Saint_Nazaire+Rommel.jpg

第4章は「Uボートエース」です。
普通は撃沈㌧数順で紹介される彼らですが、本書では高位の勲章順です。
ダイヤモンド剣柏葉付き騎士十字章受章者のUボート乗りはたった2人。
ヴォルフガンク・リュートアルブレヒト・ブランディです。

海軍で最初に剣柏葉付き騎士十字章を受章したのが30万㌧を撃沈したクレッチマー。
続いて「躍る悪魔」のトップ、半年後にズーレンと、似顔絵と写真で紹介。
ズーレンのマークも「黒猫の3倍」って意味不明ですね。。

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グッゲンベルガーシュネーハルデゲンなど、「独破戦線」で紹介した
エースたちがたっぷりで、クレーマーのU-333の「3尾の魚」の写真も出てきました。

u333.jpg

U-156のハルテンシュタインを出迎えるデーニッツや、騎士十字章を授けたり、
女性補助員から花束贈呈など、このような一連の写真も大好きです。

Lorient U-66.jpg

このファイティングシップ・シリーズでは、「Uボート」が(4)まで、
また、「ドイツ海軍 水上艦艇」や、「ドイツ海軍 1914~1945」もシリーズ化されており、
内容もドイツ海軍ユニフォーム写真集、ドイツ海軍主要将官、ドイツ海軍の勲章と記章、
ドイツ海軍の個人装備品、という実に美味しそうな特集もあるようなので、
安く見つけられたら、ぜひ買ってみたいと思います。
ただ、amazonで売っているのは「Uボート(3)」のみ・・しかも3000円と高額です。
地道に神保町巡りするしかなさそうですね。。



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