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世界軍歌全集 -歌詞で読むナショ​ナリズムとイデオロギーの時代- [世界の・・]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

辻田 真佐憲 著の「世界軍歌全集」を読破しました。

先日の「ニセドイツ〈2〉」のコメントでオススメいただいた本書は、
2011年の発刊、424ページという結構なボリュームで、
300曲がオリジナルの歌詞、翻訳、解説されているものです。
ソフトカバーながら表紙は重厚な雰囲気で、
世界軍歌・・といいながら真ん中上にはナチス・ドイツの「アドラー(鷲)」が・・、
と思いましたが、良く見ると、丸の中がハーケンクロイツじゃなくて、
ソ連の「ハンマーと鎌」になっていました。。
ということは、「軍歌独ソ戦」が中心となっているのでしょうか・・?

世界軍歌全集.jpg

「はじめに」ではこの軍歌の定義を分析し、愛国歌、国民歌、戦時歌謡、革命歌、
闘争歌、宣伝歌といったものも本書に含まれるとしています。
そして18世紀後半からのフランス革命、アメリカ独立戦争などを扱った、
第1章、「ナショナリズムの目覚め」へ・・。

1曲目はいきなり「ラ・マルセイエーズ」です。
以前にこのBlogでも紹介したことのある、超有名なフランス国歌ですが、
フランス革命当時に生まれた、その血なまぐさい歌詞でも良く知られています。
7番まである歌詞とその翻訳、さらには1ページに渡ってこの歌の歴史を紹介しており、
すでに単なる歌本ではない雰囲気ですね。
また、この誰でも知っている歌を1発目に持ってくるあたりは、掴みとしてOKでしょう。

la marseillaise.jpg

以降は興味深かった「軍歌」をいくつか紹介していきたいと思いますが、
まずはフランスで生まれた「インターナショナル」。
翻訳をちゃんと読んだのも初めてですが、ソ連の初代国歌して有名ですね。

ドイツ軍の伝統的な追悼歌、「我には一人の戦友がいた」は歌詞が良いですね。
ヒンデンブルク大統領も好み、フィンランド人SS部隊、フランス外人部隊などでも
替え歌として親しまれたそうです。2番からを・・。

飛び来る弾丸の狙いは我か、またお前か
弾丸は戦友を貫き、その身は足許に倒れた
片割れのごときお前が

戦友は手を伸ばすも、我は弾を込めるのみ
「手はやれぬぞ、安らかに眠れ。
我が良き戦友よ!」

german-infantry-attacking-at-the-battle-of-verdun-15th-of-march-1916.jpg

1944年の「バルジの戦い」、ドイツ軍で言う「ラインの護り作戦」の元となった
「ラインの護り」も登場した後は、「世界に冠たる我がドイツ」です。
これも現在3番がドイツ国歌になっていることで有名ですね。

国歌ということでは「神よ王を護りたまえ」、いわゆるGod save the Kingです。
現在はエリザベス女王ですから、God save the Queenであり、
ヴィトゲンシュタインはSex Pistolsの曲のどちらも歌えますが、
このオリジナルは3番まであったんですねぇ。

God save the Queen.jpg

「星条旗」はもちろんアメリカ国歌です。
コレも1番は歌えますが、4番まであったのか・・。
そして106ページには一番気になっていた「ロシアのウラー」が登場します。
コレは1837年、皇帝ニコライ1世がヴォロネジを訪れた際の民衆の様子・・
ということで、「ロシアの民は沸き立ちて叫び奉る。ウラー!」とか、
「ツァーリ一家の御前に兵士は雷の如く叫び奉る。ウラー!」という感じです。
どんな曲かと探してみましたが、残念ながら見つからず・・。残念。。
他には「英国軽竜騎兵」の作曲者がベートーヴェンという異色の英国軍歌も。。

Ура!.jpg

第2章は第1次大戦前後の軍歌です。
章の間には本書では取り上げていない日本の軍歌についての解説も。
この章でも1発目は有名なあの曲です。「希望と栄光の国」というタイトルだと
良くわかりませんが、Land of Hope and Glory、「威風堂々」と言えば、
英国第2の国歌とも云われる個人的に大好きな曲です。
やっぱり大好きな映画ブラス!」のエンディングにも使われました。
歌はないですが、曲はこちら ↓




「全てに冠たるアイルランド」というのは、「世界に冠たる我がドイツ」の替え歌です。
アイルランドの独立闘争歌として英語の替え歌になっていて、
「Für das deutsche Vaterland」(祖国ドイツのために)のところは、
「For our Irish Fatherland」(祖国アイルランドのために)なっています。。

タイトルだけで笑えるのは「ブジョンヌイ行進曲」ですかねぇ。。
まぁ、ブジョンヌイが革命の際に第1騎兵軍を指揮したのは知っていましたが、
ヴォロシーロフを絡めた歌詞はこんな感じです。

兄と仰ぐはブジョンヌイ、全人民が我らと進む
下る命令は、地面を向くな、前を見据えよだ!
我らには最高の赤軍将校、ヴォロシーロフがついている
ソ連のため、我らは血戦に当らん!

Будённый Ворошилов.jpg

第3章は「イデオロギーの時代」。いや~、歌詞もアツくなりそうですね。
「コミンテルンの歌」、「赤軍騎兵隊歌」、「ボルシェヴィキ党歌」と続きますが、
ココではやっぱり1938年作の「スターリンの歌」が印象的です。

今やソヴィエト全土は
世界一太陽の輝く国となった
スターリン式の大収穫で
コルホーズの野は満たされる

この曲が作られたのは、まさに「大飢饉」後、「大粛清」の時ですからねぇ。。
グラーグ -ソ連集中収容所の歴史-」で気になっていた、
「ベリヤの歌」とか、「スターリンのバラード」は残念ながらありませんでした。

Kolkhoz Farmers! Make a Rich Harvest from the Plantations and Gardens!.jpg

対するナチスといえば、党歌「ホルスト・ヴェッセルの歌」の他にも、
最初の闘争歌である「ドイツよ目覚めよ!」や、「ヒトラー万歳」、「突撃隊は行進す」などなど。
「進め、進め!」は、「ヒトラー・ユーゲント旗の歌」というサブタイトルのとおりですが、
作詞は全国青年指導者のフォン・シーラッハその人です。

ユーゲント、ユーゲント! 僕らは明日の兵士
ユーゲント、ユーゲント! 来る使命の担い手だ
総統よ、僕らは貴方のもの
僕らは貴方の戦友なのです!

Hitlerjugend Recruiting Poster -Even You !-.jpg

個人的にも大好きな「パンツァーリート」、映画「バルジ大作戦」ですね。
「戦車の歌」とも訳されるこの名曲ですが、解説では、作詞されたのが1933年であり、
Ⅰ号戦車の生産が始まったのは1934年であることから、
「Panzer」は戦車のことではなく、「装甲兵の歌」だと推測しています。

panzer.jpg

ソ連では「カチューシャ」、ドイツでは「エリカ」など、娘さんの名前で知られた曲に、
リリー・マルレーン」も当然のように出てきます。
ドイツの軍歌には女性名を冠したものが実に多い・・として、
ローゼマリーやゾフィー、ヴェローニカ、モーニカ、イレーネなどを挙げていますが、
やっぱりイルザとか、オルガとか、イルゼといった悪女看守風はダメなんですね。。

lili marleen.jpg

「ホルスト・ヴェッセルの歌」は世界のファシストの替え歌にもなっていて、
オズワルド・モズレーの「英国ファシスト連合行進歌」に、
スペインのファランヘ党でも「青シャツ」というタイトルで使われています。

Falange.jpg

第4章は、いよいよ第2次大戦時の軍歌です。
急降下爆撃機シュトゥーカを題材にした軍歌も多かったようですが、
本書で取り上げているのはズバリ、「シュトゥーカの歌」です。

我らは空より急襲し、攻めかかる
地獄を恐れず、休みもしない
敵を平伏させるまでは
英国を、英国を、英国を屠り去るまでは
シュトゥーカ、シュトゥーカ、シュトゥーカ!

ju87-dive-bombers.jpg

「戦車はアフリカを驀進す!」と、「我らがロンメル」はアフリカ軍団歌。
「潜水艦の歌」はもちろん、Uボートですが、
「メルセデス・ベンツと共に進め」っていうのはちょっと変わっています。
ヒトラー専用車ベンツなのは有名ですが、
空軍や海軍にもエンジンを供給しているわけですね。
ですから、3番まであるこの軍歌は、

1番・・運転手よ、エンジンの響きが聴こえるか
2番・・航空兵よ、エンジンの響きが聴こえるか
3番・・水兵よ、エンジンの響きが聴こえるか

と、3軍の兵士たちをそれぞれ歌っているんですね。

A Sdkfz troop transport here being used by the Afrika Korps.jpg

「親衛隊は敵地へ進む」という、武装SSの軍歌。
実はコレも替え歌で、オリジナルは「コンドル軍団分列行進曲」です。
ついでにフランス語の替え歌、「悪魔の歌」になると、
フランス人SS師団「シャルルマーニュ」の歌になっています。
さらにデンマーク語ならデンマーク人SS義勇兵
ノルウェー語ならノルウェー人SS義勇兵。
言語と歌詞は若干違いますが、サビで「ハハハ・・」と笑うのがお約束です。

そして悪魔が嘲笑う
ハ、ハハハハハ!

Viking.jpg

「元帥よ、我らここにあり!」はなんと、ヴィシー政府のペタンを讃える歌・・。
と来れば、ドゴールの自由フランスの抵抗歌、「パルチザンの歌」も。

英語の歌なのにムッソリーニを題材にしたものもありました。
「統帥はびっくり仰天」です。
「あわれなムッソリーニ・・」で始まるドゥーチェをおちょっくったこの歌。

ああ、統帥は、統帥はびっくり仰天
ギリシャ人に勝てないなんて!
ああ、統帥はびっくり仰天
何週間もスパゲッティが喉を通らないってさ!

Italian fascist dictator Benito Mussolini leads his officers in a spirited run in full military regalia.jpg

以前に紹介したディズニーの反ナチス映画、「総統のお顔」まで出てきましたが、
おちょくりシリーズはフィンランドでも作られています。
1939年のソ連との冬戦争を題材にしたもので、
タイトルは「モロトフはダメだ」。。

Molotov Cocktail.jpg

まだまだドイツ軍の義勇兵となったスペインの「青師団の歌」。
クロアチアの「ウスタシャ行進曲」、
ユーゴの「チトー元帥と共に」、
カミンスキー旅団の「RONA 旅団行進歌」、
ウラソフ将軍の「ロシア解放軍の歌」、
と、その筋のマニアな方々も喜びそうなタイトルが並びます。

Ustasha Youth.jpg

1944年に新しく制定された「ソヴィエト連邦国歌」、
米国では「チビで汚いジャップを引っ叩きに行かなきゃ」に
「原爆が落ちたとき」。

最後の第5章は戦後の軍歌で、「ガガーリン行進曲」、
東ドイツのドイツ社会主義統一党の党歌は、
「党は、党は、党は常に正しい」
と、なかなか強烈です。

お終いは「金日成将軍の歌」に、
「我等の親善永遠なれ」という北方方面の曲、
「金正日、プーチン、プーチン、金正日」と連呼します。

Jong-il_Putin.jpg

予想していたより、とてもシッカリした一冊でした。
単に軍歌だけを掲載しているだけでなく、解説が勉強になります。
戦争の歴史だけでなく、その時代、各国の紛争やイデオロギーにまで言及し、
読み終えて、改めて本書の副題、「歌詞で読むナショ​ナリズムとイデオロギーの時代」
なるほどねぇ・・と感心しました。

おじいちゃんのように難しい文字を駆使する著者ですが、1984年生まれと若く、
西洋軍歌蒐集館」というWebサイトを運営しています。
実は以前にこちらのサイトでドイツ軍歌を物色したことがあるんですね。
ヒトラーとスターリン -死の抱擁の瞬間- 〈上〉」のコメントでもリンクを紹介していました。
そうですか、その節はお世話になりました。

ただし、本書に掲載されている軍歌すべてが「西洋軍歌蒐集館」にあって、
曲が聞けるわけではなく、その逆もまた然りです。
何度か手を止めて、気になった曲をWebで探してみましたが、
「ロシアのウラー」をはじめ、見つからなかったのが悔しいですね。
やっぱり読みながら、聴く・・のが楽しそうです。なにかCDでも買ってみようかな。
できれば、その国のお酒で一杯やりながら・・。









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柏葉騎士十字章受勲者写真集1 (eichenlaubträger 1940-1945-BandⅠ) [軍装/勲章]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

Fritjof Schaulen著の「eichenlaubträger 1940-1945-BandⅠ」を再度読破しました。

6年前に3冊セット1万円で買ったオールカラーの洋書を紹介してみます。
当時、パウル・カレルなどを読んでドイツの将軍たちの名前を覚えるのに苦労していた時、
このカラー写真集がどうしても欲しくなりました。
やっぱり名前と顔が一致しないと、面白くないですからねぇ。
それ以来、戦記を読んでいて、柏葉騎士十字章の受章者が出てくる度に、
本書を引っ張り出して、写真が無いかを確認する・・・と大変重宝しています。
今回は久しぶりにアタマから1ページずつ、ジックリと読んで(眺めて??)みましょう。

eichenlaubträger 1940-1945-BandⅠ.jpg

さすがドイツ語だけあってタイトルの「eichenlaubträger」という意味から考えなくてはなりません。
ヴィトゲンシュタインは英語はおろか、ドイツ語もからっきしダメで、
日本語すらちょっと怪しい・・という学のない人間ですから、まぁ、大変ですね。
「eichenlaub」は柏葉(オークの葉)、「träger」は経歴とかキャリアという意味だそうですが、
「柏葉の経歴」だと直訳しすぎで意味不明ですし、
以前に紹介した「ヒットラーと鉄十字章」では、「受勲者」と訳されていましたので、
素直に「柏葉騎士十字章受勲者」でも良いかな・・と思います。

その表紙に写っている6名のカラー写真。皆さん、全員即答できますか?
左上から、エーリッヒ・"不屈の鉄十字エース・"ハルトマン
ハンス・"包囲陣"・フーベ
レオン・"SSヴァローン"・デグレール
下はゴードン・"戦闘機隊総監"・ゴロップ
カール・"Uボート司令"・デーニッツ
ゼップ・"肉屋の親父"・ディートリッヒです。
一応、独破戦線では全員写真付きで紹介しておりました。

最初からペラペラめくってみると20ページほどは
柏葉騎士十字章とは如何なるものか・・といったようなことが(たぶん・・)書かれています。
ギュンター・"スカパフロー"・プリーン艦長に、「アドミラル・イソロク・ヤマモト」も写真で紹介し、
彼はさらに上位の「剣付き柏葉騎士十字章」を受章したことも書かれています。
「いきなり俺を出すのかい・・」とビックリした表情ですね。

BandⅠisoroku yamamoto.jpg

1939年にヒトラーによって制定された「騎士十字章」ですが、
翌年には西方戦での大勝利もあって、この「柏葉騎士十字章」が誕生します。
しかしこの「柏葉」は伝統的な物で、第1次大戦時の「プール・ル・メリット」にも
柏葉付きがあったんですね。

eichenlaub.jpg

いよいよアルファベット順で受章者がオールカラーで紹介。
とは言っても、柏葉章受章者は諸説ありますが、850人以上おり、数え間違いがなければ
この第1巻では116人ですから、3冊合計でも350人くらいということですね。
まぁ、終戦間際にカラー写真を撮って・・というわけにもいかなかったでしょうし、
あの超有名人がなぜかいない・・という不明な人選でもあります。。

最初の5名はヴィトゲンシュタインも知らない受章者です。
柏葉の将軍でも知らないものはしょうがありません。まだまだ勉強不足・・。
6人目ででやっと有名人の姿がありました。フランツ・"重戦車隊長"・ベーケです。
右のページにもエース・パイロットのハインツ・ベーア
この写真を見ると、2人とも「剣付き」ですね。
ですから、必ずしも柏葉章受章時の写真ではないようで、
実際、「騎士十字章」だったり、それすらしていないという写真も出てきます。

Bake_Bar.jpg

ヘルマン・"G軍集団司令官"・バルクゲルハルト・"301機撃墜"・バルクホルン
ヴェルナー・"KG200"・バウムバッハと続き、
ヨハネス・"ポーランド占領司令官"・ブラスコヴィッツの写真は2ページぶち抜きの写真です。
ポーランド戦勝利後のワルシャワでのパレード写真ですが、
良く見ると、ヒトラーの手の下にいるのは、総統警護責任者のロンメル少将ですね。

Blaskowitz.jpg

ハインリッヒ・"U-48 "・ブライヒロートギュンター・"参謀長"・ブルーメントリット
アルブレヒト・"ゼーフント戦隊"・ブランディヘルマン・"第3装甲軍団"・ブライト
グラーフ・フォン・"デミヤンスク包囲陣"・ブロックドルフ=アーレフェルトと「B」が続きます。
「C」に入ると、必ず手が止まるページがあります。
Sボート乗りのゲオルク・クリスチャンセンという人物ですが、
えらいカッコイイと思いませんか?
佐藤 健くんにも似てるなぁ・・。隣の怖い顔した人はカール・デッカー将軍です。

Christiansen_Decker.jpg

オットー・"第4航空軍司令官"・デスロッホ、それからエドゥアルト・ディートル将軍
ドイツ語の解説を苦労しながら読むと、受章者の生没年月日と戦時中の経歴の他、
柏葉章の受章日付と何人目の受章者かが、キッチリと書かれています。
そして栄えある第1号がこの山岳スペシャリストのディートル将軍なんですね。
隣りの着ぐるみ着たかのようなゴッツい「肉屋の親父」が41番目ですから、
ヒトラーは勲章についてはえこひいき無しなのがわかります。

Dietl_Sepp.jpg

ハンス・"THE・SS擲弾兵"・ドーアアルフレート・"戦闘爆撃機"・ドルシェル
テオドール・"強制収容所ボス"・アイケゲルハルト・"陸軍副官"・エンゲル
ヘルマン・"義弟"・フェーゲラインマクシミリアン・"敗残兵専門家"フレッター=ピコ
ハンス・フォン・"第47装甲軍団"・フンクと続き、柏葉章第3号のアドルフ・ガーランドが登場。
まだまだオットー・"SSヴィーキング"・ギレヘルマン・"転向"・グラーフ
ロベルト・リッター・フォン・"パパ"・グライム

そして「G」といえば、この親父、ハインツ・グデーリアンですね。
ヴォルフスシャンツェの写真では、ヒトラーがワルシャワの時と同じポーズなのが笑えますが、
総統の後ろでカイテルがニヤニヤしながらグデーリアンに話しかけ、
ウザったそうなグデーリアンに、そのネタが気になるシュペーアと、
完全無視のヨードル・・といった構図です。

G.jpg

Gはさすがに多いですね。
U-81の艦長、フリードリヒ・"アーク・ロイヤル撃沈"・グッゲンベルガーの次は、
U-177の、ロベルト・ギュゼーという艦長です。
この人が活躍するUボート戦記は読んだ記憶がないんですが、良い写真ですねぇ。
とても同じ時期の同じ人物とは思えない、髭剃りのCMの使用前、使用後って感じです。

Robert Gysae.jpg

エーリッヒ・ハルトマンは表紙の写真の他にクルピンスキーとふざける写真も・・。
リヒャルト・"第1降下猟兵"・ハイドリヒ、ゴットハルト・"最終戦"・ハインリーチ
ハンス・ヨアヒム・"エルベ特攻隊"・ヘルマンフリードリヒ・"男"・ホスバッハ
ヘルマン・"装甲ジジイ"・ホトと、重鎮たちの迫力ある写真が続いて終了です。

Krupinski_Hartmann.jpg

いや~、今回読み返してみても、知っているのは1/4程度ですかねぇ。
ただ、買った当時に比べればこれでもかなり増えました。
160ページ程度ですが、大変重宝する迫力十分の写真集です。





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赤軍ゲリラ・マニュアル [ロシア]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

レスター・グラウ, マイケル・グレス編の「赤軍ゲリラ・マニュアル」を読破しました。

ちょっと面白そうな本を偶然発見しました。
「第2次大戦中、ドイツに侵攻されたソ連がゲリラ兵を使って対抗しようと作成した手引きの復刻版」
ということで、去年の5月に1995円で発刊された245ページの本書ですが、
戦闘方法、武器、進軍の仕方、応急処置の仕方までを図版も再現しているものです。
この手の本としては珍しく上下2段組なので、見た目よりボリュームがありますね。

赤軍ゲリラ・マニュアル.jpg

「序文」では本書が、いわゆる「大祖国戦争」におけるゲリラ兵を訓練するために用いられ、
前の2版を経て実戦で試された1943年の最終版であり、
そのナチスとの戦争中、110万人の男女が6000のパルチザン分遣隊として
任務に就いていたことが紹介されます。

Партизаны после разгрома фашистов в селах Тарасовке и Шемякине.jpg

さらにその歴史、特に1930年代初めにはパルチザン戦はソ連防衛計画の主要素であり、
赤軍防諜部トップのベルジンやNKVDは、プロのパルチザン部隊を組織します。
しかし防衛計画論争はトハチェフスキー元帥による「侵略された場合にはただちに
応戦して攻撃し、敵の領地に侵略する」といった全滅派の戦略が勝利し、
「敵を誘い入れて防衛し、パルチザン戦で弱体を図る」という消耗戦派は敗北。
防衛人民委員ヴォロシーロフが「ソ連領土は不可侵である」と宣言すると、
その結果は「敗北主義者」のレッテルを貼られたパルチザン幹部と擁護派は
追放、あるいは拘束されて殺害。。そしてマニュアルも破棄されるのでした。

Kliment Voroshilov.jpg

1942年5月になって「パルチザン参謀本部」が組織され、その活動も活発化。
パルチザンの増加に伴い、本書「パルチザンのためのハンドブック」が出版されて、
100万人もの敵に損害を与え、ドイツ兵力の10%を釘づけにした彼らですが、
ほとんどの領土が解放され、勝利の見えた1944年1月には参謀本部が解散。
これはウクライナやバルト諸国のパルチザン勢力を放っておくと、
モスクワに対する脅威となることを予期していたためです。
そしてドイツ敗北後には赤軍が今度はパルチザンを根こそぎにするわけです。

Women soviet (ukranian) partisans in liberated Minsk, 1944.jpg

本文はまず1942年11月6日のスターリンによる「10月革命25周年記念演説」からです。
前年6月からの戦争の経緯を振り返りつつ、
「ドイツ・ファシストの略奪者たちとその同盟国の凶暴集団による、このような襲撃に
耐えられる国は、わがソヴィエト国家とソ連赤軍だけである(割れるような拍手喝采)」。
と、こんな感じで10ページほど・・。
この演説の直後にスターリングラード包囲の「天王星作戦」が始まるわけですから、
それを考えると、なかなか意味深な演説内容にも感じました。

Joseph Stalin.jpg

以上のように独ソ戦(大祖国戦争)とパルチザンの歴史について学んだ35ページから
ようやく、第1章「パルチザンの基本戦術」が始まります。
「前線の突っ切り方」では、地元民と遭遇しても「引き留めて徹底的に尋問し、
ファシスト警察や関連機関などに属していないか見極めなければならない」。
同郷の農民でも密告者となる可能性がありますからね。

козак.jpg

広大な森に「戦場施設」を設置する場合も詳しく書かれています。
「ファシストは森に入りたがらない」とか、「半地下小屋に住む際は・・」など、
007ことダニエル・クレイグ主演の「ディファイアンス」という白ロシア・パルチザンの映画
その原作を以前に紹介していますが、まさに同じイメージですね。
バルチザンの実態を知るにはちょうど良い映画だと思います。

Defiance 2008.jpg

第2章「ファシストの対パルチザン戦法」に続き、第3章は「爆発物と破壊工作」です。
「TNT」といった爆発物の種類から、「導火線」の種類、地雷の設置場所などが
2ページに1枚程度の割合で、詳細な図が出てきてわかりやすく解説します。

「覚えておこう。ファシストは地雷をありとあらゆる策略を用いて使用する。
何の変哲もないさまざまな囮を置き、それに地雷を繋いでいるのだ。用心しよう」。
このブービートラップの話は具体的に、ドイツ軍の残していったライフルは拾わないとか、
ドイツ軍が自軍の兵士や将校の死体にまで地雷を設置することを挙げています。
ノルマンディー上陸作戦1944(上)」でも、このテクニックが書かれていました。

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ここまでの本書の「読み方」として、軍事マニア的な目線ではなく、
「新米パルチザン」になりきって読むのが、正しい読み方だと思いました。
ですから、「偵察」において、「自分が収集した情報を正確に持ち帰るのが大事である」
というような、ワリと当たり前のようなことが書かれていても、
初めて偵察任務に就いた若造が、その報告において、
さも自分の偵察の成果が大きいかのように話を膨らませてしまったりするのも
理解できるんですね。そしてそのような間違った情報によって、結局、大損害を喫する・・。

Soviet partisans 3.jpg

第4章「戦闘用武器」では、武器の使い方に手入れ方法を学びます。
モデル1891/30ライフルから短機関銃と、当然、赤軍の武器が紹介されますが、
迫撃砲や対戦車ライフルといった馴染みのないものまで詳しく書かれて勉強になりました。
特に対戦車ライフルは「14.5㎜の徹甲焼夷弾を用いて、戦車に対し、
150~200mの距離で撃ったとき最も成果が出る」。
また、その戦術もいくつか挙げ、例えば、
「塹壕に身を隠し、戦車が通過した直後にすばやくエンジン室のある後部を撃つ」。

Soviet partisans.jpg

第5章は「リヴォルヴァーとピストル」。
赤軍の拳銃にはまったく知識がありませんでしたが、
回転式拳銃はリヴォルヴァー・モデル1895、自動拳銃はピストル・モデル1930だそうで、
調べてみると前者は「ナガンM1895」、後者は「トカレフTT-1930」という名前なんですね。
共産主義はナガンとかトカレフとか呼ぶのはNGなんでしょうか??

revolver-sistemi-nagan-1895_TT-30.jpg

続く第6章「敵の武器を使う」では、
「敵の武器の使い方を覚えて、ファシストを彼ら自身の装備で倒すのだ」と気合を入れます。
モーゼル、カービン銃、MP40短機関銃。
MG34機関銃にドライゼMG13軽機関銃。
ゾロターン S-18という対戦車ライフル・・と、ドイツ軍の装備も図解で解説。
まだまだルガー・ピストルにM24型柄付手榴弾、卵型擲弾モデル1939など
赤軍の装備より断然種類が多いところが、独ソ両国の兵器生産の考え方の違いを
如実に表している気がしますね。

german soldier mp40.jpg

「偵察」の章では密かに歩くために柔らかい土や堅い地面、草の上などの
音の立てない歩き方から、「偵察中にくしゃみをしたくなったら、鼻柱を強くつまむ」と解説。。
各種部隊の移動する列の長さから、敵の戦力を見極めるとして、
歩兵隊の場合は、中隊だと200mに及び、大隊なら1㎞、連隊なら3㎞。
砲兵中隊は300~400m、機甲化砲兵連隊の場合は12㎞にもなるそうです。

Juni 1941. Überfall auf die Sowjetunion.jpg

急襲によって捕虜を捕える場合には、「暗い夜間に密かに敵に近づき・・」と
その方法が述べられますが、とっても大事な注意点がありました。
「『ウラー』とは叫ばずに敵に飛びかかる」。

「ウラー」って?? てことは省略しますが、今度読もうと思っている「世界軍歌全集」では
「ロシアのウラー」という曲(軍歌?)が掲載されているようで、とても気になっています。
いったい、どんな歌詞なんだろう・・と悶々としますね。。

どうしても「ウラー」と雄叫びをあげたければ、第11章の「白兵戦」が最適です。
銃剣の突き方に始まって、ライフルの床尾で攻撃、シャベルで切り付ける、
ナイフで突く、敵から武器を奪い取る・・と、これらも図で具体的に解説。

赤軍ゲリラ・マニュアル1.jpg

本書でも「ゲリラ」だったり、「パルチザン」だったりするこのような抵抗組織。
以前から気になっていたのでちょっと調べてみました。
すると「ゲリラ(guerrilla)」とは、不正規戦闘を行う民兵もしくはその組織のことであり、
語源はスペイン独立戦争時のゲリーリャ(guerrilla)「小さな戦争」だということで、
「パルチザン(Partisan)」は同じ党派に属するものを意味するイタリア語
「パルティジャーノ(partigiano)」が語源だそうです。
まるでチーズみたいですが、ゲリラもパルチザンも現在では同義で使われているみたいですね。

ちなみに「レジスタンス(Résistance)」というのもありますが、
こちらは抵抗運動を指すフランス語
一応、「独破戦線」では、ドイツから見て東部のゲリラを「パルチザン」、
西部のゲリラを「レジスタンス」で統一しているつもりです。

Soviet partisans 2.jpg

後半は、「応急手当」の章に、「行軍と野営」、「食料の保存方法」、「雪中生活」。
暑い日の行軍で熱射病を防ぐために「塩分の多いパンを食べる」とか、
焚火の仕方、毒キノコの見分け方、スキーやスノー・ゴーグルの作り方・・と、
ゲリラ戦術というより、冬のソ連を生き抜くサバイバル教本のような趣でした。
ただし、シイタケすら食べられないヴィトゲンシュタインですから、
「赤いベニテングタケ」などという毒々しいキノコは死んでも食べません。。

Amanita-Muscaria.jpg

本書の大きな特徴としては、この手の本にありがちな編集者による下世話な「解説」もなく、
逆にソレが「新米パルチザン」になりきって読めるところです。
せいぜい訳注で2箇所「電線の切断」と、「沼を渡る」でやっちゃダメよ的な注意書き程度で、
確かに、男子としては武器とキノコ以外のことなら試してみたくなるもんですね。。







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ヒトラー暗殺 [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ロジャー・ムーアハウス著の「ヒトラー暗殺」を再度読破しました。

11月に「戦時下のベルリン: 空襲と窮乏の生活1939-45​」というタイトル
530ページの大作が出ましたが、著者の名に聞き覚えが・・。
調べてみると5年ほど前に読んだ2007年発刊、405ページの本書の著者でした。
ヒトラー暗殺というテーマでは、トム"シュタウフェンベルク"クルーズ映画ワルキューレ」や
クノップ先生の「ドキュメント ヒトラー暗殺計画」が有名ですが、
すっかり内容を忘れてしまっていましたので、「戦時下のベルリン」に挑む前に
著者のスタイルを確認するうえでも、今回、再読してみました。

ヒトラー暗殺.jpg

序文では過去の政治的暗殺事件・・、
第1次世界大戦のキッカケとなったサラエヴォでのフェルディナント大公暗殺事件に、
米国南部にとって悲惨な結果となったリンカーン殺害事件、
キャヴェンディッシュ卿暗殺事件はアイルランド独立を1世代逆戻りさせてしまった・・と、
暗殺は、決して暗殺者が予期したような具合に歴史を変えたことはないとしています。
そして「ヒトラーほど暗殺計画の対象となった指導者は、まずいない」として、
ドイツの歴史家は少なくとも42件の陰謀があり、そのうちの20件は
本書に取り上げるに値する重要なもの・・ということで、第1章へ。

SARAJEWO_Attentat.jpg

1933年1月30日、ドイツ共和国の首相となったヒトラー。
この章では1920年代からのナチ党党首であったヒトラーの警護が、
それまでのSA(突撃隊)から、ゼップ・ディートリッヒのSS護衛隊、
やがてそれが「ライプシュタンダルテ」へと拡大すると
ヒムラーは自分の支持母体からヒトラー警護を実施するために
「帝国保安防諜部(RSD)」を発足させ、ヒトラーを含む各種要人の警護に当たることに・・。
その司令官にはずんぐりとしたバイエルン人、ラッテンフーバーを登用と、
ヒトラー警護を巡る綱引きがなかなか詳しく書かれています。

1930's hitler.jpg

そしてユーゴスラヴィアのユダヤ人、ダヴィド・フランクフルターが
ヒトラーを標的とすることを諦め、スイスのナチ指導者、ヴィルヘルム・グストルフを暗殺した経緯、
スイス生まれのモーリス・パヴォーが1938年、ビアホール一揆25周年を祝うパレードで
ヒトラーを射殺すべく、陰謀を企てる話が語られます。

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第2章は、「ゲオルク・エルザー」です。
1939年の「ビュルガーブロイケラー」での爆弾事件の犯人として、有名ですね。
彼については、1989年に米映画で製作されていました。
「ヒットラーを狙え!-独裁者 運命の7分間」という邦題で、残念ながらビデオのみ・・。

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第3部「国防軍防諜部(アプヴェーア)」では、部長のカナリス提督にもかなり触れていますが、
主役となるのは「ドイツ抵抗運動の『魂』」と呼ばれるハンス・オスター大佐です。
キリスト教徒で愛国主義者、君主制主義者で正義感が非常に強く、
上司のカナリスとは正反対に自己顕示欲があり、背が高く優雅で、肝が太く、短気・・。
1938年のズデーテンラント問題で、戦争勃発を危惧した彼らによるヒトラー排除計画。
首相官邸を乗っ取り、ヒトラーを逮捕する約20人の「特別攻撃班」を組織するものの、
英首相チェンバレンによって、「交渉の結果の平和」が成立。
陸軍総司令官のブラウヒッチュに「クーデターを認可する命令を・・」と要請していた
参謀総長ハルダーら、陰謀者たちは挫折するのでした。

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次の「ポーランド地下抵抗運動」はかなり面白かったですね。
1944年にワルシャワで蜂起した「国内軍(AK)」のエリート秘密情報部員たちによる、
ドイツ人将校の数々の暗殺事件を紹介します。
総督管区の保安責任者フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーが2回も命を狙われるものの、
なんとか生き延びますが、パヴィヤク刑務所の副所長、
ゲンシュフカ強制収容所の所長らが抹殺されます。
そしてSS准将フランツ・クッチェラがワルシャワ管区のSSおよび警察指導者に任命されると、
ヒムラーの妹が情婦だったというこのSSの新星がターゲットになります。
1944年2月、クッチェラの乗ったオペルのリムジンを火炎瓶と機関銃で襲撃して暗殺に成功。

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一方、総統大本営であるヴォルフスシャンツェに潜入して、主を殺害するために、
SSの将軍ビットリッヒの情婦であったワルシャワ社交界の淑女をスパイに転向させると、
ビットリッヒと一緒にヴォルフスシャンツェに宿泊させて、
敷地の様子から警備に至るまでを報告させるのでした。
その他、総統専用列車「アメリカ」を狙ったものまで、実にいろいろとやっています。

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第5章はソ連によるヒトラー暗殺計画です。
本書の良いところは、単に暗殺計画犯の行動だけではなく、1933年からの
ナチス・ドイツの歴史と戦争の推移を遡るように、様々な情勢や、事件が
述べられているところでしょう。例えばこの章では、
スターリンの人命を軽視した冷淡で歪んだ性格を紹介するエピソードとしてこんな話を・・。
「スターリンの秘書の妻、ブロンカがNKVD長官の好色で嗜虐的なベリヤに言い寄られて
それを撥ねつけると逮捕され、2年間拘留された後、処刑された。
彼女の夫は何度となく妻の助命を懇願したが、スターリンにこう慰められるだけだった。
『心配するな。別の女房を見つけてやる』」。

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メキシコへと逃れていた政敵トロツキーを1940年に暗殺した実績のあるスターリンは、
早くも1934年には共産主義を弾圧しているヒトラー政権にも目を向け、
プロイセン州内相のゲーリングの暗殺を計画。
さらにミュンヘンでのヒトラーご贔屓の小さなレストランでもあり、
英国少女ユニティ・ミトフォードと食事をしたり、エヴァ・ブラウンを口説いた場所でもある
「オステリア・バヴァリア」での暗殺も計画します。
しかしこの計画も実行直前に「独ソ不可侵条約」が締結されたことで、棚上げに・・。

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戦争が始まるとドイツ兵に変装したソ連のスパイが後方に潜入。
標的となった東方相ローゼンベルクとウクライナ総督エーリッヒ・コッホは難を逃れますが、
白ロシアの総弁務官、ヴィルヘルム・クーベは、女中のエレーナが
ベッドの下に仕掛けた英国製の磁気機雷によって吹き飛ぶのでした。
は~コレは「ドイツ武装SS師団写真史〈1〉」で気になっていた件ですね。

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ちなみに1942年に駐トルコ大使であるフォン・パーペン暗殺未遂事件にも触れられていました。
命を受けたマケドニア人暗殺者は、アンカラの通りでパーペンの尾行するものの、
誤って自分を爆弾で吹き飛ばしてしまいます。
軽傷を負い、暗殺者の血を浴びたパーペンには何が起こったのかはわからずじまい。。

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一方の西側、英国人による「汚い戦争」では、チャーチル首相の肝いりで発足した
「特殊作戦執行部(SOE)」を中心に語られます。
「007」で有名な英国秘密情報部の外国部門MI6と、陸軍省、外務省からの
人材の寄せ集めで誕生した組織ですが、「紳士のスパイ」を自任する古参の情報部員からは
「手際の悪い素人連中」と見られています。
そして1942年、英国のチェコ亡命政府は、SOEの訓練を受けた2人を
本国に送り込む「類人猿作戦」を発動。
こうしてベーメン・メーレン保護領副総督ハイドリヒが暗殺されるのでした。

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さらに1944年にはB軍集団司令官ロンメル元帥誘拐チームがパラシュート降下しますが、
その直前、標的は自軍戦闘機の機銃掃射によって重傷を負い、病院送り・・。

第7章は「回復された名誉」。
トレスコウシュタウフェンベルクら参謀たちによるヒトラー暗殺計画の数々を紹介します。
これは有名なので端折りますが、知らなかった話もありました。
1943年2月、ハリコフの死守命令を受けたランツ中将は、自殺任務に等しいと判断。
参謀長のシュパイデルグロースドイッチュランド戦車連隊長のシュトラハヴィッツ大佐と相談し、
ヒトラーは抹殺しなければならないと結論付けます。

命令違反に激怒したヒトラーが早速、飛行機で飛んできますが、
彼らの誘拐計画・・・シュトラハヴィッツはヒトラーの護衛隊を圧倒するために
グロースドイッチュランド師団が必要な武力を提供すると請け負います・・・は、
ヒトラーがランツの上官であるマンシュタインの所へ行ってしまい、
ランツは解任されるという結果に終わるのでした。。

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最後の章では「ヒトラーの唯一の友人」であった軍需大臣シュペーア
ニュルンベルク裁判で「ヒトラー暗殺を目論んだ」と証言した話の信憑性を検証。
総統ブンカーに毒ガス「タブン」をぶちまけようとした・・という計画ですが、
証拠がないだけに、連合国検事たちへの印象を良くしようした作り話・・
という解釈も根強いようですね。

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本書でも1943年にマンシュタインを陰謀に引き入れようとしたものの、
「プロイセンの元帥は反乱を起こさない!」と一蹴された件も紹介しています。
そして陰謀組の志と大義の高貴さは良しとはしますが、首尾よくヒトラー暗殺をした後、
果たしてすぐさま戦争終結、めでたし、めでたしとなったのか??
というヴィトゲンシュタインが以前から思っていた疑問にも言及していました。

ドイツ国民の支持だけではなく、国際的な共感も得ておらず、
膨大な数のSS隊員と警察、ゲシュタポも威圧せねばならず、
ヒムラー、ゲッベルス、ボルマン、ゲーリングらの行動も予期できない・・。

国防軍の将軍たちがユダヤ人の虐殺を知っていたにも関わらず、
抵抗運動に参加しなかったという事実を取り上げて、
彼らは腰抜けであり、ホロコーストに加担していたも同然である・・
というような評価も聞きますが、そんなのはまったくもって短絡的な考え方で、
ヴィトゲンシュタインは賛成しかねますね。

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1944年に西側連合軍に降伏・・と考えたと云われるロンメルやクルーゲはともかく、
1943年の東部戦線でギリギリの攻防を続けている時に、
「ヒトラーが死んだから戦争は終わりにしましょう」と言って、
「そりゃ、めでたい! おめでとう」と賛成するほどスターリンは間抜けじゃありませんし、
それこそ兵士が士気を失って全戦線が崩壊し、ここぞとばかりにソ連軍が怒涛の進撃を続け、
ドイツ本土だけでなく、ヘタしたらノルマンディまでポルシェヴィキ化されてしまいます。
ヴィトゲンシュタインですら、そんなことを考えるくらいですから、
プロイセンの元帥がそんな無責任なことは出来ない考えるのも無理はありません。

と、前回読んだ時から5年も経つと、それなりに知識も増えていて
久しぶりにちょっとした意見も言ってみたくなる良書でした。
ひょっとしたらシュタウフェンベルクやワルキューレ作戦について
初めて詳しく知ったのは本書だったのかもしれません。
「戦時下のベルリン: 空襲と窮乏の生活1939-45​」も期待できますね。







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モスクワ攻防戦 -ドイツ軍クレムリンに迫る- [第二次世界大戦ブックス]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジェフレー・ジュークス著の「モスクワ攻防戦」を読破しました。

2年半ほど前に出た「モスクワ攻防戦―20世紀を決した史上最大の戦闘」でも
そろそろ買ってみようか・・と思っていたところ、同じタイトルである
1972年の第二次世界大戦ブックスの本書を先に読んでみることにしました。
著者は以前紹介した名著「スターリングラード―ヒトラー野望に崩る」の方で、
訳者さんも大好きな加登川 幸太郎氏というコンビです。
東京はモスクワのごとき大雪となりましたので、我ながらナイス・タイミング。。

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「はじめに」を書くのは、ハッソ・フォン・マントイフェル装甲兵大将です。。
思わず「うわっ!」と仰け反ってしまいました。
こういう古い本というのは、このような驚くような仕掛けがあるのが嬉しいですね。
4ページほどバルバロッサ作戦の経緯が語られ、
当時、彼は連隊長の大佐(第7装甲師団)であったということです。
そして著者の「スターリングラード」、「クルスク大戦車戦」にも触れて、
本書に対するお墨付きまで・・。
そ~ですか。そういうことなら未読の「クルスク大戦車戦」も早速、読まなければ・・!
まさか「はじめに」を書いているのはヘルマン・ホトじゃないでしょうね?

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第1章は「北国の白熊-ジューコフ」です。 
予想を裏切る出だしですが、まずはここで「陥落寸前のモスクワを救った男」として、
1896年(明治29年)生まれの彼の簡単な生い立ちから
第1次大戦と、それに続く内戦が終わった時、彼は赤衛軍の精鋭である
ブジョンヌイの第1騎兵軍の中隊長であり、旅団長であったティモシェンコがとの触れ合いが
のちに国防大臣と44歳の若き参謀総長という関係に繋がって行くことを紹介します。

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第2章はうって変わって、ポーランドとフランスを席巻したグデーリアンドイツ軍装甲部隊と
対ソ戦の戦略を練る参謀総長ハルダーが、当時、第18軍参謀長だった
エーリッヒ・マルクス少将を特別補佐官として攻勢作戦を研究させていたということです。
お~、この人は1944年にノルマンディ地区の責任者だった人ですねぇ。
そして1941年6月22日に始まった「バルバロッサ作戦」。
1日平均、30㎞に近いスピードでフォン・ボック元帥の中央軍集団は驀進。
先鋒を務めるのはグデーリアンとホトの第2、第3装甲集団です。

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開戦19日目にして680㌔も前進してスモレンスクまで侵入し、
モスクワまで残り420㌔・・。今までの前進速度なら、あと2週間の行程です。

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一方のソ連側ではティモシェンコとジューコフのコンビが必死で防戦。
前線ではコーネフエレメンコなどが登場しながら独ソ戦記が続きます。
そして8月、とりあえずはモスクワへの前進を中止する総統命令が・。
キエフ包囲のために南方軍集団へと向かうグデーリアンの装甲集団。
ドイツ軍の前進速度は75%も落ち、逆に損害は50%増大するという事態に陥るのでした。

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そしてヒトラーレニングラード、モスクワ、キエフの3ヵ所の目標から
首都モスクワを外します。これに大反対するのは陸軍総司令部です。
「ソ連側の狙いが冬まで持ちこたえようとしているのは明らかだ。
もしソ連がそれに成功すれば、避けなければならない二正面戦争に
引きずり込まれることにもなろう。
それを避けるための最上の方法はモスクワを攻撃することである」というのがその主張です。

russia_1941.jpg

9月、ソ連の歴史上最大の敗北である「キエフ大包囲」によって、
スターリンは50万人の死者、捕虜、行方不明者を出します。
グデーリアンにとっては彼の装甲戦闘理論の正しいことを自ら証明し、
いよいよ、モスクワに目を向けるのでした。
そして"秋の上天気"の最中、9月30日に開始されたモスクワ侵攻「台風作戦」。
しかし10月6日には早くも"悪路の季節"が到来してしまい、進撃速度はガタ落ちに・・。

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レニングラードを立て直したジューコフは危機迫るモスクワ防衛を任され、
100万という大部隊を指揮することになります。
そして204ページの本書のちょうど真ん中を過ぎた112ページから、
後半にかけての必死の防衛、そして反撃を「ジューコフ元帥」が振り返ります。

Soviet POWs.jpg

10月15日には党中央委員会と政府がモスクワから撤収を開始。
避難先は東へ800㌔のタタール自治共和国のクイビシェフです。
そんななかでモスクワ市民は奮い立ちます。
10万人の労働者が戦闘部隊に招集され、
2万人弱の婦人や娘たちも看護婦などの訓練を受け、
モスクワ周辺の大部分が女性から成る労働者が首都に通じる接近路の
防御工事に駆り出されます。
お偉方はさっさと逃げて、まぁ、どこまで労働者が自主的だったのか、
あるいは強制的だったのか・・は、本書では読み取れませんね。

russia 1941.JPG

クレムリンから僅か23㌔の所まで迫ったドイツ軍ですが、
寒さと抵抗によって阻まれ、11月末には全く動けなくなってしまいます。

the road to moscow.JPG

まさしく「冬将軍」と「ジューコフ将軍」、2人の強烈な将軍がタッグを組んだ防衛戦。
やがて12月3日になるとソ連の反攻作戦が始まり、
ドイツ軍は150㌔~285㌔も撃退されてしまうのでした。

Deutsche Soldaten vor einem brennenden Dorf 1941.jpg

ということで、第1章がジューコフで始まったのが意外だったとおり、
終始、ジューコフ中心で進む一冊でした。
後半は「ジューコフ元帥回想録」からの抜粋・・というか、ほぼそのまま掲載。。
個人的には「手抜き過ぎだろ・・」と思いましたが、
まぁ、ソ連側から見た経緯としては決して悪くはありません。
それにジューコフの回想録は600ページ弱と強烈ですし、古書価格も1万円ですから、
読まれていない方には、その雰囲気が味わえるかも知れませんね。

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また、本書は相変わらず写真が素晴らしい。。
ドイツ軍の対戦車砲兵が「獲物を仕留めてバンザ~イと喜ぶ」写真に、
「軍事訓練を受けるモスクワの婦人たち」、
さらには「ワンワン爆弾」こと、爆薬を背負った地雷犬が倒れている写真まで登場し、
キャプションでは「出陣むなしく? 敵弾に倒れた"勇者"」

Anti-tank dogs.jpg

これで「モスクワ攻防戦―20世紀を決した史上最大の戦闘」に挑むことが出来ます。
内容的には本書のような戦記中心ではなく、西側も含めた各国の政治的駆け引きが
近年公開された資料に基づいて書かれているということなので、
コレはコレで楽しそうな一冊ですね。







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