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SS-WIKING -第5SS師団の歴史1941-45- [武装SS]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ルパート・バトラー著の「SS-WIKING -第5SS師団の歴史1941-45-」を読破しました。

すっかりお馴染みとなった「リイド社」の武装SSシリーズもおそらく今回が最終回です。
その最後を飾るのは「ヴィーキング」です。
この「リイド社」のシリーズはボリュームはないものの
一冊読むとしばらく読む気が失せるというシリーズで、
以前にまとめ買いしており、本書はいつ読むのか・・と思っていましたが、
近頃、ミューレンカンプメンゲレなど「ヴィーキング」出身者が続いたこともあって
その流れに乗って読破しました。。

SS Wiking.JPG

まずはその「創設」からです。
オランダ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、ベルギー、そしてフィンランドという
北方系の国々にターゲットを絞り、義勇兵を勧誘していく過程を解説しています。
ここでは、いきなり名著「武装SS興亡史」を引き合いに出して、
「こう書かれている」とそのまま内容を掲載しています。。。
この著者ルパート・バトラーのいつもの「やる気のなさ」が最初から伝わってきます。。

Norske.jpg

それに追随する出版社お得意の誤字、「1943年夏の「長いナイフの夜」・・」と来ると、
さすがにこの最初の5ページから進むのに若干の勇気が必要になります。

次の「教練」では、前半の主役、フェリックス・シュタイナー初代師団長が登場し、
SS-VTを独自の教練プログラムで精鋭部隊に仕上げていく様子が語られます。
ここでは同じく陸軍からの移籍組であるパウル・ハウサーとの軋轢が語られますが、
たいした根拠はありません。。

Felix Steiner9.jpg

武装SS師団となったヴィーキングは1941年のバルバロッサ作戦で初陣を飾り、
その後はロストフやカフカス戦線で
戦い続けます。このあたりも特別興味深い話はなく、時折、
ノルウェー人義勇兵の回想が入ってくる程度です。
その回想もコレと言って面白くありません。。

wikingisjum1943.jpg

スターリングラードがマズイ状況になってくると、ハルダーに代わって新参謀総長に
ツァイツラーが任命されますが、ここでも突然、ウィリアム・シャイラーを引用し、
「たかだか総統事務室のボーイ」であるとツァイツラーを紹介しています。
全然、武装SSやヴィーキングと関係ないところで、しょうもない説明してますね。。

この頃にはシュタイナーに代わってオットー・ギレが師団長となってヴィーキングを引っ張ります。
とはいうものの、クルスクからの敗走が始まったこの時期、ギレの活躍も「チェルカッシィ」や
続く「コヴェリ」と実に苦しい戦いで、師団も大きな損害も受けてしまいます。

OttoGille.jpg

その後も、ハンガリーからウィーンと東部戦線で最後まで戦い続け、ヴィーキングは降伏します。
戦記としては、新たな発見の無い本書ですが、最後に「ゲルマニア連隊の顔役」で
チェルカッシィ包囲突破戦」でも妙に気になったハンス・ドーアSS少佐が登場して来たのは
唯一、嬉しい驚きでした。

Hans Dorr.jpg

最後はお馴染み「主要人物」紹介です。
シュタイナーは当初の「ドイチュラント連隊」から最後の「シュタイナー軍集団」として
ヒトラー最後の希望であったところまで、キッチリ書かれています。
2代目師団長ギレも同様ですが、「一級、および二級の"騎士"十字章を受章」したそうです。

Karl Ullrich SS-Standartenführer.jpg

ミューレンカンプと最後の師団長、カール・ウルリッヒもそれなりに紹介され、
SSヴァローン(ワロニエン)旅団のレオン・デグレールSS大尉は、ベルギーに帰ることが出来ず、
スペインに逃亡して、1994年に87歳の生涯を終えるまでが書かれていました。
デグレールは本文中にもしょっちゅう登場する、本書の助演男優級の扱いです。
確かに義勇兵で構成された師団の、義勇兵としてのエース格でもありますからね。
メンゲレも「最後のナチ」では不明だった、ヴィーキングでの戦いざまが紹介されています。

Leon Degrelle, Otto Gille, Hermann Fegelein and Hitler.jpg

全体的には著者バトラーがダメなようです。
第1SS師団」、「第12SS師団」もヒドイ内容でしたし、「ヒトラーの秘密警察」も同様です。
この「独破戦線」ではあまり悪いことは書かないようにしていますが、
4冊全部ダメというのは間違い無く、この「第三帝国の専門家」は○▲◇×■!(自主規制)ですね。

掲載されている写真も大した物はなく、リイド社のほとんど「お約束」とも言える
ヴァッヘンSS」も2、3回出てきました。
こんなに間違えるなら、普通に「武装SS」と書けば良いのに・・と思いますね。
著者と出版社、どちらかがマトモなら、そのダメージも軽減されるんでしょうが、
これだとプロレスでいうところの「ツー・プラトン攻撃」を喰らった感じです・・。

panther_snow_camo.jpg

そして、たった今、本棚を見て気が付きましたが「リイド社」はもう一冊
「東部戦線―SS未公開写真集」が残っていました。
以前に「西部戦線」を読みましたが、これもちょっとな~・・という一冊です。
気持ちが落ち着いた頃に、恐る恐る読んでみます。。


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雪の中の軍曹 [イタリア]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

マリオ リゴーニ・ステルン著の「雪の中の軍曹」を読破しました。

3年ほど前でしょうか。なにかの書評で本書を知り、
古書で安く見つけて購入していました。
スターリングラードにおけるロシア軍の大攻勢の前に崩壊し、
敗走するイタリア軍の軍曹の物語で、その徒歩での悲惨な行軍の末、
倒れて行く上官や部下たち、そして、いつ終わるとも知れない包囲陣から脱出行を
当時21歳の軍曹だった著者が日記をもとに本書を書き上げました。

雪の中の軍曹.JPG

1942年の冬、ドン河の河畔に拠点を置くイタリア軍の様子から語られます。
対岸にはロシア軍・・。たまに散発的な撃ち合いがあるものの、
基本的には暖かい塹壕での単調な生活、同郷人で構成されたイタリア山岳中隊ごとの
個性や、彼らの戦争に対する考えなどが理解出来ます。

とにもかくにも「国に帰りたい」彼らは、帰ったら何をするかを語り合います。
ほぼ全員、ワインとパスタをたらふく食べたいという希望を持っていますが、
戦場での生活の長さからか「俺はパスタを"飯盒"で3杯は食うぞ!」とつい言ってしまいます。

rigoni.jpg

年も明け、1月の初旬になると、どうやらロシア軍に包囲されているらしい・・という
情報が届きはじめます。本書ではドイツ第6軍の話などは一切触れられず、
同盟軍といえども、最前線での情報は限られたものしかなかったのでしょう。

やがて対岸のロシア軍歩兵は「ウラー!」の掛け声とともに、凍ったドン河を渡って
突撃してきます。いつもの如く狙い撃ちされバタバタと倒れるロシア兵ですが、
なかには死んだフリを得意とし、しばらく倒れていては突然起き上がって突撃を
三度も四度も繰り返すという、まるで「だるまさんが転んだ」的戦術を駆使する兵士も登場。。

Il sergente nella neve.jpg

ついに退却命令が下され、分解した重火器も担いでの長い長い行軍が始まります。
ドイツ軍目線で見れば、イタリア軍のやる気のなさは良く言われているとおりですが、
著者からすると、ハンガリー軍は武器も持たず、まったくやる気がない・・という感想です。

この包囲陣からの撤退ではドイツ軍戦車と連携した戦闘も所々出てきますが、
メインとなるのは零下30℃にもなる雪の降り積もったステップをひたすら歩き続け、
農家を見つけてはお邪魔する・・という展開に終始します。

La tragica ritirata degli Alpini in Russia.jpg

このようなロシアの農家に入るにしても慎重なドイツ兵は、まずドアを一蹴りして開け、
中の様子を懐中電灯で伺って、藁の山があれば、そのに数発の銃弾を撃ち込みますが、
彼らイタリア兵はまるで友人宅を訪ねる感じで、ホイホイ入って行きます。

案の定、空腹で疲労困憊したリゴーニ軍曹は一軒の農家に入り込むと、
そこにはロシア人の母子と、食卓には数人のロシア兵が・・。
疲労のためか恐怖すら感じない彼は「食べ物をください・・」。
ロシア兵たちが身じろぎもせずに黙って見つめるなか、差し出された粥をひたすら食べ、
「スパシーバ・・」と礼を言って立ち去るリゴーニ軍曹・・。

Il Sergente Nella Neve di Mario Rigoni Stern.jpg

なんとか包囲陣からの脱出に成功し、はぐれていた部隊と合流しますが、
大佐をはじめ、中尉や若い仲間たちの多くの死を知らされます。
この物語はここで幕をおろしますが、彼自身は更にウクライナ、白ロシアからポーランドまで
延々と歩き続けたそうです。

なにかストーリーとしては「忘れられた兵士」を彷彿とさせますが、
こちらは非常に淡々と感情を抑えた語り口で、この悲惨な敗走劇を
詩的ともいえるような雰囲気に仕上げています。

200ページ程度の本書ですが、国際的な評価は高く、フランスでは
「イタリアのヘミングウェイ」ともされているそうで、
今、amazonで見てみたら、¥8000~という信じられない高値が付いていました。
自分はどこで買ったかはすっかり忘れてしまいましたが、
我が家の「本の家計簿」によると、¥1200です。なんなんですかね~。


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最後のナチ メンゲレ [収容所/捕虜]

ジェラルド・アスター著の「最後のナチ メンゲレ」を読破しました。

「死の天使」メンゲレ・・。この名前をはじめて聞いたのは中学生のころだったでしょうか。
確かメンゲレが発見されたとかいうニュースだったような。。。
ということは、ひょっとすると一番最初に名前を覚えた親衛隊員なのかも知れません。
本書はアウシュヴィッツ絶滅収容所の医師として、残虐で非人道的な人体実験を繰り返し、
南米へ逃亡後、最後まで戦犯としての追及を逃れた・・とされる男の記録です。

最後のナチ メンゲレ.JPG

正直、このヨーゼフ・メンゲレやアドルフ・アイヒマン、またはクラウス・バルビーなど
逃亡したSSの戦犯として名の知れた人物たちにそれほど興味がありませんでした。
彼らが有名な理由は、戦後、連合軍に捕らわれることなく、首尾よく南米へ逃亡し、
そしてナチハンターやモサド等による追跡、逮捕という、戦後数十年経ってからの
マスコミの大騒ぎがその大きな要因であると感じていたためです。

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本書の中でもメンゲレについて「所詮、1つの絶滅収容所で悪名を馳せたSS大尉であり、
一歩、収容所の外に出れば、何ものでも無い」という記述があります。
これが今まで自分が彼らに対して抱いていた印象であって、
アイヒマンSS中佐にしたところで、彼がいてもいなくても、結果的に起こったことは何も変わらない
と考えていますので、未だに「アイヒマン本」も買ったことがありません。

そんなヴィトゲンシュタインが本書を購入した理由は先日、
DVDで「リヨンの屠殺人」の異名を取った男のドキュメンタリー
「敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~」を観たことが大きいですね。
たいぶ前置きが長くなってしまいましたので、チャッチャと本題に進みましょう。

Klaus Barbie.jpg

まず、このようなサディストの極悪人を理解する上でとても大事な生い立ちは。。というと、
バイエルンの比較的裕福な経営者の父親を持ち、厳しい母親に育てられたそうで、
本書では基本的に、この2点がメンゲレを理解するカギとしているようです。

長男にもかかわらず家業を継ぐことを拒否し、ワイマール共和国時代の
混沌とする時代のなか、大学で医学や生物学などを学ぶ一方では
鉄兜団に入り、その後SAへ、そしてナチ党、親衛隊と脱退、入隊を繰り返します。
このようなことから、自らの思想や理想というものを持っておらず、
ナチのイデオロギーに感銘を受けたわけでも無い、ただ、慎重に勝組を選んでいたのでは・・
と推測されています。

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1939年に結婚し、息子を儲けますが、戦線の拡大とともに
第5SS装甲師団「ヴィーキング」に配属され、東部戦線へ送られます。
メンゲレの従軍記録はほとんどないようで、彼が軍医として従軍したのかも
良くわかりません。それでも、2級、1級鉄十字章を受章した上、戦傷章まで貰い、
治療のため帰国すると前線勤務は無理との理由で、1943年5月、
遂にアウシュヴィッツ絶滅収容所の医師としてその門をくぐることになります。

auschwitz.jpeg

ここからはアウシュヴィッツがホロコーストの中心地となっていった過程が詳細に書かれています。
強制収容所総監のアイケと髑髏部隊から、アインザッツグルッペンのオーレンドルフ
ハイドリヒとアイヒマンのヴァンゼー会議やアウシュヴィッツの所長、ルドルフ・ヘースの物語。

初期の大量虐殺方法から完成したガス室での様子まで、克明に解説されます。
なかでも本来、害虫駆除用として開発された「チクロンB」の輸送の説明では
「アウシュヴィッツ害虫駆除消毒課なる部署に送りつけられ・・」。

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22名の医師たちと共に着任したメンゲレ。
早速、有名な列車で到着したばかりの収容者たちの選別に腕を揮います。
温厚な顔で老若男女を「右、左」と振り分け、片方はそのまま「ガス室」へ直行・・。
しかし、なにもこの作業はメンゲレの特権という訳ではなく、他の医師も行っていたそうで、
この件でメンゲレが有名なのは、他の医師たちは泥酔しつつ挑んだのに対し、
メンゲレはシラフで、また自分の重要な任務として率先し、またその回数も多かったとの
理由によるものです。

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双子の人体実験もメンゲレの名を有名にしたもののひとつです。
これらの詳細についても被収容者で実験をサポートした医師や、
小間使いのユダヤ人少年、あるいは通訳などの証言から書かれており、
やはり10代の頃に読んだ、日本の731部隊を描いた「悪魔の飽食」を思い出しました。

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ここではその悲惨な実験の詳細は書きませんが、個人的に1つ挙げると
簡単な断種を目指した実験での「睾丸を・・」というのは、読んでいて実にキツイ場面でした。
メンゲレがこのアウシュヴィッツでどの程度の権力を持っていたのかに興味がありましたが、
所長のヘースも特に絡んでこないので、やや消化不良です。
その代わり、イルマ・グレーゼという若く美人で残虐という女看守が登場してきます。

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ロシア軍の最後の攻勢が始まった1945年1月になると、
メンゲレは突然その姿を消してしまいます。
首尾よくアルゼンチンへ逃亡を果たしますが、それまでの経緯については不明な点も多く、
本書では様々な説を挙げて検証しています。

その後、パラグアイやブラジルと隠れ家を転々とし、彼を助けるために
南米でナチの顔として知られていたルーデル大佐のサポートも受けることに・・。
バルビーのいるボリヴィアを進められるものの、コレを断りルーデルとは険悪な関係となり、
アイヒマンや「人間の暗闇」の主役、トレブリンカ絶滅収容所所長シュタングルの逮捕と
メンゲレの周辺も怪しくなってきます。

Adolf Eichmann7.jpg

最終的にはよく知られた最後を1979年に向かえますが、
このあたりは以前に紹介した「ヒトラーの共犯者」でも詳細です。

結局、メンゲレが悪魔のような人間だったのか・・は本書では判断していません。
いろいろな証言からその人間性を探ってはいますが、やはり捕まらずに死んでしまった以上、
彼の口からその真意を知ることはできませんし、
また、反ユダヤ主義を含む彼の生きた時代と戦争と強制収容所、そして医学という
特殊な環境下を理解しなければ、その彼の行った行為だけで判断はできないと
個人的には考えています。

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戦争犯罪というのは非常に難しく、ニュルンベルク裁判の判決だろうが、
アイヒマンやバルビー裁判だろうが、誰が有罪で無罪なのか、
または死刑か、禁固刑かの意見は分かれるところです。
特に戦勝国や占領国での裁判では、感情的に贖罪の羊が必要となるのもわかります。
なので、その犯罪性は、個人的には、本書もそうですが、
その人物の立場に自分を当てはめて読んでみます。
自分の心の中でも存在する善悪と照らし合わせて、「これはやってしまうかも知れない・・」
などと考えて、自己完結しています。

THE BOYS FROM BRAZIL.jpg

グレゴリー・ペックがメンゲレを演じた1978年の有名な映画「ブラジルから来た少年」は
映画少年だったわりには観ていないな~と思ったら、日本未公開でした。
DVDを買おうか、それよりも原作も面白そうだな~と、ちょっと悩みますね。。






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ドイツのロケット彗星 -Me163実験飛行隊、コクピットの真実- [ドイツ空軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ヴォルフガング・シュペーテ著の「ドイツのロケット彗星」を読破しました。

メッサーシュミットの「コメート」といえば、世界初(唯一?)のロケット推進による
戦闘機として、それなりに知られていると思います。
本書はそのコメート開発とテスト・パイロットたちの数限りない実験飛行の様子、
そして著者であり実験飛行隊の指揮官でエース・パイロットでもある
シュペーテ自身の終戦までの戦いの記録でもあります。

ドイツのロケット彗星.JPG

1942年4月、東部戦線で70機以上の撃墜記録を持つシュペーテは、
ベルリンの戦闘機隊総監ガーランドのもとへ出頭するよう命令を受け、
その場で、新設のEK16(Me163実験飛行隊)の指揮官に任ぜられます。
この最後まで登場するガーランドの最初の印象は面白く、例えば、
「トレードマークの口ひげは上唇の傷を隠すためのようだ・・。」

Galland9.jpg

続いて柏葉騎士十字章受章のため、総統本営を訪れたシュペーテは
高官たちとの食事の席で、ヒトラーに自らの任務を説明することになります。
ここでロケットについての質問に答えたのは、ゲーリングではなく、SS長官ヒムラー
ダッハウでの囚人を利用した気圧減少の実験について語っています。

この開発の初期は機体となるグライダーの設計者リピッシュと
ロケットエンジンを開発するヴァルター双方の納期の遅れや
イマイチ乗り気でないメッサーシュミット教授と、開発チームたちの態度に
シュペーテのイライラも最高潮に達しています。

Hauptmann Wolfgang Späte, Generalmajor Adolf Galland, Willy Messerschmitt.jpg

バルト海にある極秘の基地ペーネミュンデでは「V2」の発射実験も行われており、
そのV2ロケットが100mの高度から突然、こちらに向かってきたという話は結構、笑えました。
エンジン5基を積んだ怪物のようなHe-111Z、2機が忽然と姿を消してしまったそうです。

He 111z.jpg

いよいよ試作機も完成し、同僚のパイロットたちと試験飛行を繰り返します。
ここで、ジェット戦闘機であるMe262もテストすることになったシュペーテは
すぐさまその素晴らしさをガーランドに伝え、総監自身も試してみるよう進言します。
これは「始まりと終り」にあった話ですねぇ。

そしてシュペーテは、このジェット戦闘機の実戦投入が遅れた理由が
ヒトラーにあるとされていることを浅薄であるとして異議を唱え、
Me262がヒトラーの要望どおりに高速爆撃機(ブリッツボンバー)として
早期に大量生産されていたら戦局は変わっていたかも知れない・・としています。

WOLFGANG SPATE.jpg

1943年3月のルフトヴァッフェ最大の航空展示会でシュペーテは、
ゲーリングに高速で飛行するMe163の性能について傍らで解説します。
しかし第一次大戦後の段階で理解力が停止しているゲーリングは、
目の前で起こっていることが理解出来ず、「もっと遅く飛べんのか?」と怒る始末・・。
他の高官の前で空軍最高司令官の無知を
暴露するわけにもいかないシュペーテも絶体絶命のピンチです。

Me 163 A.jpg

その年の暮れになると実戦用のMe163B「ベルダ」が完成し、いざ初飛行となると、
一年前にコメートで事故を起こしたハンナ・ライチュが「私を乗せろ!」と登場してきます。
シュペーテ曰く「ハンナは色情狂と同じで新型機を見ると忽ち興奮し、
乗らないと気がすまない」という、まったく厄介な女性であり、
パイロットとしての能力についても疑問視しています。
ヒトラーとゲーリング、ヒムラーまでもバックにつけた、まさに傲慢なわがまま女・・。
いや~、ハンナ・ライチュがここまで悪く書かれているのをはじめて読みました。。
まぁ、いつの時代も女性は魔物ですね。。

hanna_reitsch_with_two_glider_pilots.jpg

1944年5月、EK16は「JG400」として戦闘部隊の体制を整え、
迎撃に向かいますが、シュペーテの乗機は目にも鮮やかなトマト色に・・。
これは「レッド・バロン」リヒトホーフェンを真似た、部下たちのサービスでしたが、
シュペーテには通じなかったようで、怒りをあらわにしています。

Komet_ SPATE replica.jpg

結局、コメートは多少の戦果は挙げたものの、燃料不足も手伝って
「JG400」は解散となり、パイロットたちはガーランドの第44戦闘団と同様、
ジェット戦闘機で最後まで戦った第7戦闘航空団に合流し、Me262で戦うことになります。

Messerschmitt_Me_262_Schwable.jpg

非常に貴重な写真も(事故による入院生活・・美人看護婦と戯れ、
機外脱出は正解だったいう写真まで)多く掲載された230ページの本書は
ゴードン・ゴロップ大佐が突然やってきて、練習飛行を拒否し、
無理やりコメートを飛ばしたりと登場人物とエピソードが豊富です。

Oberst Gordon Gollob.jpg

以前から知っていた本書でしたが、内容が若干専門的なのかな?と勝手に想像し、
購入に二の足を踏んでいましたが、意外と気軽に楽しめるものでした。
朝日ソノラマ/航空戦史シリーズの「ロケット・ファイター」も読んでみますかねぇ。


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ヒトラーの戦争〈3〉 [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ディヴィッド・アーヴィング著の「ヒトラーの戦争〈3〉」を読破しました。

第3巻はヒトラーから信用を失いつつあるゲーリングと、
そのヒトラーの要求とゲーリングの叱責の板ばさみとなり、
自殺するイェショネク空軍参謀長の話から始まります。

ヒトラーの戦争③.JPG

ドイツにとってバラ色でイケイケな第1巻、東部戦線で暗雲立ちこめる第2巻、
そしてこの第3巻は、「彼」であるヒトラーを含め、登場人物たちが尽く死んでゆきます。
そんななかでヒトラーが本当に困ったときに最後までちょくちょく登場のユリウス・シャウプは
掴み所がなくて、いやに気になる存在です。
第1巻の巻頭、アーヴィングの紹介では、「ヒトラーの副官兼なんでも屋。
陰謀を考えるほど知的ではなかったので重宝がられた」という人物です。

Julius Schaub1.jpg

ブルガリアのボリス国王の謎の死についても書かれていました。
ヒトラーとの会談から帰国後、不思議な急病に倒れ、死亡しますが、
公式発表では「狭心症」。しかしドイツ人医師の表現では、
「風変わりな蛇の毒」、または「典型的なバルカンの死」ということだそうです。
それでも、この死はハッキリしないですね。ドイツが絡んでいることはなさそうですが、
「国王暗殺」という個人的に興味深いテーマです。

Boris_III hitler.jpg

イタリアの寝返り、ムッソリーニの救出のくだりでは、
イタリア本土に上陸した英米連合軍の比較が面白いですね。
英軍、米軍同数が投入されたのに、投降した連合軍兵士の9/10以上が米兵であり、
ヨードルは、米軍の実力をモントゴメリーの歴戦の英軍の遥か下と見た・・。
これが結局、ノルマンディ上陸を甘く見ることになったのかもしれません。

Alfred JODL.jpg

1943年も終りに近づくと、前線の将軍たちですら士気が落ち初めます。
ヒトラーの戦争目的を理解している2,3人の将軍の名前ではモーデルシェルナーという
荒っぽい元帥の他にロタール・レンドリック上級大将の名が挙がっています。
このレンドリック、実はあまり知りませんでした。
なにか最終戦的な戦記に登場してましたかねぇ?

Lothar Rendulic.jpg

防諜戦争についても本書全般で書かれています。
特に国防軍諜報部(アプヴェーア)の責任者カナリス提督が最終的にヒトラーに罷免され、
防諜が国防軍からSSへ移って行った過程では、このアプヴェーアの
情けないほどのスパイたちと間違った情報のオンパレードです。
ヒトラー目線から見た本書では、当然の内容ですが、
もともと反ヒトラーであったカナリスがワザと仕組んでいた感じもあるので、
どうもアプヴェーアの真の実力が図りかねますね。

canaris6.jpg

大脱走」も出てきます。ヒムラーの報告を受けたヒトラーが
「捕えたらゲシュタポへ引き渡せ」と命令し、決して「処刑しろ」とは言っていないと
ヨードルが証言しているそうですが、果たして真相はどうでしょうか。

Squadron Leader Roger Bartlett Big X.jpg

1944年6月、マンネルヘイムのフィンランドが苦境に立たされると、
それを支援していたヒトラーお気に入りの将軍、ディートルが再び登場します。
会議の場でヒトラーの批判に対し、顔を真っ赤にして、大理石のテーブルに拳を叩きつけ、
「机上の仕事しか知らない将官の典型である」と片付けて、
マンネルヘイムを最後まで助けるため、フィンランドへ飛び立って行きます。
唖然とするスタッフたちに向かって、ヒトラーはこう叫びます。
「諸君、これこそ私が好む将軍である!」
しかし、そのディートルを乗せたJu52は墜落してしまうのでした・・・。

mannerheim.jpg

ヒトラー暗殺未遂事件では、一般的にはヒーローのシュタウフェンベルク大佐
「己の命もかけられない、卑劣なテロリスト」という立場です。
この事件の巻き添えを食い、足に重傷を負って片目をえぐり出された、
長く首席副官を務めたシュムントをヒトラーが見舞い、涙します。
その後、死亡したシュムントの奥さんがヒトラーを訪れた際にも、やはり涙・・。

hitler_below_Goring_Rudolf Schmundt.jpg

結果的に140人が処刑されたとするこの事件では、
ヒトラーの燃えるような復讐心が凄まじく、ピアノ線を使った絞首刑の様子を撮らせて、
毎晩、鑑賞していたという話を良く聞きますが、本書ではまったく別の展開で、
フライスラー裁判長の演出過剰な裁判に怒り、絞首刑のフィルムを観るのも拒否。
ならばとSSの副官フェーゲラインが取り出した裸の死体写真も苛々と放り投げ、
最近親者に適当な生計費を与えるようヒムラーに指示までしています。
誰の目線から見るのかで、こんなにも善悪は変わるものなんですね。

Judge Roland Freisler.jpg

ヒトラーと戦った、あるいは命令を無視した将軍たち~一般的に評価されている~も
本書ではヒトラーの言うことを聞かないわがまま軍人的な扱いです。
フォン・マンシュタインしかり、ガーランドしかり、コルティッツ
「パリを気弱に明け渡したので・・」と紹介されています。
まるで「失われた勝利」や「始まりと終り」の反論本みたいになっていますね。

Surrender of General Von Choltitz.jpg

もちろんユダヤ人の虐殺命令をヒトラーが出したのか・・についても
所々で検証していますが、結論から言えば、そのようなハッキリした文書がないので、
「ヒトラーは知らなかった」としているようです。

本書はこの問題が賛否両論を巻き起こしたことで有名ですが、
読み終えた印象では、あくまで副次的な話・・と感じました。
基本はタイトルどおりの「ヒトラーの戦争」がほとんどを占めており、
ベルリンのブンカーでの最後の日々まで描かれています。
しかし個人的には客観的なものが好きなので、この「ヒトラー寄り」の本書は
なかなか自分の中で消化するのが難しいですね。

Hitler with Eva Braun.jpg

ただ、ヒトラー個人よりも、独裁者ヒトラーとナチ党という絶対権力の世界の中で
奔走した人々に興味があるので、そういった意味では、その彼らの別の一面を
知ることが出来たり、過去に読んだものに登場しなかった人々も
知ることが出来たという満足感はあります。

ちなみに著者のアーヴィングは2005年にオーストリアで逮捕されています。
以下に、当時の記事を抜粋します。

ウィーンの裁判所は20日、英国の歴史家デビッド・アービング被告(67)に対し、
ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定したとして、
禁固3年の有罪判決を言い渡した。
オーストリアやドイツでは、ホロコースト否定は法律で禁じられている。
同国司法当局は1989年、アービング被告がオーストリア国内での講演などで
「ヒットラーがユダヤ人の絶滅を命じたという定説は間違いである」
「アウシュビッツにガス室は存在しなかった」などと述べたとして、逮捕状を出した。
アービング被告は昨年11月に講演のため同国を訪れた際に逮捕された。
同被告は法廷で罪状を認め、過去のホロコースト否定は誤りだったとして
「後悔している」と表明。

David Irving in court.jpg

ちょっと調べてみましたが、アーヴィングが無事「お勤めを果たした」かは不明です。
しかし、高齢の彼は「問題あり」と知りつつも、ネオナチなどを相手に、
このような内容で「講演料」を稼いでいたようで、いざとなれば「ゴメンナサイ・・」することで、
いわゆる「お金積んで保釈」や「執行猶予」で済むと想定していたようです。



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