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ヒトラー・コード [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

H.エーベル,M. ウール(編)の「ヒトラー・コード」を読破しました。

「スターリンのために書かれたヒトラーの書」と書けばわかったような
わからないような感じですが、
ヒトラーの死を今ひとつ信じない、猜疑心の権化のようなスターリンのために
NKVD長官のベリヤがソ連の捕虜であったヒトラーの側近たちから聴取した
そのヒトラーの死の様子、すなわち「ヒトラー 最後の12日間」的内容を中心に
1933年からのヒトラー政権の内情を綴ったものです。

ヒトラーコード.JPG

原題は「ヒトラーの書」。「ヒトラー・コード」の「コード」の意味は良くわかりません。
おそらく「ダヴィンチ・コード」が流行っていたから付いたタイトルですかね。
長くヒトラーの侍従長を務めたハインツ・リンゲSS少佐と
同様に副官であったオットー・ギュンシェSS少佐の供述が中心となって
本書は構成されています。

Linge,AH.jpg

しかし、彼らが積極的にNKVDに協力したわけではないようで、
ある意味、強制的なものであり、特にギュンシェはヒトラー崇拝者であったことから
かなり反抗的であったようです。
収容房にスパイを送り込んで、話を引き出させたりと、エーリッヒ・ハルトマンでも
あったような得意の手口を駆使しているようです。
さらに裏付けも必要なことから、捕虜であるその他の証人、例えばヒトラー専属の運転手や
ヒトラーの死を見とどけた男」を書いたローフス・ミッシュの名も・・

Rochus Misch2.jpg

それでも、本文の内容は知らないエピソードもあったりして結構楽しめます。
もちろんどこまで真実かは別ですが・・ 

バルバロッサ作戦当時、ライプシュタンダルテの偵察大隊長だったクルト・マイヤーの犬が
砲弾の破片で死ぬと、愛犬の仇を討つため、平和的住民30人を自らの手で射殺した。
東部におけるSS部隊がコレぐらい極悪非道なのは本書では当然でしょうね。。。

ヒトラーがOKWの報告を照合するために、SS師団長はヒムラーに前線の状況を報告し、
ヒムラーが手を加えたその報告がフェーゲラインとギュンシェに伝えられて
ヒトラーに渡っていたという話は興味深い内容です。

勉強になったところでは、ヒトラー暗殺未遂事件による被害者に対し、
新たな「戦傷章」を設け、それには「1944年7月20日 アドルフ・ヒトラー」
と刻まれていて、ヒトラーも自ら授与したそうです。
う~ん。こんな「戦傷章」があったとは・・。

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グデーリアン参謀総長が東プロイセンの戦況を説明した際、その帝国防衛委員であった
エーリッヒ・コッホと中央軍集団司令官モーデルとの激しい罵り合いを
ヒトラーが落ち着かせるという話もあったかと思えば
シュペーアに至っては「戦争捕虜と平和的市民から成る大規模な奴隷軍団の看守」
というスゴイ紹介をされています。

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春の目覚め作戦」でヒトラーの怒りを買ったゼップ・ディートリッヒのSS軍団から
袖章を剥奪するという有名な話がありますが、
この命令文をヒトラーは副官のギュンシェに口述筆記させます。
しかしライプシュタンダルテに所属し、前線経験のあるギュンシェが
逡巡しているのを悟ったヒトラーが「それは捨てろ。直接ヒムラーに言う」というシーンは
ヒトラーの身内に対する気遣いが伝わってきます。

Otto Günsche.jpg

終盤、映画でも描かれた義弟フェーゲラインの処刑でも、当初ヒトラーの決定は
ベルリンを防衛しているモーンケの部隊へ入れて前線に出せ」という甘いもので、
これに憤慨したギュンシェの説得により、モーンケ裁判長のもと、死刑判決が
ヒトラーとエヴァ・ブラウンの結婚式の裏で出されたということです。

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そしてヒトラーの死後、脱出か死かを討議する側近たち。
ブルクドルフらは自決を選びますが、そこに突然、
ゲシュタポ長官のハインリッヒ・ミュラーが登場し、「俺も死ぬ」と宣言して消えて行きます。
ボルマンはリンゲやギュンシェたちと同様に脱出するものの、
ボルマンが自軍戦車に飛び乗り、そしてそこに榴弾が投げつけられるのを
リンゲは目撃したそうです。

しかしギュンシェが語る「グズグズと自殺も先延ばしにするヒトラーに幻滅」するくだりは
非常に違和感があります。それまで、ほとんど感情的な話の出てこない本文に
このような記述、いかにも見方によっては同情してしまいそうなヒトラーを
「ダメ男」としたいようにも感じてしまいました。

Linge Günsche.jpg

この本の評価は読み手によってかなり左右されるでしょう。
初めてこのようなヒトラーの真実ものを読まれる方なら、それほど問題はないでしょうが、
知識が豊富であればあるほど、頻繁に出てくる「単純な間違い」や
「意図的な強調」、「悪意のある捻じ曲げ」がイチイチ気になること請け合いです。
日付や人物の間違いは当時の状況を考えると致し方ないでしょうが、
本文は「スターリンが喜んで満足する真実」でなければならなかったことから
多少の捏造もあったように思います。

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これらは当然、各章の最後に編集者の注)として整理されているので、
それと突合することで解決できますが、国会議事堂放火事件やレームの死などは
わかっていても、「あれ?」とか「ん?」となってしまいます。

なので自分は、間違い探しのテストをやっているような感じで読んでみました。
結局、本書の理想的な読み方は2010年の日本人であることを忘れ、
1950年のスターリンに成り切って読むというのが正しいのかも知れませんね。



モントゴメリー回想録 [英国]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

B.L.モントゴメリー著の「モントゴメリー回想録」を読破しました。

モントゴメリー元帥が「モンゴメリー」ではなく、なぜ「モントゴメリー」なのか・・
子供の頃から気になっていました。
英語発音としては「t」を発音しない「モンゴメリー」が正しいとは思いますが、
(モンゴメリーとなっている書物も当然ありますが・・)
まぁ、70年も前に日本で知られた人ですから、その当時の名残りなんでしょうか?

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また、愛称が「モンティ」というところから「t」を入れているのかも知れませんが、
英国ではモンティ・パイソンやフル・モンティの「モンティ」もこの著名な元帥に
ちなんで(良くも悪くも)つけられたという話を聞いたことがありますね。

まずはその生い立ちから、入隊、そして第1次大戦へと進んで行きます。
この前半は非常にマジメな「これぞ回想録」といった趣で、
特に若くして亡くなってしまう奥さんの話は非常に切ないです。
ヘミングウェイの「武器よさらば」のやり切れないラストシーン(ロック・ハドソン主演の映画です)
を思い出してしまいました。

やがて第2次大戦が勃発すると、その緒戦、ダンケルクでの敗戦は彼にとって
大きな心の痛手だったようで、自身が本土へ撤退したときの様子も語られます。
これはのちにドイツ軍をシチリア島から追い出すなどする度に
「ダンケルクの借りを返した」といちいち溜飲を下げるところからも伺えます。

Field Marshal Montgomery in Cairo, 1942.jpg

そしていよいよ北アフリカ戦線で第8軍司令官に任命され、
宿敵となるロンメルとの戦いが始まるわけですが、
まずは前任者オーキンレック将軍との引継ぎに伴う小話というか
この将軍のダメっぷりと自身が第8軍を如何に精鋭部隊に改造したかを語ります。
面白かったのは、当時の英国将兵が敵をドイツ軍と呼ばず、「ロンメル」と
呼んでいたというオーキンレックの話がありますが、
本書でもモントゴメリーは、ドイツ軍と言わずロンメルとかロンメル軍という表現を
終始使っています。ここまでくると、ほとんど文化ですね。

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また、フォン・メレンティンの「ドイツ戦車軍団」は興味深いという話や、
あの「遥かなる橋」でガーデン作戦の第30軍団を率いたホロックス将軍を
この当時から買っており、その後も頻繁に登場してきます。
このような予想外の人物が出てくると非常に楽しめますね。

Horrocks.JPG

モントゴメリーと言えばベレー帽と、そこに付けている2つのバッチでしょう。
これについても「ロイヤル・タンク・レジメント」のものであることや
将官のバッチも併せて付けている理由(単純に目立つため・・)が
述べられています。

Royal Tank Regiment_General Officer's badge.JPG

シチリア上陸の「ハスキー作戦」では、自らの作戦案を了承させる経緯は詳細ですが、
いざ作戦が始まると、それにはあまり触れられません。
メッシーナを先にパットンに占領されたという思いがあるのでしょうか?

同様に「マーケット・ガーデン作戦」についても1章設けているものの、あまり多くを語らず
「この戦いについては別の著者の○○に詳細が書かれているのでそちらを見てください」
といった感じです。
ただし、その作戦計画そのものについては当然、自画自賛です。

Bernard Montgomery7.jpg

基本的に参謀などの人材も含め、完璧な準備を整えないと気がすまない性格というのは
読んでいても良く伝わってきますが、
自分の立案した作戦は、それが失敗に終わろうと見事なもの(斬新な戦術計画)であり、
失敗の要因分析は補給がとか、準備期間がとか当たり前の理由で終わらせています。

1958年、70歳を過ぎて発表された本書の性格は、前半から中盤まではそれなりですが、
1943年に地中海でアイゼンハワーが登場してくると、いきなり雰囲気が変化してきます。

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ここからはハッキリ言って大人げない回想録というか、
アイゼンハワーとブラッドリーの回想録に対する反論本という
位置づけになっているのかも知れません。
アイゼンハワーは「ヨーロッパ十字軍-最高司令官の大戦手記」を1948年に、
ブラッドリーも回想録「一兵士の物語」を1951年を出しており、
これがかなりモントゴメリーの怒りを買っているようです。

「親友アイク」とちょくちょく書くわりには「野戦指揮官」としての経験がまったくない
上官アイゼンハワーを完全に見下している雰囲気が漂っています。

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特にアイゼンハワーとの書簡のやり取りは、「これでもか!」というくらい
詳細を極め、その内容を掲載しています。
それは作戦の失敗や補給不足による停止、そして終戦の遅れの理由を
「ほら、俺はこんな前からこうしろと言っていたのに、
お前がグズグズしていたからだ」と言わんばかりです。
とても回想録とは思えないほどの書簡の往復の連続ですが、しかしこれはこれで
資料としての価値もあり、結構楽しみながら勉強できました。

ブラッドレーにはガチンコで不満をぶつけている様子で
これは英米双方の軍集団司令官という対等の立場であるためなのか、
そのブラッドレーの回想録の内容(特にバルジの戦い)によほど腹が立っているのか
のどちらか(或いは両方)だからですかね。

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そして楽しみにしていたパットンに対する記述ですが、
これが拍子抜けするほど出てきません。
書きたくないほどよっぽど嫌いなのか、一介の軍司令官に過ぎないとして
わざわざ書くに値しないと考えたのか、または、
「パットンはすでに死んだ」と書いてあるように、故人に対して
批判は慎むべきと判断したのかはわかりません。

結局のところ、北アフリカ戦線から、行き詰ったイタリア本土、
そしてノルマンディ上陸と、モントゴメリーの行く先々に現れるロンメルよりも
実はアメリカ軍が彼にとっての宿敵だったという印象の一冊です。



ナチス親衛隊 [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ゲリー・S・グレーバー著の「ナチス親衛隊」を読破しました。

独破戦線でもこの「親衛隊」モノはグイド・クノップの「ヒトラーの親衛隊」などを
紹介していますが、原題の「History of the SS」のとおり、親衛隊の創設から、
その終焉までを ハインリッヒ・ヒムラーの生涯を中心にして解説した一冊です。

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まずはヒムラーの生い立ちからですが、特に目新しい話は残念ながらありません。
戦争に憧れていたものの、士官候補生の時に第一次大戦は終結してしまい、
大学で農学を学び、1923年ナチ党へ入党すると
エルンスト・レームやグレゴール・シュトラッサーのもとで働くようになります。

教師であった父親の影響も強かったようで、
その後のヒトラーに盲目的に服従する人間性や、
結婚相手のマルガレーテも8歳年上であることなど、
本書ではハッキリとは書いていませんが、かなりのファザコンという印象を受けます。

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そしてその「真面目な小物」ぶりが大いに認められて「SS全国指導者代理」という
肩書きを頂戴することになりますが、当時、親衛隊員は280名というもの。
しかし、ナチ党の躍進とともにベルリンのライバル、クルト・ダリューゲも抱き込み
ゲーリングからはゲシュタポを任され、やがて「長いナイフの夜」、SAの粛清へと
進んで行き、その地位を確立することになります。

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ここからは戦争に向けて拡大していく親衛隊の様子が描かれますが
武装SSについてはほんのちょっとの記述しかありません。
その分、ラインハルト・ハイドリヒの独壇場です。
この時期ヒムラーがSSの制服やバッチのデザイン、フリーメーソンやルーン文字
レーベンスボルンやら新隊員の顔写真の分析やらに途方もない時間を浪費している間に
ハイドリヒはSDやゲシュタポと警察機構を合体させた巨大迷路のような組織、
「国家保安本部」の長に君臨します。

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このハイドリヒも特別に驚くような話は出てきませんが、
反ユダヤ主義暴動である「水晶の夜」事件に関する会議の議事録が掲載されていて
これはなかなか興味深く読めました。
会議の議長はゲーリングで、出席者はハイドリヒ、ダリューゲ、
フリックにゲッベルスというメンバーです。

本書ではハイドリヒを大変評価している感じを受けます。
ヒムラーとまったく正反対の彼がこの時期にSSを確固たるものにしたとも読み取れ、
このような人物がヒムラーのNo.2に甘んじていることはなかったハズだ・・として、
後任のカルテンブルンナーはヒムラーにとっては何物でもなく、
もし、彼が暗殺されなかったら、SSとナチスはどのようになって行ったのか・・。
やっぱりハイドリヒは興味が尽きないですね。

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また、SS経済管理本部長官オスヴァルト・ポール
SS本部長官ゴットロープ・ベルガー、その他オットー・オーレンドルフや
ヴァルター・シェレンベルク、テオドール・アイケといったSSの中核にいた人物たちも
それなりに登場してきます。
特にポールが強制収容所に出した命令、
「髪の毛は必ず集めること。女性の髪の毛はUボート乗組員の○○生産に使用する」
というのはなんとも言えない変な気持ちになります。。

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ユダヤ人問題については1943年の「ワルシャワ・ゲットー蜂起」の章が気になりました。
ユルゲン・シュトロープSS少将率いる鎮圧部隊がどのようにして
ゲットーを徹底的に破壊したのか。また、死を覚悟で最後まで抵抗した人々は・・。
これらは今まで詳細に書かれたものを読んだことがないので、
ぜひ、双方から客観的に書かれたものがあれば読んでみたいですね。
ご存知の方お願いします。

1943 in the ghetto of warsaw SS Major General Jürgen Stroop.jpg

やがてヒトラー暗殺未遂事件で結果的に得をしたヒムラーは、
遂に念願の夢が叶って兵士として軍集団司令官の地位を得ます。
これはボルマンによる策謀との話もありますが、
父親のように導いてくれていたヒトラーの思考のバランスが崩れてくるのと同時に
ヒムラーもやることなすこと裏目に出てきます。
陰で和平交渉を行っていた件についても、相手のベルナドッテ伯の回想録を引用して
そのやりとりを詳細に記述しています。

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最後にはヒムラーの死と埋葬の様子もかなり詳しく書かれています。
著者は全体的に極力感情を抑え、
「なぜこのような優柔不断で才気に貧しい退屈な男が極悪非道の組織のトップに君臨し得たのか」
ということを解明しようとはしていますが、さすがに無理なようです。
武装SSやその他のSS機関と人物を含め、やはりこのナチス親衛隊という組織を解明するには
時代ごと、部門ごとにもっと詳細に検証するしかないのでしょうね。
それが本として成立するかどうかは別ですが・・。



続ラスト・オブ・カンプフグルッペ [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

高橋慶史 著の「続ラスト・オブ・カンプフグルッペ」を読破しました。

前作「ラスト・オブ・カンプフグルッペ」もなかなか楽しく勉強できた一冊でしたが、
この続編も負けず劣らずマニアックな戦闘団が盛り沢山です。
あの前作では東ヨーロッパ諸国の戦車部隊やアメリカ軍が登場しましたが、
本書は完全なドイツ戦闘団に特化してしているのが大きな違いですかね。

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まずは「第1スキー猟兵師団」という、いきなりマニアックな部隊からです。
ドイツ軍最初のスキー猟兵大隊は1941年暮れ、モスクワ前面で行き詰っている際に、
クルーゲ元帥の発案で編成されたそうです。
確かに、当時「バルバロッサ作戦」は電撃戦によって冬までにはソ連を降伏させる・・
という大本営の希望もあって、冬季戦の装備は何もなしということでしたね。
そして戦局が長引くにしたがって、連隊から旅団、師団と拡大していきますが、
冬季戦のスペシャリストである彼らが本来行うべき夏季訓練は行われることなく、
補充兵として夏の各戦線にばら撒かれ、冬を迎える頃にはただの消耗した歩兵部隊に
成り下がってしまったという、実に笑えない部隊です。

Ski-Jäger-Abzeichen.jpg

その編成当初の戦闘記録には凄い部隊が登場します。
なんと「パラシュートを使わない」ソ連軍降下兵1000名で、10mの低空から
積雪のなかへ降下ならぬ「落下」をするという前代未聞の作戦で、
案の定、足を骨折する者など負傷者を多数出し、見事、失敗に終わったそうです。

ケーニッヒスティーガーなどの重戦車大隊と協同作戦を行った、
騎兵旅団の章では、さすがに将校たちの名前は強烈です。
フライヘア、バロン、グラーフ、プリンツ・ツーといった貴族出身がひしめいています。

「第210突撃砲旅団」の章では、あのスコルツェニーSS中佐の
「シュヴェット要塞」の戦闘の様子が詳細に解説されています。
本書は他にも「SS第35警察擲弾兵師団」の章でも
ディルレヴァンガーが主役級の扱いで出てきたり、
SS第32義勇兵擲弾兵師団 1月30日」の章でも
(ちなみに「1月30日」はドイツ語で「ドライツィヒテ・ヤヌアー」と発音するようです)
ロシア解放軍のウラソフ将軍が登場したりと、
主役の部隊を知らなくても楽しめる内容となっています。
これは、これらの弱小マイナー部隊がけっして単独で戦っている訳ではないことに
起因していることもあるので、違和感はありません。

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特に重傷を負ったディルレヴァンガーSS少将に代わり司令官を務めた
シュメンデスSS少将という人物の経歴は凄いものです。
もともと保安警察出身で「第4SS警察装甲擲弾兵師団」の師団長であった彼は、
「反撃すべし」という総統命令を拒否したことから、ヒムラーによって解任された挙句、
懲罰として「囚人部隊」である、この「ディルレヴァンガー旅団」に送還されていたそうです。
その警官あがりのシュメンデスが雑多な囚人部隊を率いて、最後まで果敢な防衛戦を
行った末にソ連軍に投降し、1952年に死亡したということです。
いや~、なにか大好きなコンザリク著の「極限に生きる」を彷彿とさせますね。

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個人的なお気に入りの章はドイツ海軍の小型戦闘部隊である「K戦隊」です。
1人~2人乗りのいわゆる小型U-ボートである「ゼーフント(あざらし)」や「ビーバー」、
人間魚雷「ネガー(黒ん坊)」の詳細な戦闘記録です。

Seehund1.jpg

ドイツ海軍の誇る、戦艦ティルピッツが英国の「X艇」にしてやられたことから
このような兵器の開発が進み出したということですが、
ノルマンディ戦にかなりの数が投入されていたという戦記もさることながら、
「ゼーフント戦隊」指揮官がUボート艦長としてリュートと並び、宝剣付柏葉騎士十字章を持つ
アルブレヒト・ブランディ中佐という、これまたビックリする話が出てきました。
呪われた海」やデーニッツの「10年と20日間」にもそこまで書いていなかった気が・・。

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これらの兵器は日本の「回天」という玉砕特攻の人間魚雷とは違い、
乗員が生還することを前提としたものですが、やっぱり読んでいるうちに
鶴田浩二、松方弘樹、梅宮辰夫主演の映画「人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊」を
どうしても思い出してしまいました。。。

「カンプフ・オブ・ヴァッフェンSS」はまだ未読ですが、これも読んでみたいですね。




最終戦 -1945年ドイツ- [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ヴォルフガング・パウル著の「最終戦」を読破しました。

1945年終戦間近のドイツ軍の敗走、そして無条件降伏に至るまでを描いたものは
この独破戦線でも「ヒトラー最後の戦闘」、「ベルリン陥落 1945」、
ナチス第三帝国の崩壊」と紹介しています。
上記の3冊が外国人著者のものに対して、本書はドイツ人から見た最終戦を
主に軍、あるいは軍集団レベルで淡々と描いたものです。

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「あとがき」で訳者の松谷健二氏が書いているように「バルバロッサ作戦」、「焦土作戦」と
書いてきたパウル・カレルが、この最終段階の戦史を書いているという話があるものの、
まだ完成しないうちに本書が登場したということで、
結局は、そのパウル・カレルの代わりという位置づけにもなっているようです。
そのせいもあってか、とても高いプレミア価格が付いてしまっています。。。

読み終えた印象であえて比較すれば、前半、ヴァイクセル河畔における主役、
ネーリング大将と陸軍参謀総長のグデーリアンのいきなり絶望的な状況を打開すべく、
有名な移動包囲陣によって奮戦する様子などは確かにパウル・カレルを彷彿とさせますが、
本書にはカレルで良く見られる、一兵卒同士の会話のようなものが登場しません。
そのかわり、コッホ中尉という著者の分身が度々登場してきて、
一般的なドイツ兵の心情などを表現しているといった感じです。

Walther Nehring2.JPG

また、最初に挙げた3冊がベルリン陥落までの過程を中心にしたものであるのに対して、
本書はそれにとらわれておらず、クールラントからケーニッヒスベルク、
あのライネフェルトSS中将が死守するキュストリン要塞から
ハンガリーでのSS第6装甲軍による「春の目覚め」作戦、そして西側連合軍との戦い、
降伏の様子もベルリンのみならず、各々の戦線において、
その最後までが、しっかりと書かれています。
戦況図も必要最低限出てくるので広範囲に及ぶ、これらの状況も理解しやすいですね。
ケーニッヒスベルクではその後ベルリンで行われるソ連軍による
暴行と略奪の序章ともいえる惨劇が行われています。

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ウィーン陥落までのエピソードは非常にサスペンス的な要素もあって少し違う雰囲気です。
ウィーンの防衛に就くのはフォン・シーラッハゼップ・ディートリッヒ
その配下にオーストリア人SS連隊「デア・フューラー」を含むビットリッヒ
SS第Ⅱ戦車軍団とくれば、ウィーンが廃虚となるような市街戦にもなりそうです。
しかし、大ウィーン陸軍警備隊長ビーダーマン少佐らによる
ソ連軍と協力したウィーン蜂起計画が発覚します。

ビーダーマン少佐ら抵抗運動のメンバーは死刑判決を受け、街灯に吊るされてしまいますが、
このような計画に動揺したビットリッヒらは、実はひどく弱体化していた
SS部隊も撤退させてしまいます。
10ページ程度の章ですが、これだけで本が一冊、
または映画が1本撮れそうな物語じゃないでしょうか。

Bittrich Deutschland.jpg

とにかく1945年1月からの戦局からですので、ほのぼのした話や
楽しい逸話などは一切ありません。
十倍にも及ぶ敵と対峙しつつ、カイテルやクレープスからもたらされる
ヒトラーのユートピア的命令に追い詰められていく将軍たちの物語です。
そんな中でも唯一、ニヤリとさせられたやり取りがありました。

ベルリン前面での防衛を任されたテオドール・ブッセ大将率いる第9軍。
しかし火器弾薬の少ないことを参謀長のヘルツ大佐がヴァイクセル軍集団に
皮肉を込めて問い合わせます。
「鹵獲品である19門のソ連製対戦車砲は弾薬がないので、
敵がわが軍からぶん捕った砲と交換に出してもよろしいか?」
これに対し、ヴァイクセル軍集団参謀長のアイスマン大佐は
「兵器交換はソ連第5突撃軍に直接同意を取りつけて行うこと」

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バルジの戦い」で初登場したレーマー少将の「総統随伴師団」
(総統親衛旅団とか和訳は様々ですね)も第4装甲軍の予備として突然登場します。
しかし、というかやっぱりというか、ほとんど何もしないまま、
あっという間に全滅してしまいました・・。
この最後の最後にはハインリーチシェルナーといった軍集団司令官、
第12軍のヴェンクらを中心に、如何にして西側連合軍に降伏するか・・という
展開に終始します。

Hitler ontvangt Veldmaarschalk Ferdinand Schörner in de bunker.jpg

そして後半はヒトラーの自殺、後継者に任命されたデーニッツ海軍元帥を中心とした
降伏交渉の模様が詳細に描かれています。
モントゴメリーと交渉し、最後には毒を呷ったフォン・フリーデブルク提督は特に印象的です。
また、同様に無事交渉をまとめたヨードル上級大将に
柏葉騎士十字章をデーニッツが授けたという話もありました。

Col. General Gustav Jodl signs for Germany at Reims. General Admiral Hans G. Von Friedeburg.jpg

ネーリングは目立つなぁと思っていたら、本書の原稿にも目を通すなど
かなりの協力をしているそうです。
それにしても今や高い値段の付いたレア本です。
ヴィトゲンシュタインは神○町で6000円も出す羽目になりました。



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