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パットン対ロンメル -軍神の戦場- [USA]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

デニス・ショウォルター著の「パットン対ロンメル」を読破しました。

原書は2005年の発刊と、ごく最近のもので著者は軍事史学会前会長という
ウェストポイントの客員教授も勤めるコロラド大の教授です。
個人的にどちらの将軍も好きなので、つい買ってしまいましたが
タイトルの如く、対決したことなんてあったっけ?と疑問に思いつつも
読み終えて表紙を良く見ると「PATTON AND ROMMEL」となっていました!

パットン対ロンメル.JPG

びっちり400ページに及ぶ本書は1枚の写真はおろか戦況を示す地図も一切ありません。
彼ら2人の生い立ちからを交互に、第一次大戦、戦後の平時での活動、
そして勃発した第二次大戦までの全ての期間に登場する、両国の多数の人物をある程度、
知っているレベルの人でないと結構キツイ一冊になるかも知れません。

あくまで交互に時代を遡っていきますが、最終的に占める割合はロンメルの圧勝です。
前半は良い勝負ですが、なんといってもフランス侵攻から北アフリカ戦線と
そのロンメルが名声を博した一代記は圧倒的なアドバンテージで、
この中盤ではパットンの「パ」の字も出てきません。

rommel_at_cherbourg_1940.jpg

まぁ、かなりのボリュームをロンメルに割いてはいますが、
特別な新発見的な話は残念ながら無く、
基本的には過去の有名なロンメル戦記、「独破戦線」でも以前に紹介した
砂漠のキツネ」、「狐の足跡」、「ロンメル将軍」、「ドイツ戦車軍団」などを抜粋、
或いは検証しているのみ、といった印象です。
北アフリカにドイツ軍の派遣を決めたヒトラーが一時、フォン・マンシュタインの起用を考えた
という記述は印象に残りましたが・・。

Rommel&Gause.jpg

さて、いよいよここから本題です。いつも映画の話が多くてすいませんが、
「パットン大戦車軍団」という名作映画がありまして、
実は20年ほど前に偶然TVで観て(大晦日の深夜劇場みたいなのだったと・・)
以来のパットン好きです。
しかし、なぜかパットンが主役という書物は少なく、いまだ未読の
「猛将パットン―ガソリンある限り前進せよ」ぐらいしか知りません。

George Patton.jpg

読み終えた結論から言うと、第二次大戦から終戦までのパットンについては
「パットン大戦車軍団」を13回くらいは観ている自分にとっては、ほとんど
その映像が目に浮かぶような内容に留まっています。
このことは、この本の「結末」で書かれており、
「ジョージ・C・スコット演じるパットン像は、その種の最高の本のひとつ
「パットン文書」を元に練り上げられた」。
アカデミー賞の最優秀を獲得した監督賞、作品賞。さらにフランシス・コッポラの脚本賞。
そして主演男優賞のジョージ・C・スコットはそれを辞退したという話でも有名です。
ということで、逆にあの映画の凄さと素晴らしさを改めて認識してしまった次第です。

パットン大戦車軍団.jpg

それでもこの本の前半部分、即ち「パットン大戦車軍団」に至るまでのパットンを
知ることが出来たのは個人的に非常に良い経験で、
その戦車や機甲部隊創設に関わる若き姿はロンメルというよりも
アメリカ版グデーリアンというようなものです。
案の定、ここら辺ではグデーリアンも登場し、
独米の戦車に対する軍や兵科の考え方やその違いも知ることが出来ました。

Captain George Patton 1918.jpg

また、この2人の将軍は特に相手国で高い評価を得ていることも紹介されています。
ロンメルはウェストポイントでは憧れの存在で、士官候補生の研究レポートでも
多数を占めることやルントシュテット元帥が戦後、「パットンは最高だ」と語った話など・・。
思い出しましたが「遠すぎた橋」で再任されたルントシュテットが
パットンとモントゴメリー、どっちが来るかとモーデルに尋ねるシーンがあります。
「パットンか。手強いやつだ。モントゴメリーが来てくれると楽なんだが・・ふっふっ・・」。

Wolfgang Preiss as Field Marshall Von Rundstedt.JPG

プロローグで紹介されている「前線の狐」という本、首尾よくヒトラーを暗殺後、
ソ連のドイツ侵攻を防ぐためにロンメルとパットンが協力して戦っているというものだそうで
翻訳されれば、その日のうちにも読破したいような内容ですね。







忘れられた兵士 -ドイツ少年兵の手記- [ドイツ陸軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ギイ・サジェール著の「忘れられた兵士」を読破しました。

先日読破した「バルト海の死闘」に数回引用されていたので気になって探してみました。
ところが、これがとても素晴らしい内容で、ほぼ一気読みしてしまいました。

主人公の生まれ育ったドイツとフランスの国境にあるアルザス地方は
ワインと戦争」でも書かれていたように
両国に領土が行ったり来たりを繰り返すという歴史があり、
人々はドイツ/フランスどちらでもないアルザス人という認識もあるようです。

忘れられた兵士.JPG

アルザスに進軍してきたドイツ軍の格好良さに憧れ、16歳でドイツ国防軍に志願した
フランス人の父とドイツ人の母を持つサジェールは、輸送部隊に配属され、
東部戦線へ送られます。
酷いフランス訛りのドイツ語をからかわれながらも
若き戦友たち、特に親友となるハンスとの友情は読んでいて何度も胸が熱くなります。
また輸送部隊といっても、そこは1942年のロシア深くの戦線であり、
初めて経験する戦闘は大変恐ろしいものです。

そしてエリート師団「グロースドイッチュラント」の軽歩兵連隊へ入隊すると
そこでは過酷な訓練が待っており、大尉の強烈なシゴキに耐え、
無事、歩兵として一人前となって、改めて大尉に尊敬の念を抱くシーンは
リチャード・ギアとルイス・ゴセット・JRの「愛と青春の旅立ち」を思い出しました。

1943年、ハリコフでの戦いから徐々に戦況は不利となり、西方への撤退が始まります。
歩兵の彼らは当然のように徒歩での撤退が延々と続き、
勢いに乗って攻めてくるロシア軍との防衛戦は気も狂わんばかり・・というか、
若き戦友たちは半分、気がふれて泣き笑い状態です。
ともかく、この後半は敵の砲撃の雨を耐え忍ぶのみで、
以前に読んだ「最強の狙撃手」ばりの悲惨さです。

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このような彼ら少年兵たちを引っ張るのは、スーパーマンのような「古参兵」です。
小隊長や中隊長といった下士官たちよりも、彼らはこの「古参兵」に全幅の信頼を置き、
彼の言うことを聞いていれば死ぬことはないと考えるようになるほどです。

実にシブイこの「古参兵」は映画「戦争のはらわた」のジェームズ・コバーン演じる
シュタイナー軍曹のような雰囲気をかもしだしています。

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そしてその「古参兵」も思わず諦めるような
絶体絶命の窮地を救ってくれるのがメッサーシュミット!
読んでいる自分も思わず「ドイツ空軍万歳!」と一緒に叫んでしまいそうになりました。
このような読みやすい体験記は簡単に感情移入してしまうので、ホント疲れました・・。

実はかなり有名な本のようですが、なかなか手に入りづらく、
ヴィトゲンシュタインは神保町で2000円というソコソコの値段で購入できました。





撃墜王 リヒトホーフェン [第一次世界大戦]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

S.M.ウラノフ編の「撃墜王 リヒトホーフェン」を読破しました。

「独破戦線」もついに第一次大戦まで遡ってしまいました。
第二次大戦を語るには、当然、第一次大戦を、或いはそれ以前のヨーロッパの歴史を
理解している必要があるということは重々承知していますが、なかなか勉強しきれません。
今回の「レッド・バロン」こと、リヒトホーフェンは子供の頃から興味があったのと
先日、映画「ブルー・マックス」を初めて観まして、非常に興味をそそられたのが理由です。

めでたく記事数が100に達したから・・というわけではありませんが、
まぁ、それにしても我ながら飽きっぽい人間としてはよく続いていると思います。
こんな変なブログを閲覧する人は10人くらいだろうな・・と思っていたのに
カウンターこそ搭載していませんが、アクセス数も気が付けばすでに2万を超え、
先輩諸兄方の厳しい目があることを想像すると、段々いい加減なことも書けなくなってきました。

本来このブログを開設した目的は、現在読破中かつ勉強中のWWⅡ物の感想を
残すことでアタマを整理しておきたかったということと、
「WWⅡのドイツ軍に興味はあるけど、何を読めば良いのかわからない」という
自分のような人の参考情報になれば良いな・・という思いからでした。
たまには、戦争映画のレビューやベトナム~現代の戦争もの、
近所のお酒とつまみの美味しいお店の紹介なんかも書きたいんですが、
ここはぐっと堪えて初心貫徹です。

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無駄な前置きが長くなりましたが、本書は「S.M.ウラノフ編」となっているように
マンフレート・フライヘア・フォン・リヒトホーフェン本人の個人的な戦闘日誌が
基盤となっており、これは彼の生前(1918年)にベルリンで出版され、
その後1933年に家族への手紙や弟のローターの手記などが追加された物の
最新の英訳版(1980年)の翻訳ということのようです。

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まずは11歳で陸軍士官学校に入ったという回想から始まりますが、
この1ページ目から、その伝説の人物の気質が見えるようです。
それは厳しい規律や命令が大嫌いで必要以上の勉強も意味が無いとする性分で、
その分、大のスポーツ好きだったそうです。

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めでたく騎兵少尉として任官し、第一次大戦を迎えるものの
塹壕戦に飽き飽きし、飛行隊へ志願します。
ここでは当時の複座機のシステムを初めて知りました。
後ろに乗る士官はオブザーバーと呼ばれ、飛行の指揮権を握っており、
パイロットはいわば運転手という位置づけだったそうです。う~ん、勉強になりました。

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やがてパイロットの訓練もなんとか終えたリヒトホーフェンは
その赤く塗られた機体と騎士道精神に溢れた戦いぶりも相まって名を挙げると
(女性ではないかという噂も広まったそうな・・)
英空軍からは賞金を賭けられ、リヒトホーフェン駆逐戦隊に狙われることになります。
しかし自身が率いる飛行隊の全機を赤く塗り、これらを返り討ちにして
逆に戦果を挙げていくことになります。
リヒトホーフェンによる英仏パイロットの違いは面白く、「すぐに逃げ出す卑怯なフランス機と
馬鹿らしいほどに勇敢かつ大胆に向かってくるイギリス機」という表現をしています。

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そして1918年4月、敵陣であるソンムで撃墜され、25歳の若さで戦死します。
この死因はいまだにハッキリしていないようで、英空軍のブラウン大尉の撃墜説と
オーストラリア軍による対空砲と諸説ありますが、この本では前者の手記が
数頁掲載されています。この手記の真偽のほどは怪しいようですが、
「偉大なリヒトホーフェンの亡骸は非常に小柄で温厚な穏やかさをたたえた童顔であった」
として、彼を殺した自分を悔いています。

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撃墜数80機という第一次大戦における敵国の最高のエースを
英国軍がまるで自国の兵士と同様の厳粛な埋葬を行ったという有名な逸話も
詳細に書かれていて、皇帝ヴィルヘルムやヒンデンブルクの哀悼の意までが
記されています。

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最後に1933年のリヒトホーフェン伝記へ書かれた
ヘルマン・ゲーリング国家元帥(撃墜数22機)の序文が紹介されています。
ゲーリング自身がリヒトホーフェンと面識があり、
リヒトホーフェン戦闘機隊の隊長も務めてたことからのようですが、
これだけでも充分貴重な内容だと思いました。

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バルト海の死闘 [ドイツ海軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

C.ドブスン著の「バルト海の死闘」を読破しました。

ソ連の潜水艦による、ドイツ引揚げ船ヴィルヘルム・グストロフ号撃沈の物語です。
8000人強といわれる乗客のうち、7000人が犠牲になった史上最悪の海難事故で
例えばタイタニック号の犠牲者が1500人ということと比較すれば
その犠牲者の多さがわかりますね。

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ヒトラーの命により1937年に建造された客船グストロフ号は、
1940年来、Uボート訓練学校の宿舎船として
バルト海の面したダンツィヒの近く、グディニアに繋留されていました。
しかし1945年、戦局の悪化とともに東方からのドイツ民族大脱出「ハンニバル作戦」が
デーニッツにより発動されると、グストロフ号もUボート部隊員を中心に
多くの女性や子供らを含む避難民をこれでもかというほど乗せ、
ほとんど護衛艦もないまま、出港していきます。

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このような経緯についてはかなり詳細で、引揚げ作戦全般を管理する護衛艦隊と
Uボート艦隊との対立、特にUボート乗りはエリート意識が高く、
かつ、バルト海などというものは戦前からUボート訓練の場であり、
子供の遊び場と同義であるという認識があったようです。

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さらには「16ノットも出せんし、ジグザク航行も出来ん」とする
高齢のグストロフ号船長ペーターゼンと
Uボート士官としての責任者ツァーン少佐とも意見がまったく合わない始末。
そしてその結果、魚雷攻撃を受け、グストロフ号は阿鼻叫喚の修羅場と化していきます。
この辺りはまるで映画「タイタニック」を彷彿とさせるもので、かなり壮絶です。

特に3人の子供を立て続けに亡くした母親・・・1人は落ちてきた大きなトランクの下敷きとなり、
1人は出口に殺到する群衆に踏み潰され、さらに1人は漆黒の海に落ちて・・。
その母親も悲しみのうちに救命ボートの中で死んでいったシーンは心に残ります。

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グストロフ号を撃沈した、S-13のアレクサンドル・マリネスコ艦長もこの本の主役の1人です。
出撃の直前に大酒をくらって数日行方知れずとなっていた等、
態度に問題があったことからか、この大戦果も上層部に取り上げてもらえず、
「ソ連邦英雄」どころか大戦中25万個もばらまかれた
「赤旗勲章」でガマンしなければならないという屈辱を味わい、
終戦後にはシベリアの収容所送りとなるというツイテいない人物です。

なお、この本ではドイツ版ダンケルクと云われるこの作戦全般も扱っており、
著者はデーニッツにもインタビューを行っています。

このグストロフ号の物語は映画にもなっています。
古いドイツ映画「ガストロフ号の悲劇」は観ましたが、
最近の「シップ・オブ・ノーリターン」は今度観てみようと思っています。

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最後に後記として語られる10ページほどの章は、特別に印象的です。
フリードリヒ1世の秘宝「琥珀の間」のパネルがグストロフ号に
積まれていたのではないか、というミステリーです。
主役は悪名高い東プロイセン大管区指導者のエーリッヒ・コッホで、
この人物がいかに不道徳極まる人間かを丁寧に紹介しています。
ポーランドで死刑判決が下されたものの、なぜか刑の執行はされず、
著者は80歳を過ぎたコッホがワルシャワの刑務所病院に収容されていることを発見します。
確かに「ナチと秘宝」という感じで面白いですね。






ヒトラー・ユーゲント -第三帝国の若き戦士たち- [ヒトラー・ユーゲント]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

B.R. ルイス著の「ヒトラー・ユーゲント」を読破しました。

ヒトラー・ユーゲント本といえば独破戦線でも2冊紹介していますが、
いずれも第12SS師団のヒトラー・ユーゲントでした。
今回はヒトラー・ユーゲントそのものの成り立ちから第三帝国崩壊までを
見事に整理した、内容も写真もとても充実した1冊の紹介です。

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ヒトラー・ユーゲントの歴史はかなり古く、1922年のナチ党青少年団が前身で
ドイツには以前から青少年団は数多くあり、この時点では特別なものではありませんでした。
しかし、ナチ党が勢力を拡大するにつれ、SAの少年版というような位置づけで
他の青少年団との暴力沙汰などを繰り返していたようです。

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1930年代にヒトラーが政権を握り、フォン・シーラッハがユーゲント指導者になると
他の青少年団は強制的な解散か、ヒトラー・ユーゲントに吸収されて行き、
1939年には700万人を超えるまでの組織となります。
一口にヒトラー・ユーゲントと言っても、低年齢層のヒトラー少年団や
女子の青年団も存在していて、その教育も様々だったようです。

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当然、これだけの数の青少年たち全員が理想的にナチ化されるということはなく、
問題児も多かったようで、例えば禁止されていた同性愛や
女子青年団には沢山子供を産みましょう的な教育のために、
簡単に?妊娠してしまう子も多かったとか。
エーデルヴァイス海賊団や白バラのような若者の抵抗組織も存在し、
ヒトラー・ユーゲント内でも反抗的なものは強制収容所送りになったそうです。

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また、1938年にはヒトラー・ユーゲントが来日したという有名な話もしっかりとあり、
戦前のその他の活動が特に充実しています。

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友達や学校といった子供社会がヒトラー崇拝となってくると、
親がその思想を危険だと考えてもそれを子供に伝えるのは難しかったようです。
子供が苛められたり、自殺したりするよりはマシと考えるしかなかったのでしょう。
ヒトラーの悪口を言った父親を密告し、その父親は強制収容所送りとなって死亡。
そして息子はめでたく昇進を果たしたのでした。
という、悲惨な一例も紹介されています。。。

Arthur Axmann & Karl Dönitz.jpg

1940年になるとシーラッハに替り、アルトゥール・アクスマンが指導者となります。
もともとスポーツに力を入れていたヒトラー・ユーゲントは
航空ユーゲントや海洋ユーゲント、モーターバイクユーゲントといった準軍事的な
訓練も受けており、ヒトラー・ユーゲント卒業と同時に陸海空3軍で活躍できるよう
教育されていました。
またナポラなどのエリート養成所が存在していたことも有名で
そのものズバリ「エリート養成機関 ナポラ」という映画もありますね。なかなか面白い映画でした。

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そして1943年になると第12SS装甲師団ヒトラー・ユーゲントが創設されます。
この本でもヴィット、クルト・マイヤー、ヴュンシェ、モーンケ、フーゴ・クラース
作戦参謀フーベルト・マイヤーまで登場し、初陣のノルマンディから
バラトン湖まで戦い続けます。
これは第12SS師団の戦史としてもかなり充実したものとなっています。

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また、明確にはなっていませんが、同じユーゲントでも
普通のユーゲントやリーダー・ユーゲントがいるようで、
リーダー・ユーゲントは即戦力なので国防軍も欲しがっていたようです。
第12SS師団の編成の際も、その1万人はほとんどがリーダー・ユーゲント
だったのかも知れません。

最後にはゲッベルスによって国民突撃隊や人狼部隊としても駆り出され
ヒトラー・ユーゲントはその終焉を迎えます。

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とにかく反抗期もある子供たちですから、
従順でなかった子供もかなりの数に上ったと思います。
個人的には知力・体力の無い、落ちこぼれユーゲントの運命が気になりますね。
この本を気に入ったら、ぜひ「橋」という映画もご覧になってみてください。







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