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ベルリン攻防戦 激闘 東部戦線(3) [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

グランドパワー別冊の「ベルリン攻防戦 激闘 東部戦線(3)」を読破しました。

過去に6冊紹介している「独ソ戦車戦シリーズ」の
「ベルリン大攻防戦: ソ連軍最精鋭がベルリンへ突入」を読みたいと思っていたところ、
先日の「第2次大戦 ドイツ武装親衛隊」と一緒に本棚から出てきました。
2001年に発行された188ページで、定価2350円。
たくさん掲載されている写真を見ているうちに結局、そのまま読破してしまいました。

ベルリン攻防戦.jpg

巻頭には「廃墟のベルリン・特選カラー写真集」として4ページ、15枚のカラー写真が・・。
しかし、ほとんどがフィルム映像のようで若干不鮮明ですね。
「ブランデンブルク門でイギリス勲章GCB(ナイト最高勲章)を授与されたジューコフ元帥」
も同様で、コレは「バス勲章」のナイト・グランド・クロスだと思いますが、
写真では赤の大綬が写っているだけ。。
モンティと一緒に写った綺麗な写真を見つけましたが、肘の下に勲章も見えます。

Monty_Zhukov.jpg

続いて「東部戦線ドイツ軍・特選カラー写真集」が8ページ。
1941年のバルバロッサからクルスク戦、1945年5月、チェコで武装解除されるドイツ軍・・、
といった写真です。このBlogに登場した写真も何枚かありますね。
こうして本文、1945年4月~の「ベルリン最終攻防戦」白黒写真集が始まります。
「オーデル川の前線を視察するハインリーチ上級大将」がいきなり登場。
これも「ヒトラー 最期の12日間」で使った写真ですね。
ハインリーチは久しぶりなので、カラー写真でも。。

Gotthard Heinrici & Heinrich von Vietinghoff.jpg

そんなドイツ軍の防衛の様子が4ページ紹介されると、
残りはほとんどが一方的に攻めるソ連軍です。
ジューコフの第1白ロシア方面軍の主力である第8親衛軍チュイコフに、
第2ウクライナ方面軍司令官のロコソフスキー
第1ウクライナ方面軍は司令官のコーネフ以外にも、その先鋒を務めたという
第3親衛戦車軍司令官のルイバルコ大将なども写真付きで紹介。

Pavel Rybalko.jpg

そしてベルリン近郊、さらにベルリン市内へ突入する強力なソ連軍部隊。
写真も鮮明なものが多いですし、キャプションもかなり詳細で、元はソ連側のものなんでしょう。
例えば下の写真なら、「1945年5月、国会議事堂を攻撃する第89重榴弾砲旅団の
M-1937型32口径152㎜重榴弾砲で、第1白ロシア方面軍第3打撃軍第79狙撃軍団の
重火力支援用に配属された、第1白ロシア方面軍第4突破砲兵軍団第12突破砲兵師団から
分遣されたもの」だということです。。「突破砲兵師団」て初めて聞きました・・。

russian-152-mm-gun-berlin-april-1945-ML-20.jpg

当然、カチューシャ・ロケットのキャプションも詳しく書かれ、
「132㎜ロケット弾の弾胴には『第3帝国をぶっ飛ばせ』と書かれている」。

loading_Katyushas_Berlin1945.jpg

また、戦車や自走砲もバンバン出てきます。
T-34は思ったより少なくて、目立つのは「ISU-122」、「ISU-152」といった重装甲自走砲。
ドイツ軍のティーガーやパンターを撃破したことから、「アニマルハンター」の綽名も。。

isu122berlinapr1945.jpg

他にも「SU-85」に、「SU-100」といった中装甲自走砲。
ちなみに表紙の写真は「ベルリン市街地に突入するIS2M型重戦車」で、
スターリン重戦車の後期型ですか。
この122mm砲の重戦車は各親衛重戦車連隊に配備されているそうですが、
連隊といっても5個中隊で、1個中隊は中隊本部と2個小隊から成り、
1個小隊は2両の重戦車を持っているだけ・・。
ですから、1個中隊は5両だけであり、連隊長車の1両を加えると26両という計算になりますが、
ココでは合計21両となっています。4個中隊の間違いなのかな??
いずれにしても戦車連隊で20両ちょっとというのは名前負けしてますね。

is-2-BrandenburgGateBerlin45.jpg

砲火の下、炎上するベルリン市街を逃げまどう婦人たちの写真に、
「短機関銃PPShを突きつけられ、引きずり出されたドイツ兵」の写真。

russian-soldier-pulls-out-german-from-amanhole-april-berlin-1945.jpg

58ページでソ連軍は勝利してしまい、
以前に「1945年・ベルリン解放の真実 戦争・強姦・子ども」で紹介した、
市民のために食料の配布をする占領軍の写真に、

Red Army soldiers distributing bread to Berlin residents after Germany surrender in 1945.jpg

その一方、女性から自転車を強奪しようとするソ連兵の姿・・。

bicycle.jpg

63ページからは1944年1月~の「ソ連軍、ポーランド制圧」。
ドイツ軍のティーガーⅢ号突撃砲、ヘッツァーも申し訳程度に出てきますが、基本はソ連軍で、
「SU-122」とか、「SU-152」が登場しますが、細かいキャプションを読んでいると、
「SU」シリーズはKV(ヴォロシーロフ)戦車の車体、
「ISU」シリーズがIS(スターリン)戦車の車体であることが判ります。

German people watch helplessly as a Red Army tank trundles on a street in Konigsberg in 1945.jpg

その後はケーニヒスベルクでの戦闘写真、東ヨーロッパでの戦闘写真へと続きます。
下の写真は、第503重戦車大隊のティーガー231号車のそばで談話する、
SS第22義勇騎兵師団「マリア・テレジア」の機関銃弾薬手とハンガリー兵士だそうです。
やっぱりお互いハンガリー人なのかな??

SS Division grenadier talking with a Hungarian soldier in Budapest, October 1944. The King Tiger is from the schwere Panzer-Abteilung 503.jpg

チェコ解放の写真は多いですね。
面白いのは西側の亡命チェコスロバキア軍の旅団は「クロムウェル」で凱旋し、
東側の独立チェコスロヴバキア第1戦車旅団は第4ウクライナ方面軍に配属され、
鹵獲Ⅲ号突撃砲や、IS2M型重戦車でプラハでの勝利を祝っているところです。

IS-2m of the 1st Czechoslovak Army Corps, in Prague in May 1945.jpg

133ページからは、「東ヨーロッパ戦線(1945)」と題して、最後の5ヵ月間を解説します。
ヴィスワ河橋頭堡の攻防戦に始まり、東プロイセン、オーデル河、ハンガリー戦区
シュテッティン橋頭堡、キュストリン橋頭堡、そして首都ベルリン制圧作戦と、
攻撃側のソ連軍を中心に1ページ1枚程度の写真と戦況図を掲載しながら進みます。
50ページ以上ありますから、コレはちょっとした最終戦本を読んでいる感じですね。
それどころか、こんなに細かく書かれた戦記なんてあったかな。。

T-34-85 of Soviet 7th Guards tank corps in 1945.jpg

なかなかマニアックな一冊で、買った当時に読んでいても理解できなかったんでしょう。。
でも今回はソコソコ楽しめました。
特にソ連戦車と自走砲はこれだけ出てくれば、中盤以降になると
車種が即答できるようになったりして、身になりましたねぇ。
続編の「ベルリン攻防戦Ⅱ 激闘 東部戦線(4)」もありますので、続けて読んでみます。




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コメント 4

ブルクハイト

変な時間にこんにちわヴィト様。昨日まで広島と呉方面を旅行しておりましたブルクハイトです。

それにしてもソ連軍の編成は訳分からんですよね。
砲兵軍団なり砲兵師団はともかく途中から軍団編成が歩兵や戦車や一般的な航空部隊から消えたり消えなかったりと訳が分かりません。(大型爆撃機等の部隊は軍団編成を使用したらしいです)
海軍の部隊名称も陸軍式を使ってるのもなぁ…いくら陸軍がでかいからってもなぁ…。

軍隊の編成って奴は曲者で、名乗ったら勝ちみたいな風潮があって困りますねぇ…あと階級とかも国や時代によって面倒です…
by ブルクハイト (2014-03-26 03:49) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。ブルクハイトさん。
広島と呉ですか。ボクは行ったことがないので羨ましい。。

ソ連軍の編成はホント苦労しますね。
「白ロシア方面軍」も、「白ロシア戦線」って訳される場合もありますし、初めて「打撃軍」を知った時も、実に強そうに感じました。
「狙撃軍団」なんて、最初ヴァシリ・ザイツェフみたいな狙撃手が2万人もひしめいている軍団かと思ったくらいです。。
まぁ、ドイツも擲弾兵になったりしてますからねぇ。

階級も確かに困ったもんです。
「准なんとか」、「上級なんとか」など、付く国もあれば付かない国。このBlogでもとある軍人の階級まで書くときは、英語のサイトのプロフィールを探して、裏を取ったりと、結構苦労します(「〇〇将軍」になっている場合は、手抜きだと思ってください)。
戦役当時の階級と、最終階級の違いもありますから、例えば、西方電撃戦で「ロンメル元帥」と書いたら、すぐに怒られてしまうでしょう。

これは現在の日本における、軍の階級基準がイマイチ良くわからないことも問題のひとつだと思いますね。
自衛隊の「3等陸佐」って言われても、すぐに「少佐!」って即答できなかったり、たいがいの階級表には「幕僚長(大将)」と、英米軍、または旧日本軍の階級がカッコ書きで・・。ということはやっぱり自衛隊の階級も日本人にとって一般的ではないんでしょう。そもそも「大将」って呼ばれる人は、今の日本には存在していないんですかね。

「いなかっぺ大将」とか、武田鉄矢が「あんたが大将!」なんて歌ってたりしてたのに・・。
まぁ、「いなかっぺ幕僚長」や、「あんたが幕僚長」じゃ締まらないですか。

by ヴィトゲンシュタイン (2014-03-26 06:05) 

ブルクハイト

二次大戦を扱った読み物に慣れてますと、最近の軍隊の編成ってなんかしっくりこないなーと思います。

戦後になって軍縮が始まりますと、軍集団だとか方面軍だなんて巨大な単位はもう編成できなくなりますし、師団・旅団・連隊のうち一つと軍団編成を省くことも当たり前になりますよね。(統合軍とか新しい編成もできたりはしますが)

そうなると将校、特に将官の階級も多すぎて困って…階級インフレに陥ると…。

師団、旅団、連隊、大隊のすべての名前を使用する陸自は高級ポストの維持に必死なんでしょうね。

人件費に悩む割には7000人程度の部隊を師団として中将に指揮させる陸自ってなんなんだろう……官僚組織って奴はこれだから……

…まぁ伝統的で大仰な階級や編成が時代に合わなくなってきてるんだなぁと思います。
by ブルクハイト (2014-03-27 17:36) 

ヴィトゲンシュタイン

日本人らしく、自衛隊の概要でも学ぼうかと思っているんですが、コレがまた、山ほど本があって、どうにもなりませんねぇ・・。
とりあえずカラーのムック本あたりかなぁ。
by ヴィトゲンシュタイン (2014-03-27 20:11) 

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