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そこに僕らは居合わせた -語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶- [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

グードルン・パウゼヴァング著の「そこに僕らは居合わせた」を読破しました。

4月の「ナチズム下の女たち -第三帝国の日常生活-」を読んで以降、
昨年に発刊された本書が気になっていました。
1945年のナチス・ドイツ敗北の時に17歳のナチ少女だった著者による20篇の物語。
自身の体験から見聞きしたエピソードが綴られた短編集です。

そこに僕らは居合わせた.jpg

最初は「スープはまだ温かかった」というタイトルのお話から・・。
独ソ戦も始まった1941年秋、14歳の少女は3人の妹弟のお守をしています。
食糧は配給制となり、母親はお店の行列に並んだまま、お昼の支度も出来ていません。
そんなとき近所のビルンバウム家に窓のない黒いトラックが止まり、制服の男が2人・・。
「急いで! ビルンバウムさんが連れて行かれるわ!」と母が息を切らせて帰ってきます。
そして出てきたのはユダヤ人の御主人、ビルンバウムさん。
続いて親友だったエルスベートと姉のノラ、お爺さんも奥さんに手を引かれて出てきます。
パニックになったお爺さんを乱暴にトラックに乗せる様を見て、野次馬みんなで大笑い。

Judenfeindlichkeit.jpg

開け放たれたドアからはすでに野次馬の一部が空になった家の中に雪崩れ込んでいます。
「こっちよ!急いで!」と家の中から彼女を呼ぶ母の声が・・。
ビルンバウム家の台所ではパンとスープを用意され、ちょうど昼食をとろうとしていたよう。
母は子供たち全員をテーブルに着かせると、コンロの鍋の蓋を取り、
「煮込みスープね。いい匂い」。まるでビルンバウム一家がもう存在しないかのような母。
そしていつものように「いただきましょう!」と声をかけ、家族の昼食が始まります。
母はスープを口に運び、ウットリしたように言います。
「ああ、まだ温かいわ」。

たった9ページのお話ですが、ガツン! ときました。
小さい町での普通のドイツ人とユダヤ人の関係をシンプルかつ残酷に描いています。
これ以降はネタバレしないように、いくつかのお話を紹介してみましょう。

Bund Deutscher Mädel_3.jpg

「九月の晴れた日」。
戦争末期に12歳だった少女。大好きな音楽の先生がいます。
若い教師は兵士として戦地に送られていたため、教師不足となり、
画家は美術の先生に、音楽家は音楽の先生として授業を受け持っているのです。
そんな芸術家肌の繊細な先生はテストや点数を付けるのが苦痛で、全員が「良」。
しかしある日、先生はかつて共産主義者だったことを理由にゲシュタポに連行されてしまいます。
ゲシュタポの逮捕者には容赦しないという恐ろしさは子供でも知っています。
なんとかして先生を助けなくては!
そこで笑顔が魅力的で「ふつうの人」でもわかる演説をする大ドイツ帝国No.2、
ゲーリングに宛てて、先生を釈放してくれるよう彼女たちは手紙を書くのでした。。

1939, Hitler and Goering visiting an airforce test range..jpg

「賢母十字勲章」。
当時、10歳~14歳までのドイツ人少女の入団が義務付けられていた「少女団」。
週に2回、集会があり、歌やゲームの他、総統ヒトラーの素晴らしさについても学びます。
「ヒトラーは犬と子供を愛し、農民と兵士と労働者を重んじ、
国民のために昼夜を問わず働いている。
そして祖国のためにたくさんの子供を産んだ女性を称える」。

Hitler_with_a_group_of_young_girls_saluting_him.jpg

毎年「母の日」に4人以上子供を産んだ母親に賢母十字勲章(母親十字章)の授与が行われ、
その勲章を授与するのは「少女団」の役目です。
白いブラウスに紺のスカート、お揃いのネクタイという制服姿で全員集合し、
村を北から南に行進。最初は3人の男との間に4人の子供を儲けていたベッカーさんの所。
歌を唄って、首に勲章をかけ、花冠を頭に乗せ、握手をして終了。
11番めの受章者は年老いたアンナお婆さんです。
しかし4人の息子は全員が第1次大戦で戦死・・。
アンナお婆さんは「ばかばかしい!」と首から勲章を外すと、そばの肥溜めに・・。

mutterkreuz.jpg

「追い込み猟」。
15歳の少年ハラルドは地区指導者のおじさんと狩りに出かけます。
一人前の大人として銃を扱える年齢となり、銃を担いで大喜び。
そして保護林から雪原へ追い込み猟でやってきた獲物。
それは捕虜収容所から脱走したロシア人・・。
おじさんは言います。「撃ち殺すのは自由だ。公認の射撃標的というわけさ」。
ハラルドは「殺人だよ!」と抵抗しますが、おじさんは諭すような声で続けます。
「ドイツは戦争をしているんだ。ロシア人は我々の敵だ。君もあと2年もすれば兵士になる」。

Schießausbildung von HJ-Angehörigen.jpg

「おとぎ話の時間」。
この話は著者が10歳の時の体験談で、1938年9月の出来事であり、
その2ヵ月後には、あの「水晶の夜」事件が発生したというユダヤ人迫害の時期です。

1938-kristallnacht.jpg

毎週土曜日に学校では先生が本を読んだり、お話をする「おとぎ話の時間」が・・。
その日のお話は、みんなと同じ10歳くらいのロゼマリーがひどい歯痛に苦しんでいるものの、
あいにく週末で、掛かりつけの歯医者さんがお休み。
そこで一軒だけ診察をしている医院に行くことに・・。
待合室には金髪の女の子が一人。名前はイルゼです。
診察室のドアが開き、鉤鼻黒い巻き毛、肉厚の下唇、大きく出っ張った耳をした先生が現れ、
イルゼに中に入るよう合図します。

しばらくすると、「先生、やめてください。お願いです。先生!」というイルゼのすすり泣く声が・・。
やがて先生が再び姿を現します。そしてにっこり笑ってロゼマリーを手招き。。
しかしイルゼの姿はどこにも見えません。どんなひどいことをされたのでしょう?

Der Stürmer_October 1936.jpg

「ランマー」。
1944年秋、16歳になったばかり少年。父は1年前に戦死。母と59歳の祖父との生活です。
そんな時に16歳から60歳までの男子が招集される「国民突撃隊」のニュースが。。
第1次大戦で鉄十字章を貰っていた祖父と共に12人横隊で町中を行進し、
ついに一人前の兵士として戦闘に加わることができると大興奮です。

Volkssturm.jpg

そしてドレスデン空爆の翌日、ついに召集令状が届きますが、
「いまいましい。今から東部戦線で戦うなんて自殺しに行くようなものだ」と語る祖父。
「何を言うんだよ!犬死になんてしないぞ!僕は敵をズタズタにするまで戦う!」

出発の前日、母のために納屋の修理をする2人。
その時、祖父に土間を突き固める重いランマーを足に落とされ、指3本が骨折。
「かわいい孫の足が治るのはどれくらいかかるだろう?」
医者は「複雑骨折してるから、4、5週間というところだ」と言って、祖父と目配せをしています。
大好きな祖父がひとり出発したあとも3週間は包帯でぐるぐる巻き。
悔しさでベッドで泣くだけです。そして祖父は・・。

hj-soldiers.jpg

と、まぁ、こんなところにしておきましょう。
239ページですから、1日で一気読みしてしまいましたが、
いまから思うと、もっと一話ごとにじっくり考えてみてもよかったなぁ・・とも。

ハンス・ペーター・リヒターの「あのころはフリードリヒがいた」が好きな方にはオススメです。
続編の「ぼくたちもそこにいた」 も同様ですが、タイトルそっくりですね。。
しかし「みすず書房」だけに、決して児童書ではありません。
大人でも充分インパクトありますし、10代の少年少女にも読んで欲しい・・、
そんな不思議な味わいのある一冊でした。







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コメント 2

IZM

面白そう~、というか、やっぱり庶民目線の小さなあれこれというのは興味深いですね。この作者は児童向けの社会問題をテーマにした著作が多いようですね。
by IZM (2013-10-22 22:12) 

ヴィトゲンシュタイン

おっと、日本語版wikiにこの著者ありましたねぇ。チェック漏れです。
現在のナチスに対する評価を前提に、当時を検証するのはあまり好きじゃないので、本書のような素直なテーマに惹かれますね。

今晩は久しぶりにドイツワイン。牛タンとサラダと、初めて作ったハッシュドポテトです。も~、だいぶ良い感じー。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-10-22 22:50) 

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