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野戦郵便から読み解く「ふつうの​ドイツ兵」―第二次世界大戦末期​におけるイデオロギーと「主体性​」 [ドイツ陸軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

小野寺 拓也 著の「野戦郵便から読み解く「ふつうの​ドイツ兵」」を読破しました。

ちょっと珍しい視点からナチス・ドイツを研究した本を紹介します。
去年の11月に出た324ページの本書は、2010年に著者が東京大学に提出した
博士論文を公刊用に圧縮したうえで、加筆、修正を加えたもので、
このような研究書にありがちな5000円という価格設定からしても、
単純に「ドイツ兵の手紙」を紹介しているわけではないのが想像できますね。

野戦郵便から読み解く「ふつうの​ドイツ兵」.jpg

「序章」では、イデオロギーと「主体性​」という本書の問いについて説明します。
まず、人種主義、反ユダヤ主義がナチズムの中核をなす要素である以外に
優生学、人口政策、農業ロマン主義、反キリスト教的道徳観、プロイセン的軍国主義、
ヒトラーへのカリスマ的崇拝など、ありとあらゆる、
ときには相互に矛盾する要素が混合しているのがナチ・イデオロギーの特徴とします。

ここまでは個人的にもなんとかOK。
そして本書の研究としての新しさとして、このようなナチ・イデオロギーに限定せず、
戦友意識と男らしさ、暴力経験に被害者意識、ナショナリズムといった
ドイツ以外の戦争経験国にも見られる現象も取り上げ、
研究対象としては未開拓と言ってもいい領域の第2次大戦末期の考察に絞り、
2001年から所蔵を開始したベルリン・コミュニケーション博物館
データベース化された野戦郵便を史料としているということです。

Parcel_post_bags__1940.jpg

第1章では、その野戦郵便が史料として、いかなるものかを解説します。
日記と同様、戦場で体験したことが間をおかずに記されるため、
自叙伝や、戦後の聞き取り調査に比べ、後付けの知識で修正される危険性が少ない反面、
家族や恋人などの親密な読み手に向けて書かれた手紙には、
不用意な記述で相手を不安にさせたくない・・という配慮が付け加えられます。

そんな兵士たちの書く手紙は、ドイツ国防軍では組織的に検閲が行われており、
軍ごとに「野戦郵便検査所」が設けられ、将校5人、下士官14人が配属。
1人の検閲官が、1日平均160通以上も抜き取り検閲し、
秘密保持を要する類に、軍や政府に対する批判などがあった場合は逮捕。
しかし、戦争の期間、あわせて1800万人が国防軍に所属し、
前線と「銃後」の間を行き来した野戦郵便の数は、推定300億通~400億通と膨大です。

The_register_of_registered_letters__1940.jpg

本書の対象となったのは国防軍の中核である陸軍兵士であり、1944年6月以降に
10通以上のまとまった手紙のある職業軍人ではない、下士官と兵卒23名です。
また、衛生兵や通信兵といった特殊技能を必要とする高学歴の兵士の手紙を重要視して、
彼らが所属する部隊の中で、男らしさや戦友意識をどのように考えていたかを検証します。

特に女性遍歴の自慢と酒豪自慢、そして猥談・・。
ある通信兵はこうした環境での苦痛を家族に書いています。
「彼らが話すことが正しいとすると、物凄いプレイボーイで、酒を何樽も空けたことになります。
人間が真実を口に出来ないのはとても残念なことです」。
まぁ、Uボートでも猥談がメインですから、彼のような真面目でシャイな人間は
仲間として溶け込むのが大変なのは良くわかりますね。

snowballa.jpg

そして兵科の違いによる安全性は、「通信部隊は生命保険」と認識しており、
砲兵の無線通信担当や後方の運転兵も「心配する必要はありません」と書き送ります。
しかしはるかに危険で多くの死傷者を出す擲弾兵(歩兵)に対しては、
後ろめたさとコンプレックス、あるいは優越感と裏表の心境であり、
「絶え間なく降り注ぐ爆弾や迫撃砲のなかを勇敢に前進していく」姿に畏敬の念を持ち、
「歩兵たちが通信部隊をまったく対等と見なしていないこともわかりました。
通信部隊というのは日陰者なのです」。

Feldpost-annahme.jpg

ですが、前線経験のない人間や輜重兵には「日陰者」の彼らも辛辣です。
「輜重兵、我々の中では卑怯者の集まりということになっていますが、
彼らははるか遠くまで逃げて行ったので、今どこに隠れているのか誰にもわかりません。
彼らの多くが見せる臆病さに我々は失望させられました」。

German_soldier_writing_letter_post.jpg

また、職業軍人ではない彼らは昇進や勲章にそれほどのコダワリはなく、
最低限の任務を果たしながら戦争をやり過ごしたい・・と考えているものの、
2年も3年も軍隊にいれば、腹立たしい上官にも出会い、いつまで経っても上等兵でいることを
不満に感じ、「3ヵ月も故郷で訓練を受けていると、卑怯者のように思えてきます」
という心境になってくるのです。

ドイツ本土の爆撃が激しくなってくると、家族が避難することで手紙が届かないことも・・。
故郷からの手紙の山が分配されても何も手にすることができなかった兵士の不満も
徐々に大きくなり、家族からの手紙を受け取った兵士にはやっかみの視線が向けられます。
「一番手紙が来るので、今のところ"一番嫌われている"人間です」。

Bundle_of_letters.jpg

大戦末期の東部戦線では、「我々の神経は完全に衰弱してしまいました。
ロシア軍の爆撃機がやってくると、我々はガタガタと震え出します」。
「出来れば頻繁に手紙を書きたいのですが、残念ながらなかなか書けません。
神経が参ってしまっていて、気分も滅入っていて、とにかくもう書けないのです!」

戦友の死の様子をその両親に伝えるという責任に苦悩する兵士の手紙も印象的です。
「家族は一字一句を厳格に受け取るものですから、決して悟られないように
しなければなりません。彼らは頭を撃たれたと信じているわけですから、
それがもし嘘であっても、本当の残酷な死亡理由を知らせるよりは良いのです」。
誰にも書けなかった戦争の現実」では、ドイツ兵なら「総統のために・・」とか、
「ボルシェヴィキと戦って・・」と書くことができ・・とありましたが、
やっぱり、そんな簡単なものではないですねぇ。

German soldier writing letter.jpg

ブッヘンヴァルト強制収容所からの囚人移送監視に駆り出された兵士。
「見る光景、見る光景、身の毛のよだつものでした。
そのような収容所に入れられるよりは死んだほうがましです。
毎日、死者が出ます。容赦なく撃てという命令を受けましたが、
自分の車両においてそうする必要はありませんでした。よかったです!」

東プロイセンにおける撤退の様子を目撃した兵士。
「泣いている女性や子供たちの隊列がひっきりなしに通り過ぎ、
避難する母親の腕の中で凍死し、見知らぬ家の前に置かれた子供、
その横には書置きと、誰かに埋葬してもらえればと100マルクが置かれていても、
それをただ冷たく笑うだけです。
すべての悲惨さが現実のものとは思えなくなって、同情することを私は忘れてしまいました」。

East Prussia 1945.jpg

ワルシャワ蜂起の鎮圧に関わっていた兵士は、ポーランド人の女性や子供の死体、
避難民の悲惨な光景を目の当たりにし、ニュースで聞く西部戦線の戦況と重ね合わせ、
「早く逃げてください。強制疎開は恐ろしいものです」と
デュッセルドルフに住む家族に手紙で自主的避難を呼びかけます。

Polish civilians captured by the Germans after the defeat of the Warsaw Uprising, September 1944..jpg

そんな西部戦線、フランスでの退却戦でパルチザンとの夜間戦闘を経験した兵士。
「もはやこれは戦争ではなく、暗殺です。疑わしいと思われた者は容赦なく殺されるのです。
全フランス民族が我々に対して抵抗しています。一杯の水すらもらえません」。

german_prisoner_kiccked_toulon_1944.jpg

しかし陥落寸前のユーゴスラヴィアのパルチザンになると・・。
「これらの匪賊たちの手に落ちた人々は、射殺されたのではありません。
正真正銘、虐殺されたのです。
喉は切り裂かれ、手は切り落とされ、まさに中世のようです」。

「ボルシェヴィキの洪水に歯止めがかけられるといいのですが。
今や赤い人殺しの群れが故郷に殺到しつつあります。
怒りのあまり髪の毛をかきむしりそうです」。
と書くのは、南部のイタリアで米英軍の攻撃を食い止めている兵士です。

German_soldiers_writing_letter_post.jpg

ドイツ兵にとっては東部戦線の状況が一番の心配事であり、シベリアへの強制労働
自分の家族がロシア軍による性暴力の被害に遭うのではないか・・という恐怖です。
「ボルシェヴィキどもは凄まじい乱暴を働き、殺害し、略奪しています。
ロシア人はいかなる状況であっても、再び駆逐されねばなりません。
私がすべての出来事にうんざりしているといえども、
この戦いを継続することが必要だということは私も認識しています」。

German_soldier_reading_a_letter_from_home3.jpg

「私が捕虜になることはないでしょう。あなたに尋ねますが、
ロシアの捕虜になり、シベリアで働いて命を失うのが良いのか、
それとも死んだ方が良いのか、私はどうすれば良いでしょうか」。

dejected-german-soldier-konigsberg-1945.jpg

終戦直前の4月30日になっても希望を抱く兵士の手紙。
「西部ではもはや抵抗は行われておらず、出来るだけ迅速にロシア軍と戦うために
ドイツ軍部隊は英米軍と合流するとのことです」。
あ~、ロンメルとパットンが協力してソ連軍と戦う・・なんて小説もありましたね。

検閲があったとはいえ、彼ら前線の兵士はヒトラーについても肯定的に
途切れることなく記述していることを指摘し、その背景には、
軍事的才能への信頼感、「神意」という神秘性に加え、
危機にあって人々が一体化し得るシンボルとしてヒトラーが機能したこと、
そしてとにかく彼を信じることによって、現状を打開するしかないという目的楽観主義など、
さまざまな要因があったとしています。

German_soldiers_received_feldpost.jpg

それは「総力戦」に対する彼らの考え方にも表れているようです。
母親が工場での作業に従事していることについて、
「それこそが本当の総力戦なのだと思います。
仕事がそれほどきつくないことを祈るばかりです」と書く兵士。
「パパは国民突撃隊の任務にもう入りましたか?
そうでなければなりません。個人的な楽しみは戦争の後です」。

Postwoman_the_Reichspost.jpg

本書の内容はタイトル通り、野戦郵便から読み解く「ふつうの​ドイツ兵」であり、
第二次世界大戦末期​におけるイデオロギーと「主体性​」を研究したものですが、
特に「研究」部分については、今回は大きく割愛しました。
まぁ、ちょっとヴィトゲンシュタインには消化しきれないテーマですし、
個人的には、一連の手紙を時系列で紹介してもらったうえで、
自分なりにその本人の立場に立って考えてみたかった・・ということもあります。
また、1944年6月以降の手紙が研究対象となっている本書ですが、
戦争の全期間、1939年のポーランド侵攻から、包括的な傾向なども知りたいと思いました。

ちなみに日本軍兵士が戦地から家族に宛てた手紙などが
靖国神社の「遊就館」で12月まで開催中の「大東亜戦争 70周年展Ⅱ」で見れるそうで、
いつもコメントいただくIZMさんのBlogに詳しいレビューが書かれております。
零戦も展示されているようで、ヴィトゲンシュタインも近々、行くつもりです。



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IZM

手紙をまとめた本かと思っていたら、論文ですか。でも情報量が多そうで、読み応えがありそうですね。ここでよんだだけだと割と自由に書けていたのかな?とも思えますが。。。
精神的なダメージから、手紙の書けない苦悩というのも戦争末期にあったようですが、硫黄島の戦闘に参加していた通信兵の方のインタビューを見たら「当時は手紙書くための紙すらなかった。手紙を書いてた人はどこで紙を手に入れたのか。」とかいっていたので、ドイツ兵はその辺ちゃんと支給されていたのかな?とかちょっと思いました。
あと、男だらけだと猥談で盛り上がるwというのは、ヤフブロ内で元日本軍パイロット・特攻隊の生き残りのブロガーさんがいて、やはり同じ事を仰っていたので、この辺も万国共通なんだな~とwww (今回のリンクULRはその方のブログです。)
貴ブログで紹介して頂いて大変光栄です。。。 遊就館、自分は今回特別展しか見る時間がありませんでしたが、常設展示も充実していますよ。これからの季節だと例大祭もあるのでおススメです~

by IZM (2013-04-11 22:57) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、IZMさん。
そう、論文なんですよ。論文ベースの本をレビューするってのは、ボクは教授じゃないんだから・・と大変なんですね。なんかアクセス数多いなぁと思ったら、著者の方がTwitterでつぶやかれてるそうなんです。
まぁでも、とても興味深い内容の本でした。
「検閲」も抜き打ち程度のようですから、度胸があれば「ヒトラー死ね!!」とか書けますし、「ひょっとしてバレたら家族も逮捕・・??」なんて気の弱い兵士は、慎重だったのかも知れません。
それにしても、硫黄島やら、特攻隊の生き残りのブロガーさんやらと相変わらずネタお持ちですねぇ。。
遊就館は今週末に行こうかと思っています。靖国神社行くのが10代の頃以来ですから、いろいろと楽しみです。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-04-12 07:49) 

ジャルトミクソン

いつも楽しみに読ませていただいています。
ビーバーの「スターリングラード 」を読んで驚いたのはかなりネガティブな事も書かれた手紙が多かったということです。
山本七平の「私の中の日本軍」では、手紙(ハガキ、切手)なんてまず手に入らない、そのレアな機会を活かすためには検閲で引っかからないことを書くしかないということが述べられていました。
それに比べるとドイツ軍は意外と大らかだなと。
ビーバー本のソ連兵の手紙はまさに日本軍と同じテイストでしたが。
by ジャルトミクソン (2013-04-15 10:06) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。ジャルトミクソンさん。
なるほど、独日ソの手紙の違いも面白いですね。
日本は同盟ドイツに似ているというよりも、物資や食糧難でも生き延びたり、ウラー!突撃やバンザイ突撃といったように、ソ連似なのかも知れませんね。まぁ、ソ連も東はアジアと言われますし・・。


by ヴィトゲンシュタイン (2013-04-15 11:56) 

NO NAME

 レビューを読ませていただきました。前評判の高い本なので読もうと思いながらも、『ゲシヒテ』誌の小野寺論文を読んだところで手が止まって現在に至ります。ホロコースト本の中では断然読みやすい部類に入るはずなんですが(他の研究書の語りが余りに難解なので相対的な読みやすさではありますが…)。
 個人的にはこういう研究の成果を踏まえてホロコーストを再考するような本が出てほしいですね。芝健介氏の『ホロコースト』ほど網羅的でなくていいから刺激的なところを、それも鈴木翔氏の『教室内カースト』(光文社新書)とかに負けないくらい切れ味のよい一冊が出てくれればと思います。そうすればポピュラー本と研究の間にあるとしてのホロコーストのイメージの溝も少しは埋まってくれると信じたいところですね。
 尤も、歴史というジャンル自体があまり一般に読まれるジャンルではないのが悲しいところですが。
by NO NAME (2013-05-13 02:01) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。NO NAMEさん。
著者の論文を読まれたんですか。
本書は公刊用に読みやすくしているとはいえ、やっぱり難解な部分がありますね。できれば値段も半分くらいにはして欲しいところです。
コメント、ありがとうございました。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-05-13 07:00) 

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