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ベルリン特電 [第三帝国と日本人]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

江尻 進 著の「ベルリン特電」を読破しました。

もう3年も前の「ベルリン終戦日記 -ある女性の記録-」の時にオススメいただいた本書は、
第二次大戦下ベルリン最後の日 -ある外交官の記録-」、「最後の特派員」と続く、
日本人の体験したナチス・ドイツの興亡モノです。
1995年、310ページのハードカバーで、著者は当時の同盟通信社のベルリン支局長。
日本版ウィリアム・シャイラーってトコでしょうか。

ベルリン特電.jpg

1939年2月、突然ベルリン支局長として単身赴任の内命を受けた著者。
2日間の短い新婚旅行から戻ってきた翌日のこと。
著者は1908年生まれですから、30歳になったところ、新婦はまだ20歳です。
親からは「お前のやったことは詐欺だ」と烈火のごとく怒られる始末ですが、
当人も寝耳に水であり、英語には多少自信はあるものの、ドイツ語はダメ。。

郵船の欧州航路は月2回、残っていた乗船切符は「特別1等室」のみ。
月給100円の時代に、船賃1千円也。それでも急き立てられた結果、
若奥さんも連れて、神戸から筥崎丸で豪華客船の旅を満喫することになるのでした。

筥崎丸.jpg

マルセイユまで43日、そして井上パリ特派員が推薦してくれた大衆的な可愛いホテルは
手洗い、風呂が別室の共用になっていて、小さな寝室を見た若奥さんは、
「これが花の都パリのホテルですか」と涙声・・。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京に次ぐ人口420万の大都会、
ベルリンまでの列車の旅も珍道中のような展開で、こういうのは好きですねぇ。
ちなみに著者は「同盟通信社」の支局長ですが、この通信社は1936年に設立され、
戦後は「共同通信」と「時事通信」に分かれた、日本最大の通信社です。

東方での軍事的紛争が近くに起こるのでは・・という雰囲気に、
ベルリンから早速、ポーランド行の列車に乗り込みます。
食堂車で相席となったポーランド人弁護士の見通しは、
「ポーランド軍は特に騎兵が強力なので、ドイツ軍は撃破される」。
さらに「騎兵は逆にドイツ領に突入するかも・・」と自信満々です。。

armia polska 1939.jpg

始まったベルリンでの生活はドイツ語教室通いに、住居探し。
4、5軒の候補住居の下見と交渉に向かうのは、地図と和独小辞典を抱えた新妻・・。
慣れぬ外国で単身交渉に当たる行動力には、新米特派員も太刀打ちできません。

そんな着任2ヵ月後には「独ソ不可侵条約」が発表されます。
ソ連情報にも精通したエストニアの新聞記者から入手した情報には、
ポーランド分割に関する"秘密協定"も存在し、この重大情報を日本に打電。
すると翌朝、ドイツ外務省情報部日本課長から呼び出しを受け、
「総統は、こんな極秘事項を打電した特派員は国外追放にしろ、と激怒している」。

German-Soviet Nonaggression Pact.jpg

本書でも説明していますが、ナチ党としてはオットー・ディートリッヒを長とする、
党宣伝部の組織を持ち、記者を集めて重要政策の演説したりとする一方で、
ゲッベルスの宣伝省が、内外のプレスに対して実務的な宣伝工作を行っています。
さらにリッベントロップの外務省も絡んでくる・・という相変わらずのややこしさですね。

Otto Dietrich.jpg

翌月には、ドイツ軍のポーランド侵攻、反対側からソ連・・と分割作戦が開始。
著者は「真実の報道なのに、あのような圧力を加えるとはけしからん」と抗議するも、
「日本の代表通信社が報道すると、真実として信用されるので困るのだ」と
訳のわからない説明に終わるのでした。

Berlin, Germany, December 1939, A press conference at the Ministry of Propaganda​..jpg

そしてワルシャワでの戦勝パレードに従軍記者として参加することになった著者。
飛行場で外国人記者たちひとりひとりに話しかけるヒトラーの姿があります。
こうして著者の番、握手をしたもののドイツ語の挨拶がとっさに出てこない大ピンチ・・。
眼と眼は睨み合ったまま、ジーッと手を握ったまま放してくれません。。

hitler ju-52.jpg

またソ・フィン戦線への従軍の招待を受け、カレリア地方の第一線の塹壕まで行ってみると、
200m先の塹壕から無防備のソ連兵士が身を乗り出して、手を振っています。
ソ連軍はフィンランド軍の強さに懲りて、ジッと守りに徹しているという、一見平和な風景。
ちょっとばかりシモ・ヘイヘがソ連兵を殺し過ぎたのかもしれませんね。

talvisota.jpg

翌1940年、始まった欧州動乱によって若妻を日本へと送り返し、
ドイツ軍の西への集結ぶりなどから、「ドイツ軍の西部攻撃切迫」を打電します。
するとまたもや「総統が、不当な予測記事だ、として怒っている」と厳重注意が・・。

しかし、「不当な予測記事」は的中し、ベルギー降伏前に第3回目の従軍旅行に招かれます。
米国人3人に、ハンガリー、ソ連、スペイン、フィンランドからの記者という多国籍軍。
オランダのロッテルダムは爆撃によって激しい破壊の跡が見られますが、
アムステルダムでは、「これが欧州の戦争なのか」と首をかしげるほど、お店も開いています。

Amsterdam 1940.jpg

ダンケルク、カレー、そしてパリへと辿り着き、シャンゼリゼ通りでのドイツ軍の行進
コンコルド広場で解散したドイツ軍将兵は、フランス人女性と腕を組み、嬉々として散歩。
著者はそのような光景を見て思います。
「これが西欧での、昨日までの敵味方の姿である」。

Paris 1940's.jpg

1941年には、クーデターを起こしたユーゴへの軍事侵攻、そしてギリシャ戦が始まり、
急遽バルカン従軍記者団が組織されて、唯一の日本人記者として参加します。
このような前線での話は予想以上に面白いですねぇ。

中盤からは独ソ戦を巡る、日本も含めた駆け引きの様子がメインになります。
シベリア鉄道を経て、1941年3月にベルリンに到着した松岡外相。
ウンター・デン・リンデンの大通りから総統官邸まで日独国旗が色鮮やかに飾り、
大々的に歓迎されますが、ベルリン市民からはこんな多くの国旗を並べ立てるのは
配給制のいま、「繊維の無駄遣いである・・」という陰口も聞かれます。
個人的な話で恐縮ですが、初めて「シベリア鉄道」っていうのを知ったのは、
大瀧 詠一の「さらばシベリア鉄道」ですね。。名曲です。

doumei01.jpg

親独の大島大使と意見の食い違う松岡外相。
公邸ロビーで大臣を待ち受けていた著者は、「独ソ開戦は必至ですよ」と問いかけるも、
「君たちまで、そんな馬鹿げたことを信じているのか」と吐き捨てます。
そしてベルリンからモスクワに向かい、スターリンとモロトフと会談をして、
「日ソ中立条約」を調印。
日本をドイツから引き離し、背後のシベリアの安全を図ろうとしたのは明らかである
と、日本の政治家の無能ぶりに対しては、なかなか辛辣です。

doumei04.jpg

バルバロッサ作戦の初期にも唯一の日本人記者として従軍する著者。
本書ではポーランド戦から始まって、この独ソ戦までの戦局も、並行して丁寧に書かれています。
翌1942年の夏にも再び、独ソ戦に従軍。今度はセヴァストポリ攻撃の報道です。
巨大列車砲ドーラにも触れられますが、ドイツ軍の最後の攻撃では
「第2次大戦では少ない例のひとつとなったが、毒ガスを使った殲滅作戦に出た」として、
サリンではなかったか」と推測しています。

ふ~ん。。これは聞いたことがないなぁ。ホントだとするとマンシュタインが悪者にされますね。。
ただ、第1次大戦で使われた毒ガス兵器が野蛮だと考えられて使われず、
火炎放射器はOKっていうのも、なんだかなぁ・・と思うんですね。あれもヒドイ。。

Crimea-Romanian mountain troops attack Soviet bunker.jpg

スターリングラードクルスク、そしてアフリカ戦線の戦局も紹介しながら、
「舞台裏の攻防」として、東京のゾルゲ事件についてもかなり書かれています。
要は、著者が日本に送った独ソ開戦を巡る情報が、間接的にゾルゲへ、
そしてモスクワに送られた・・ということですね。

1943年3月、ヒトラー、リッベントロップ、大島大使の3者会談で、
突然ヒトラーがデーニッツらとの打ち合わせもなく、U-ボート2隻を寄贈すると言い出します。
野村中将はこの第1号である、U-511で帰国することとなり、
名艦長の37歳のシュネーウィンド中尉・・と書かれていますが、26歳かな??

Fritz Schneewind u511.jpg

いずれにせよ、途中で商船を魚雷で撃沈しながら、無事に呉に辿り着き、
「呂-500」という日本の潜水艦になったというこの話は面白く、
「潜艦U-511号の運命―秘録・日独伊協同作戦 」という本が出ているそうです。
コレ古すぎるんで、どこかで再刊してくれませんかねぇ。

U-511_1943.jpg

1944年にはフランス出張で大西洋の防衛線を一巡します。
ブンカーの陰で日向ぼっこで居眠りしているドイツ兵の姿を眺め、
ベルリンに帰着後、「当分、連合軍の上陸作戦はない模様」と打電すると、
報道用ではないこの情報が、日本の占領各地にも大きく報道されます。
そしてその翌日、ノルマンディ上陸作戦が・・。

Atlantikwall,_Soldat.jpg

1945年4月になると支局のあるベルリンも爆撃によって大混乱です。
街中には人影が消え、15歳前後のヒトラー・ユーゲントの少年が、
パンツァーファウストで警戒に当たっているのが見かけられるだけ・・。
そんな首都からの脱出を決意した著者に宣伝省から、
「南ドイツに政府の一部が移動し、南政府が組織される。
同盟国の代表が移転先へ同行されることを期待する」ということで、
一応、4連発の高射機関砲を装備した、貧弱な特別編成の列車に乗り込みます。

hitlerjugend  Panzerfaust.jpg

最終的には大島大使ら大勢の日本人とも合流し、ドイツの敗北、
東京大空襲、原爆投下、日本の敗戦をチロル山中から
米国送りとなった船のなかで聞き、12月に帰国を果たすのでした。

RIBBENTROP_OSHIMA.jpg

いや~、面白かった。。
新婚の著者が悪戦苦闘しながら、ナチスの戦争の真っ只中で頑張る姿は
思わず応援したくなりますし、妻のいる日本への帰国を要望するも、
戦局悪化のためそっちで踏ん張れと言われ、その仕事の重要性に誇りを持ったり、
特に外務省の秘密クラブを電話で予約する際、「徳川家康です」とか、
トイレのないJu-52でおしっこがしたくなって、仕方なく買ったばかりのボルサリーノに・・
と、人間らしい笑えるエピソードも当時の私信や写真も掲載しながら豊富です。

Borsalino.jpg

また、ソ連や米国の記者仲間も戦局の推移とともにベルリンから去っていくわけですが、
コレも決して彼ら同士には憎しみの感情はありません。
そういえばユダヤ人弾圧の様子は目にしていたものの、
アウシュヴィッツその他での集団虐殺が行われていたという話は全く耳に入らず
戦後に初めて聞かされたそうです。
やっぱり都会では目立つことはやってなかったんでしょうねぇ。

日本人体験の本としては、もう一冊「ベルリン戦争」があるので、
コレも楽しみですね。







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mafia

久しぶりにコメントさせていただきます
第2次世界大戦の日本人体験記ものは何冊も読まれているかと思いますが、個人的には笹本俊二さんが書いた、岩波新書の『第二次世界大戦下のヨーロッパ』もおすすめです
公使館員や朝日新聞の特派員としてヨーロッパ各地を回った体験記が、当時の一般的な情勢解説とともに書かれているほか、ハンガリー軍について東部戦線の従軍取材をしています
by mafia (2013-03-16 19:16) 

ヴィトゲンシュタイン

mafiaさん。こんばんわ。
は~、『第二次世界大戦下のヨーロッパ』。コレは知りませんでした。
ハンガリー軍の従軍取材ってのは、実に惹かれます。。
今日、神保町の古書店巡りしてきたところなので、次回、ターゲットにします。情報、ありがとうございました。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-03-16 22:05) 

ハッポの父

おぉっ!この本おもしろそうですね!

ベルリンものといえば……図書館検索システムで調べると、田舎の割に近隣の図書館にかなりマニアックな本があることがわかり・・・
「ドイツを焼いた戦略爆撃」…「イワンの戦争」…「ベルリン陥落1945」…「ベルリン終戦日記」と立て続きに読み、先週末は「ベルリン終戦日記」の映画版「ベルリン陥落1945」(なんとまぎらわしい邦題!)までDVDを借りて観ました。(いや~っ、久しぶりにいやな気持ちになる映画を観ました。)

さすがに頭の中は飽和状態!薄汚いソ連兵が「フラウ!コム!!」と叫ぶ声が耳元で聞こえるような^^;
by ハッポの父 (2013-03-18 21:04) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も~。この時間は酔っ払い気味の男です。
ハッポの父さん、実に良い感じですねぇ。素晴らしい流れ。ボクは映画の「ベルリン陥落1945」はDVD買っちゃいましたよ。。「フラウ!コム!!」。。タイトルだけでなくジャケットもヒドイですが、なかなかイメージ通りで忠実でしたね。
今回の本はオススメですよ。
ベルリンものの本では、そのうち独ソ戦車戦シリーズの「ベルリン大攻防戦: ソ連軍最精鋭がベルリンへ突入」は買ってみる予定です。 あとはシャイラーの「ベルリン日記」ですかね。
でわ~。

by ヴィトゲンシュタイン (2013-03-18 21:47) 

ジャルトミクソン

初めて書き込みます。
最近このブログを知りました。
10日間程読み続けました。大変楽しかったです。
たまたま年末からチャーチルの「二次大戦」、ビーバーの「スターリングラード」、カレルの「バルバロッサ」などを読んでました。今は「焦土作戦」です。
これからも更新楽しみにしてます。
by ジャルトミクソン (2013-03-18 23:15) 

ヴィトゲンシュタイン

ジャルトミクソンさん、ご訪問、ありがとうございます。
現在、 焦土作戦中・・ということで、まさに満喫されているようですね。10日間も独破していただき恐れ入ります。
コメントいただくことがあまりないBlogですので、お気づきのことがあれば過去記事でも書き込みください。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-03-19 07:06) 

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