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虐殺!アウシュビッツ -ユダヤ人集団殺害-戦慄の記録- [第二次世界大戦ブックス]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ワード・ラザフォード著の「虐殺!アウシュビッツ」を読破しました。

我が家の未読本棚に1冊だけ残っていたホロコースト物の本書は
いかにも第二次世界大戦ブックスらしく、実にオドロオドロしいタイトルです。
表紙も死体とおぼしき写真ですし、本文も写真タップリなシリーズですから、
読むのを躊躇っていましたが、勇気を振り絞ってペラペラ覗いてみると、
思っていたほどでもなし・・。
原著のタイトルもホロコーストではなく「ジェノサイド」。
どうやらアウシュヴィッツ絶滅収容所に限定したものとは一味違う、
ユダヤ人迫害の歴史から、ナチス・ドイツによる虐殺の過程を追及したものでした。

虐殺!アウシュビッツ.jpg

第1章は「ユダヤ人迫害の歴史」として20ページほど勉強です。
紀元前11世紀のダビデ王のもとで建設されたイスラエル王国ですが、
自分の宗教の方が優れていると考える無礼な小国を我慢ならなかったのはローマ人です。
エルサレムから追放され、西ヨーロッパのユダヤ人はキリスト教徒から迫害されます。
十字軍の戦士たちによって虐殺され、中世のスペインではゲットー制度が始まり、
耐えられなくなったユダヤ人たちは東ヨーロッパと移り出します。
しかしポーランドとロシアの間で紛争が起こると、
ポーランドではユダヤ人はロシアに味方している言われ、
一方、ロシアではポーランドに味方していると言われて、結局、虐殺の憂き目に・・。

Burning_Jews.jpg

再び、西を目指し、ドイツやフランスまで移動するユダヤ人ですが、
キリスト教会はユダヤ人を脅威と考え、誰からも歓迎されず、身を寄せ合って生きるのみ。。
19世紀には反ユダヤ主義が大きく広がり、第1次大戦の敗戦は
ドイツやオーストリアにとってさらに根深いものとなるでした。

こうして第2章「ヒトラー政権の台頭」へと進みます。
ヒトラーの反ユダヤ思想に触れ、「小柄で近視のババリア人」ヒムラーが紹介されます。
ココでは1ページフルフルのヒムラーのポートレートのような写真が出てきますが、
初めて見るものですねぇ。相変わらず、写真は素晴らしい。。
1933年にダッハウに「模範的な」強制収容所を開き、
秩序と規律がヒムラーらしく徹底されます。
鞭打ちや絞首刑をいかに行うか・・から、死刑執行人の労務に対しては
「ダバコ3本」が支給されるといった細かな規定です。。
また、SSに編成された看守部隊の名は「死人の首」部隊です・・。
もちろん「トーテンコップフ」、普通、和名では「髑髏部隊」ですが、これにはビックリしました。

ss_totenkopfverbande.JPG

1935年には「ニュルンベルク人種法」が制定され、ナチス・ドイツでのユダヤ人迫害が、
政府の政策とも呼べるものになると、「水晶の夜」事件が発生し、
パリの暗殺者グリューンシュパンくんも登場しながら話は進みますが、
本書では彼はゲシュタポの手先ではなかったとしても、そそのかされて、
この事件を引き起こしたのであろう・・・としています。
まぁ、この事件もいろいろな説があるもんですねぇ。

Synagoge in Baden-Baden.jpg

ドイツ、ポーランド、ルーマニアの3国は自国からユダヤ人を除きたいと世界に説明。
1938年7月、ルーズヴェルト大統領のイニシアチブによって
スイスで32ヵ国による会議が開かれるものの、
どの国も、ユダヤ人の子供でさえ引き取るつもりがない、と述べ、結論は出ず。。
ヒトラーはこの会議の失敗から、世界はユダヤ人の運命に対して、
極めて冷淡であると理解するのでした。

poster-behind-enemy-powers.jpg

フランス外相からは彼らの植民地である「マダガスカル」にユダヤ人1万人を移住させるという
有名な計画を考慮しているとも伝えられますが、
オーストリア併合によってナチスの支配下にあるユダヤ人は18万人であり、
ヒトラーの手に落ちたチェコでは30万人と膨大な数です。

追い出し作戦を能率よく行おうと、てきぱきと一生懸命に働くのは、
ユダヤ人問題の責任者アイヒマン
しかし高い代価を支払い、自由を求めて出国しようとするユダヤ人は、
時には直接SSに支払い、それは国家保安本部(RSHA)の腐敗した担当者のポケットに入って、
彼らは偽造した書類を渡すのです。

Jews 1941.JPG

「ユダヤ人虐殺の黒幕」として紹介されるのは、ラインハルト・ハイドリヒです。
オーストリア併合やズテーテンラント進駐時の「アインザッツグルッペン」の行動にも触れて、
黄色いダビデの星の着用、ポーランドへの移住、大量処刑、ゲットー
そしてヴァンゼー会議における「最終的解決」へ・・。

Goering,Himmler , Heydrich.jpg

しかしポーランドでは、クラクフのヴァヴェル城に陣取り、中世の王のよう振る舞う
SS嫌いの総督ハンス・フランクが自分の領地である総統府に
ユダヤ人を移住させることに激しく抗議。
ヒムラーとの対立はハイドリヒの計画を遅延させるのでした。

Hans Frank_NSKK.jpg

また、同じくポーランドではルブリンのSS隊長で警察長官のグロボクニク
「アル中で嘘と誤魔化しにかけては天才的」と紹介されるとおり、
自分と同様に腐敗しているドイツ企業と手を組んで、ユダヤ人の強制労働によって
ひと財産を築きあげます。

Odilo Globocnik.JPG

しかし、対ソ戦が始まると、再度、アインザッツグルッペンが大活躍・・。
オーレンドルフも登場し、酒飲みの建築家パウル・ブローベルが「大ガス室」を設計したと
紹介され、彼はキエフでの大虐殺にも関与します。
また、同盟国ルーマニアでも虐殺が始まり、あっという間に7000人のユダヤ人が死亡。
アントネスクは我々よりもずっと過激なやり方で問題を片づけている」と
ヒトラーも賞賛します。

hitler Antonescu.JPG

ハイドリヒがチェコで暗殺された後も、アイヒマンは命令を忠実に実行。
しかしオランダでは混血ユダヤ人8000人が追放の代わりに「断種」を申し出ます。
首尾よく行われた「断種」手術を聞かされたアイヒマンは怒り心頭です。
彼の任務は全ヨーロッパのユダヤ人を東の強制収容所へ移送することなのです。
ワルシャワのゲットーもシュトロープによって駆逐され、生き残った者はトレブリンカ送り。

getto9.JPG

金持ちや著名なユダヤ人は、まず中継収容所であるテレージエンシュタット収容所へ
送られるわけですが、本書ではこの収容所で発行された「紙幣」が載っていました。
こんなの初めて見ましたねぇ。。

Theresienstadt Eine Krone banknote.jpg

こうして後半の第6章になって、本書のタイトルである「アウシュビッツ」が・・。
所長のルドルフ・ヘースもなかなか詳しく紹介され、
3つの離れた収容所から成り立っていたことなどにも触れられます。

Holocaust oven.jpg

そしてフランス、オランダ、ベルギー、ノルウェーのユダヤ人の運命の他、
デンマークでは、そのナチスの政策が失敗した理由として、
クリスチャン国王の勇敢な態度を挙げています。
それは、「ダビデの星を付けさせようとするのであれば、
私と宮廷は真っ先にそれを付けるであろう」と語り、
コペンハーゲンのユダヤ教会の儀式にあえて出席する・・といった行動です。
この話も初めて知りましたが、とても印象的でした。

Christian 10.jpg

最後はソ連軍の迫るポーランドの絶滅収容所からの撤退と、
ユダヤ人を身代金としての交渉に臨むヒムラーの哀れな姿。。

ダッハウのガス室の写真など、現在、一般的にはガス室はなかったとされている
強制収容所についても、その存在を肯定している本書でしたが、
まぁ、古い本なのでここらへんは軽く流してOKでしょう。
というわけで、最新のホロコースト研究書ではもちろんありませんが、
古くからのユダヤ人迫害の歴史から、ナチスの崩壊までをコンパクトにまとめた1冊で、
まさに原題どおり、ジェノサイドの入門編といったところでした。

ちなみに最新のホロコースト研究書ということでは、
「ホロコースト・スタディーズ: 最新研究への手引き」という本がつい最近、出ました。
様子を見ながら来年にでも読んでみようかと思います。





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コメント 2

きかあ

かわいそう過ぎる
by きかあ (2013-03-18 07:46) 

ヴィトゲンシュタイン

だね。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-03-18 17:05) 

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