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スターリン -赤い皇帝と廷臣たち-〈上〉 [ロシア]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

サイモン・セバーグ モンテフィオーリ著の「スターリン〈上〉」を読破しました。

ヒトラーと第三帝国の歴史についてはかなり読んできたつもりですが、
その彼らの宿敵、スターリンと取り巻きたちについてはほとんど知りません。
最近、少しずつソ連の体制にも興味が出てきましたので、
2年前に発刊された最新のスターリン伝である本書を上下巻セット5000円で購入。
原著は2003年で、英国文学賞「歴史部門」受賞したということで、
この上巻が635ページという、とても分厚く重い大作ですが、
40年前の上下2段組で文字も小さい本なら400ページ程度でしょう。
これぐらいのボリュームは今まで、尽く撃破してきているので、4日くらいのミッションですね。

スターリン上.jpg

「序言」では本書の目的をスターリンをヒトラーと比べて、どちらが「世界最悪の独裁者」であったか、
その犠牲者の数の多さを基準にして論ずるような、おぞましくも無意味な「悪魔学」ではなく、
また、スターリンの内政外交史や軍事作戦史でもない、スターリンとその20人ほどの重臣たちと
家族の肖像を描きだした「宮廷劇の年代記」であるとしています。
むむ・・。これだけ読んだだけでテンションが上がりますね。
スターリン個人の生涯よりも、モロトフやベリヤなどを含めた・・ナチスで言えば
ゲーリングやゲッペルス、ヒムラーと同じような取り巻きたちを知りたかったので、
当たりの予感がします。

プロローグでは1932年、22歳年下の妻、ナージャの拳銃自殺、
それに呆然とするスターリンという、まるで映画のようなショッキングなシーンから始まります。
これにはヒトラーとゲリとの関係も思い出しました。
そして第1章からは1878年、後のスターリン、ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリの
生まれたグルジア、両親や彼の少年時代が紹介されます。
続いて政治活動に目覚め、革命家として7回流刑、6回脱走、レーニンを熱烈に支持し、
最初の結婚と息子ヤコフの誕生、妻エカテリーナの病死と、前半生はサクサク進みます。

stalin‑boy.jpg

1912年、真面目で面白みのない22歳のボルシェヴィキ同志と共同の下宿暮らしを始めます。
この同志スクリャービンは工業労働者らしい「革命家の仮名」を名乗り、
それは「金槌」を意味するモロトフです。
そこでジュガシヴィリも「鋼鉄の男」を意味するスターリンを名乗って、
尊敬するレーニンからも「素晴らしいグルジア人」と評されることになります。
1917年、レーニンのボルシェヴィキ革命が始ると、インテリのユダヤ人トロツキーが赤軍を創立し、
粗野な田舎者スターリンも政策決定の最高機関「政治局」の5人のメンバーに選ばれます。

st_1919.jpg

派遣されたツァリーツィンでは赤軍を率いて反革命の疑いがある者を無慈悲に根こそぎ射殺し、
ヴォロシーロフブジョンヌイと知り合い、親しくなります。
あ~、このツァリーツィンが改名されて「スターリングラード」になるんですね。
1924年にはレーニンが心臓発作で死亡すると、後継者と目されるトロツキーとの戦いが・・。
そして反トロツキー派とともに失脚に追い込み、書記長スターリンが誕生するのでした。

trotsky.jpg

ここからクレムリン宮殿に暮らす、スターリンと新しい妻ナージャ、二人の子供に、
取り巻きである重臣たち家族との生活の様子が・・。
面白いのはナージャを含めて、奥様連中も強烈なボルシェヴィキで、
結構、政治にも口うるさいんですね。
1929年には西欧の辱めを受けない強大国になるための工業化「五ヵ年計画」のために、
国内の敵、富農階級(クラーク)撲滅を目論みます。
しかしこの撲滅計画開始から数ヵ月で80万人が蜂起。
これに対し、装甲列車で乗り込み、モロトフによって「直ちに処刑する農民」、
「収容所に送る農民」、「強制移住させる農民」の3つに分類された農民、
500万人から700万人が姿を消すのでした。

Armoured train.jpg

1930年には、10年前のポーランド戦争以来の仇敵だった参謀総長トハチェフスキー
陥れようとスターリンは画策します。
この傲慢な司令官が「大げさな作戦」を振り回して、将官連中を馬鹿者扱いしている
との証言を強迫によって引き出し、トハチェフスキーの作戦が「空想的」であり、
ほとんど「反革命的」であると非難します。
しかし当時はまだ独裁者ではなかった書記長スターリンは誰からの支持も得られずに敗北。。
その「空想的」な戦略が実は驚嘆に値するほどの近代的なモノであったことを理解すると
「私の結論が全面的に間違っていた」と謝罪までするハメに・・。

Mikhail Tukhachevsky.jpg

当時のクレムリン宮殿でややこしいのは、長老格の国家元首(大統領)としてカリーニンがおり、
首相としてもルイコフがいることですね。
そして彼らはスターリンの警告によって、逆らう力を無くし、ルイコフはモロトフに取って代わられます。
ウクライナからは大飢饉という「明らかでたらめ」な情報がもたらされ始めますが、
「流血の上に新しい社会システムを構築する」という信念の元、
死者500万人から1000万人という人類史上類例のない悲劇を受け入れるのでした。
この「大飢饉」についての本、「悲しみの収穫―ウクライナ大飢饉」という
638ページの大作があるのを発見しました。読んでみようかなぁ。

Malenkov, Kaganovich, Stalin,  Kalinin, Molotov,  Voroshilov . 1930-е.jpg

そんな時に起こった妻ナージャの突然の死。
農民が何百万人飢え死にしようが、妻の死からは生涯立ち直れなかったスターリン。
盟友カガノーヴィチは語ります。
「1932年を境にスターリンは別の人間になってしまった」。
その分、愛娘のスヴェトラーナにはたっぷりの愛情を注ぐことになり、
以前に紹介した「女主人」から、「秘書スターリン」に宛てた手紙(指令)もいくつか紹介。

Nadezhda.jpg

しかし「小スターリン」である息子のワシリーの非行は悩みの種・・。
学校教師から「ワシリーが自殺をほのめかして脅迫する」という苦情の手紙を
受け取ったスターリンは返信します。
「ワシリーは甘やかされた子供で、野蛮人で、嘘つきの常習犯です。
弱みに付け込んでは大人を強迫し、弱い者には生意気な言動に及びます。
私の希望はもっと厳しく扱い、自殺などという、まやかしの脅迫を恐れることはありません・・。」

t_stalin_s_vasilijem_a_sv_tlanou.jpg

地方の実力者たちの間ではスターリンの乱暴な党運営に心痛め、
スターリン排除計画も密かに練られます。
対抗馬として名が挙がるのはスターリンの親友でもあるレニングラードのトップ、キーロフです。
党大会での中央委員の選出では、代議員によるキーロフへの反対票が3票だったのに対し、
モロトフ、カガノーヴィチ、そしてスターリンへの反対票は100票を超える事態に・・。

Kirov.jpg

そしてドイツからは、ある事件のニュースが・・。
それはSAと反対派を一挙に殺害した「長いナイフの夜」。
スターリンは感銘を受けます。
「あのヒトラーという男はたいしたものだ!実に鮮やかな手口だ!」

チェーカーと呼ばれた秘密警察からOGPU(統合国家政治保安部)の長官を務めていた
メンジンスキーが死去するとOGPUは解体され、新設のNKVD(内務人民委員部)に吸収されて
新長官にはヤーゴダが就任します。
さらには以前からスターリンから絶大な信頼を得ているグルジア出身の
ベリヤも絡んでくる展開になるとだいぶキナ臭くなってきますね。
すると早速、キーロフが銃弾に倒れます。
知らせを受けたスターリンは「非常事態法」に署名。
これはテロリストとして告発された者を10日以内に裁判に付し、一切の控訴を認めず、
直ちに処刑ができるという、ほとんどヒトラーの「全権委任法」のようなもので、
この政令によって3年間で200万人に死刑が宣告されることになるのでした。

Lavrentij Pavlovich Berija.jpg

なお、ボルシェヴィキの世界における「テロリズム」とは、
スターリンの政策や人格に少しでも疑問を挟むことであり、
政治的反対派であることは、それ自体が「暗殺者」を意味します。

スターリンは友人である古参ボルシェヴィキを排除し、
有望で信頼のおける若手を登用したいと考えます。
そこで登場するのは半分文盲の労働者だったフルシチョフに、
キーロフ事件の捜査を担当した、身長151㎝のエジョフです。
また、41歳の死刑執行人で、20世紀を通じて最も多くの囚人を銃殺・・その数、数千人・・・
という怪物ブロヒンも紹介されます。

jezov.jpg

エジョフは上司である長官のヤーゴダを「高慢で消極的な自惚れ屋」と攻撃し、
NKVD長官の座を射止めると、いよいよ「大粛清」の幕が切って落とされます。
「無実の人間10人を犠牲にしてでも、一人のスパイを逃してはならない」と語るエジョフ。
ブハーリンとルイコフという古株は妻と娘共々逮捕され、粛清。
ヤーゴダの息のかかったNKVD職員3000名も処刑。
そしてヤーゴダ本人もエジョフの毒殺を図った容疑で逮捕。
彼はトハチェフスキー元帥らによるクーデター計画まで白状してしまいます。

Genrikh Yagoda.jpg

いまだに装甲列車と騎兵突撃の思い出に生きるスターリン配下の政治家将軍である
ヴォロシーロフとブジョンヌイも、飛行機と戦車の機械化の時代を予想するカリスマ将軍とは
以前から対立しています。
そしてトハチェフスキーも拷問によって打ち砕かれ、ドイツのスパイとされ、
「機械化軍団の創設を迫るという破壊活動を行った罪」で銃殺。
その自白調書を鑑定したところ、人間の肉体から発散した血液のシミで汚れていることが
わかったそうです・・。

Mikhail Tukhachevsky, Semyon Budyonny, Kliment Voroshilov, Vasily Blyukher, Aleksandr Yegorov.jpg

さらに国防人民委員(国防相)ヴォロシーロフは自らNKVDに告発状を送って
300人以上の将校の逮捕を要求し、最終的に元帥の3/5、司令官の15/16、軍団長の60/67、
軍コミッサールは17人全員が銃殺。。
エスカレートする粛清は、容疑者を特定せず、地方ごと数千人の数字を割り当てて、
逮捕処刑せよという命令へ・・。これは以前に「グラーグ」で読んだ恐るべきヤツですね。
ナチスが対象をユダヤ人やジプシーと限定していたのに対し、この「挽肉システム」は
昔の言葉や反対派と付き合った過去、仕事や隣人の妻への妬み、個人的な復讐・・と
理由は何でも構いません。

Stalin_berija.jpg

そして「不十分であるより、行き過ぎの方がマシ」と割り当てを超過し、
追加割当てまでもらって、数万人単位で銃殺が続きます。
この「割当てシステム」によって70万人が処刑されたということですが、
割当て地域の責任者が数の多さを競うように頑張るところは
アインザッツグルッペンとなにも変わらないですね。

部下が容疑者リストに載っているとしてスターリンに苦情を述べるブジョンヌイ。
「これらの連中が敵だとしたら、一体だれが革命を起こしたと言うのか!
これじゃ、我々自身が投獄されるぞ!」
しかし殺人鬼エジョフは働き続け、モロトフにも告発の危機が迫ります。
そしてブジョンヌイの妻でボリショイ劇場の歌手だったオリガが逮捕され、
禁固8年が言い渡されます。
すすり泣くことしかできないブジョンヌイ・・。
妻は独房の孤独に耐えきれず発狂するのでした。

German poster_Winniza.jpg

狂乱は続きます。
モスクワの書記38人中、35人の逮捕を指示したのはフルシチョフ。
その処刑リストを見せられたスターリンは叫びます。「これは多すぎるのではないか?」
やがて酒を呑んで囚人を拷問するのが日課だったエジョフでさえ、
仕事の重圧により身を滅ぼしつつあります。
スターリンはいまや酒浸りのエジョフの退廃に気が付くと、
36歳の秘蔵っ子であるベリヤを補佐役に送り込みます。

Nikolai Ivanovich Yezhov.jpg

1939年3月、ようやく党大会で「殺戮の終焉」が宣言されます。
「狂乱したエジョフの行き過ぎによって多少の間違いが生じたが、
殺戮そのものは成功だった」と総括され、
モロトフからジダーノフに至るまでの生き残りはそのまま、フルシチョフは昇進し、
全責任を負わされ、自らが作った処刑場で銃殺されたエジョフに代わったNKVD長官はベリヤです。
写真からも公式に抹殺された「消えたエジュフ」という写真も有名ですね。
これじゃ、まるで心霊写真です。。

This is Nikolay Ezhov - Head of NKVD, personally responsible for most of Great Purge.jpg

このように、この上巻では「大粛清」が中心となっていますが、
赤軍だけではなく、各地の政治委員らも徹底的に粛清されていく様子を
クレムリン内部から目撃する・・という、その歯止めのない恐ろしさを知ることができました。

最後の100ページは、ヒトラーとの独ソ不可侵条約から、
その後に起こる独ソ戦の開戦までをスターリン側から観察します。
なにも聞かされていなかったフルシチョフは「なぜリッベントロップが来るのですか?」と
驚きを隠せません。再度、スターリンに尋ねます。「ロシアに亡命でもするのですか?」

Stalin_Khrushchev.jpg

国防担当人民副委員クリークとメフリスがポーランド侵攻作戦を指揮し、
キエフ軍管区司令官のティモシェンコとウクライナ第一書記のフルシチョフが
ドイツ軍によって降伏間際のポーランドに東から侵攻します。
逮捕されていたポーランド将校の処刑が決定し、モスクワから「カティンの森」へ
怪物ブロヒンが出向してきます。
一晩に250人を銃殺する計画通り、28夜で見事、7000人を処刑。

Grigory Kulik.jpg

バルト三国も強迫によって手中に収め、言うことの聞かない生意気なフィンランドには実力行使
しかし神出鬼没のフィンランド兵によって森には赤軍兵の死体が
凍ったピラミッドのように積み重なります。
1940年4月、ソフィン戦争の失態を反省するため、「最高軍事委員会」を設立。
司令官の一人は「フィンランドに森があることを知って驚いた」と発言すると、
メフリスは「フィンランド軍は我が軍の午後の昼寝の時間を狙って攻撃してきた」と報告。
もちろんスターリンは「いったい、何のことだ?」と激怒。。

Lev Mekhlis.jpg

ヒトラーが電撃戦でフランスに勝利するのを目の当たりにし、赤軍の立て直しを急ぐスターリン。
ヴォロシーロフとシュポシニコフという国防人民委員と参謀総長を解任し、
ティモシェンコとジューコフを登用。
しかし馬の引く大砲こそが今でも最も重要な武器だとするクリーク元帥が邪魔します。
そして世界中から送られてくる「バルバロッサ作戦」の情報・・。
読書家のスターリンはビスマルクも良く知っています。
「英国が降伏していない以上、ロシアを攻撃することはあり得ない。
ヒトラーも2正面戦争をするほどの馬鹿ではない」。





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コメント 2

リッター  フォン   ◯×

お久しぶりです。この前リストのカテゴリーで投稿した、誤って無名のまま投稿したものです。
スターリンのこの本、結構好きですが、内容が、10年前NHK出版社から、刊行されたラジンスキー著作のものを細部を詳しく書いてるのですが、決定的に違うのは、独ソ開戦のくだりでスターリン側からの攻撃が寸前だった、というものでした。それなりの証拠らしきものを挙げてましたが。今だにこのいきさつは、謎なんでしょうね。
後、毎回掲載の写真、(例えばベリヤの若い頃の写真とか)どこからみつけてくるのか、楽しみです。
by リッター フォン ◯× (2012-09-24 19:48) 

ヴィトゲンシュタイン

リッター フォン ◯×さん。こんばんわ。
本書、すでにお読みになっていましたか? さすがですねぇ。ラジンスキーのというのは「赤いツァーリ―スターリン、封印された生涯」のことですか。
>今だにこのいきさつは、謎なんでしょうね。
なるほど。ボクは読んでいませんが、「独ソ開戦のこのいきさつ」説をとっている本は何冊か読みました。下巻も読み終わって、明日、UP予定ですが、本書では全体的にスキャンダラスな説は取っていない印象でした。例えば妻のナージャ殺害説とか、スターリン暗殺説とか・・。

写真については、実はあまり意味ないんです。あくまで読書感想Blogなので、テキトーに写真を付けて冗長な文章を少しでも読みやすく・・という思いからなんですね。わざと別人のソックリさんの写真を載せてみたり、wikiに載っている写真は外して(消えたエジョフは特別ですが・・)、なるべく珍しいものを・・と心がけてますが、逆にこのBlogの写真がwikiにUPされたりと、結構、楽しんでいます。
by ヴィトゲンシュタイン (2012-09-24 20:38) 

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