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最後のドイツ空軍 [ドイツ空軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

アルフレッド・プライス著の「最後のドイツ空軍」を読破しました。

朝日ソノラマのルフトヴァッフェ物はもう何冊目だか、自分でも良くわかりませんが、
1993年の発刊で438ページの本書は、結構前から読んでみたいと思っていた一冊です。
ドイツ空軍の最後系というジャンルにしても、「ボーデンプラッテ作戦」やジェット戦闘機ものを
読んできましたが、本書は特定の部隊や戦闘機などの機種、東西両戦線のどちらかに
重点を置いたものではなく、1944年5月からの1年間に爆撃機、戦闘機、新兵器が
戦局の悪化と共に、どのように開発/運用され、そして終焉を迎えたかを
総括的にまとめたものです。

最後のドイツ空軍.jpg

最初の章では1944年5月時点でのドイツ空軍の全体的な情勢を整理します。
ドイツ空軍の人員が、女性も含めて280万人であり、
飛行機の生産工場は軍需相シュペーアの努力によって、27ヵ所の主要工場から疎開し、
その10倍にもなる全国の小規模工場へと分散。この結果、戦闘機の生産量は過去最大に・・。
しかし、その工場では電気系統の接続ボックスに金属の削りかすが入れられるなどの
サボタージュも頻繁に起こり、これによる事故によってゲシュタポが大騒ぎ。
偵察機から戦闘機パイロットへの転換訓練もわずか30時間に過ぎず、
離陸と着陸をやっと習得したばかりの新人が、敵戦闘機との空中戦に向かうのです。

続いて各航空軍の紹介へ。
最大規模である航空軍、本土防空航空軍を率いるのはシュトゥンプ上級大将
西部はシュペルレ元帥の第3航空軍。
東部戦線ではレニングラード周辺で戦う第1航空軍と、中央部の第6航空軍、
黒海に至る南部を担当する第4航空軍。
これらの司令官はカムフーバー大将フォン・グライム上級大将です。
さらにイタリアにはリヒトホーフェン元帥の第2航空軍。
そしてこれらの戦闘機受領状況(配備数)が航空団、さらには飛行隊単位で、
FW-190、Bf-109が何機・・という数字が30ページに渡って掲載されます。

fw190.jpg

新型機、或いは新兵器であるMe-262や、Me-163、Me-410、Do-335、V-1飛行爆弾
Ar-234、He-177、そして親子飛行機ミステルなどの開発経緯が紹介され、
ここまでの100ページで以上のような基本情報を理解したうえで、
いよいよ本文ともいえる第3章、「ドイツ本土防空戦」へと進みます。

fieseler_fi-103_v1.jpg

1944年1月から4月までの間に1000名以上の昼間戦闘機パイロットを失い、
「今や空軍の崩壊を予見できる段階に至った」と報告する戦闘機隊総監のガーランド少将
対爆撃機専門の駆逐機に高初速50口径砲を装備した新型Me-410を装備し始めるも、
米軍の護衛戦闘機マスタングの前に、この双発重戦闘機12機は瞬く間に撃墜・・。

me410.JPG

しかしBf-109Gの強襲飛行隊が主翼に装備された30㎜機関砲によって、
B-24リベレーター11機を屠るといった戦記も紹介されます。
これらは当時のパイロットのインタビューで、ちょっとした短編戦記で良いですね。

6月、ノルマンディに上陸した連合軍艦隊に対しても250㎏爆弾を積んだヤーボの他に、
爆弾2個を搭載したヒトラーの肝いり"ブリッツボンバー"Me-262ジェット戦闘爆撃機も出撃。
しかし機密が敵の手に落ちるのを恐れ、高度4000メートル以下に降下することは許されません。
当然、爆撃照準器を装備していない、にわか仕立ての爆撃機では命中させるのは不可能です。

Me262 A-2a.jpg

何キロにも渡って、パットンの米第3軍、7個師団が押し合いへし合い進むフランスの細い一本道。
まさに戦闘爆撃機パイロットたちが夢見る至福の世界がソコには広がっています。
しかしクモの巣のような戦闘哨戒機の網の目が張り巡らされて突破することは出来ません。
Hs293誘導グライダー爆弾を装備したDo-217が絶望的な攻撃を試みますが、
損害を与えることは出来ず、Do-217、6機とその搭乗員全員を失うのでした。

hs293.jpg

その頃、東部戦線では第1爆撃航空団(KG1)が四発重爆撃機He-177"グライフ"100機を揃え、
独ソ両軍の中でも最強の戦略的攻撃部隊として行動を開始します。
昼間に6000メートルの高高度から、87機のHe-177でヴェリキエ・ルーキの鉄道集中拠点を爆撃。
ソ連空軍はほとんどが低高度迎撃と地上攻撃用であり、彼らを妨害することは出来ません。

He-177 Grief With Its Crew.jpg

それでも地上戦の状況が悪化してくると、飛ばせる飛行機はなんでも
近接地上支援任務に就かなければなりません。
KG1司令のホルスト・フォン・リーゼン大佐はゲーリングの命令に抗議するも、
Ju-87シュトゥーカ急降下爆撃機のルーデル大佐よろしく、この無謀な対戦車攻撃に出撃。。
四発重爆撃機He-177、40機のうち1/4を喪失しますが、著者は、
「敵の戦車の1両でも破壊したか否かは疑問である」。

he177a.jpg

再び、西部戦線。遂に「報復兵器V-1」こと、Fi-103がロンドン目指して飛び立ちます。
目標は「タワーブリッジ」ですが、発射された約2500発のうち1/3がロンドンに落下。
人的被害は死者約2500名、重傷者7100名ということです。
本書はあくまで空軍の話ですから、陸軍のV-2については参考程度に書かれているだけ・・
というのが、ハッキリしてて好感が持てます。

V1LondonF001.jpg

空軍の戦略に詳しい方なら当たり前のことだと思いますが、
相手を攻撃するときには爆撃機、防御するときには戦闘機、ということを改めて認識しました。
特にMe-262をヒトラーが戦闘機ではなく、爆撃機に・・と命令したのは
一般的にジェット戦闘機の開発と配備を遅らせた大きな要因とされていますが、
著者は当時、西側連合軍が上陸することを想定し、それを橋頭堡で撃退するために、
このような爆撃機を量産しておいて用いようとする戦略は正しいものであるとしています。
なるほどねぇ。。

また、戦闘機隊総監のガーランドは米軍の爆撃機部隊に1回の強烈な攻撃を仕掛けて
潰滅的な打撃を与えようとする「デル・グロス・シュラーク(強烈パンチ)作戦」を計画し、
各部隊を再編成しはじめます。
これは2000機以上の戦闘機で迎撃し、戦闘機400機とパイロット100名の損失を覚悟のうえ、
敵爆撃機400~500機を撃墜しようとするもので、もし成功すれば、米軍はしばらくの間、
この打撃から立ち直れず、本土爆撃が沈静化することを目的としています。
この作戦は彼の回想録「始まりと終り」にも書かれている有名なものですが、
「強烈パンチ作戦」という日本語訳が妥当かは、どなたか判断をお願いします。。

B-24 on fire.JPG

しかし、この野心的な作戦もガーランドの知らないところでヒトラーに却下され、
その兵力は12月から1945年1月にかけての「バルジ大作戦」と
ボーデンプラッテ作戦」に使われてしまうのでした。

スカパフローの英国の主力艦を「ミステル」によって攻撃しようという作戦は印象的でした。
この作戦は結局中止となるわけですが、その理由はドイツ海軍の誇る大戦艦ティルピッツ
ノルウェーで撃沈されてしまったことによるものです。
北方海域に潜むティルピッツを危惧して、スカパフローに大型艦艇群を配置していた英国ですが、
ティルピッツの恐怖が払拭されるとスカパフローからさっさと出て、
本国艦隊に合流してしまったそうです。確かにティルピッツがもう少し粘っていたら、
ドイツ空軍による特殊作戦が成功していたかもしれませんが
陸海空まんべんなく読む「独破戦線」は、そう簡単ではないことも知っています。

Mistel.JPG

ゲーリングをあからさまに非難するガーランドを無視できなくなった国家元帥は、彼を解任。
そして彼を慕う戦闘機隊の司令官たちはリュッツォウ大佐を中心として反乱を起こします。
やがて中将が指揮官というユニークな第44戦闘航空団が編成されますが、
ゲーリングがこの新設のジェット戦闘機隊でガーランドを送り出したのは
「人気の高いこの空軍内の敵を連合軍が始末してくれると期待したためである。
これには疑問の余地はない」と、本書の見解はハッキリ言い切っていて面白いですね。

Göring_Galland.JPG

英国の夜間爆撃に対するドイツ夜間戦闘機にも触れられています。
特に1945年2月のドレスデン空襲
レーダーに対する電波妨害によって出撃もままならず、ドレスデンの上空が燃え上がるのを
地上の基地からなすすべなく見つめる夜間戦闘機パイロットの日記は印象的ですし、
実際、英空軍の1400機に対し、迎撃に出撃した夜戦はたったの28機だったということです。

Ju-88 night fighter.jpg

有名な「レマゲン鉄橋」が奪われると、ゲーリングはこの橋の爆破を最優先目標に命じます。
体当たり攻撃の志願者募集も試みますが、Fw-190とMe-262戦闘爆撃機の果敢な攻撃は失敗。
Ar-234ジェット爆撃機による攻撃も同様です。

arado-ar234.jpg

ソ連軍の進撃から逃げるように撤退する東部戦線の部隊では、
Fw-190での「フェリー輸送」飛行が・・。
時には座席後方の装甲板を取り外して12歳の少女を「積荷」として、
後部胴体の無線機も取り外して少女の母親も積み込みます。
仲間のパイロットも左右の膝に小さな子供を一人ずつ載せて、やっぱり後部に母親を・・。

以前に日本人著者による「エルベ特別攻撃隊」の本も読みましたが、
本書でも数ページながら書かれています。
軽量化したBf-109をもって高高度に上昇し、一転、急降下して
敵爆撃機に衝突するといった戦術もわかりやすく、
しかもこれは決してヤケクソ戦術ではなく、1回の作戦に650機の大部隊で出動し、
パイロット200名の損失と引き換えに、爆撃機400機に損害を与えようというもので、
これによって米軍が昼間爆撃に躊躇している間にMe-262の戦闘準備を図ろうとするものです。
ある意味、ガーラントの「強烈パンチ作戦」と基本同じ考え方ですね。

Sonderkommando Elbe.jpg

しかし悲しいかな、それほどの大部隊を確保する間もなく、
ヤケクソの出撃命令が出されるのでした。。
この「エルベ特別攻撃隊」は(Sonderkommando Elbe)とドイツ語では書くようですが、
「ゾンダーコマンド」っていうのもいろいろとあるんですね。
アインザッツグルッペンを構成する部隊に、絶滅収容所のユダヤ人死体処理部隊もそうでした。
このような体当たり攻撃が検討されるようになると、有人ミサイル「ナッター」が開発され、
そのテストの様子も紹介します。

ba349.JPG

最後はキュストリンの西でオーデル川に架かる橋を7機のミステルを率いて攻撃する
KG200のディットマン少尉の生々しい話が語られます。
う~む。まるで「ル・グラン・デューク」のラストシーンのようですね。

mistel-2a.jpg

著者は第二次世界大戦ブックスの「ドイツ空軍―ヨーロッパ上空、敵機なし」も書いている専門家で、
本書のタイトルどおり、また原著のタイトル「ドイツ空軍、最後の一年」そのものの内容でした。
今まで読んできた「ドイツ空軍最後」系の本は、戦闘機隊やジェット戦闘機、ロケット戦闘機、
防空戦など、ある程度、分かれていましたが、
1944年から始まる本書は、それまでのことを理解している読者に対し、
全般的な終焉に至る過程をバランスよく解説してくれているものです。

一般的にドイツ空軍モノでは、戦闘機隊総監だったガーランドの回想録や、
彼が関与している本が多いため、どうしても戦闘機が「善玉」、爆撃機が「悪玉」になりがちですが、
著者が特に戦闘機寄りで、爆撃機に冷たい・・といったような偏見もなく、
連合軍の西部への上陸を危惧し、Me-262を含む爆撃機に重点を置いた戦略の正当性、
それが失敗して以降、本土防衛のための戦闘機が必要になったことなど、
最後の新兵器も含め、数多くの機種の飛行機が出てくるにも関わらず、
非常に理解しやすく整理された438ページの一冊で、とても勉強になりました。



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