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ヒトラーの作戦指令書 -電撃戦の恐怖- [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ヒュー・トレヴァー=ローパー著の「ヒトラーの作戦指令書」を読破しました。

2000年発刊で350ページの本書は、あのヒトラーものの第一人者トレヴァ=ローパー著
ということもあって、「ヒトラー最期の日」を読んで以来、目に付けていた一冊です。
しかし、内容はタイトルそのまま、ヒトラーの作戦指令書が掲載されているだけ・・?
との理由から見送っていましたが、まぁ、戦記もいろいろ読んできましたし、
戦局の推移によるヒトラーの作戦指令の変化や、大隊レベルにまで言及したといわれている細かさ、
陸戦専門のヒトラーの海軍に対する命令の度合い・・など、
果たしてどれくらい理解できて、かつ楽しめるのか・・を一度試してみたくなりました。

ヒトラーの作戦指令書.jpg

「序論」では、第2次世界大戦は多くの意味でヒトラー個人の戦争であり、戦争を意図し、
そのための準備を行い、開戦の時を選んだのは、いずれも彼である・・と始まります。
そしてヒトラーが戦争指揮のために創設した「国防軍最高司令部(OKW)」に触れて、
個性のない軍人カイテルを長に据え、作戦部長に豊富な軍事知識を有していたヨードル
次長にヴァーリモントという三羽ガラスを紹介します。

A.jodl.jpg

そしてヒトラーの作戦指令は1938年のオーストリア占領を目的とした<指令第1号>に
オーストリア無血進駐の<指令第2号>、そしてチェコ占領の指令と出されていたものの、
本書では1939年のポーランド侵攻から始まり、1943年まで続いた一連の番号付きシリーズを
取り上げているということです。
ということで第1部の「攻勢作戦」の始まりです。

Fall_Grun_Anschluss.jpg

「発国防軍最高司令官」、「1939年8月31日」、「宛上級指揮官限定」、「複写部数 8部」と
ヘッダー部分に書かれた作戦指令書。
「ファル・ヴァイス」という、日本では「白作戦」とか、「白の場合」とか訳される
ポーランド侵攻作戦の秘匿名ですが、本書では「事例白」と訳されています。
出だしは「1 ドイツ東部国境域はこれ以上容認できぬ状況となり、平和的解決を目指す、
政治手段が尽き果てるに至り、余はここに武力による解決を決意せり」。

Fall of Warsaw, 1939.jpg

そして英仏に宣戦布告されてもヒトラーは慎重で、続く作戦指令でも
英仏それぞれの陸海空戦闘方針を出し、英国については通商破壊戦の準備を、
フランスについては「敵の第一撃によって交戦状態突入とする」と扱いが違うのが面白いですね。
しかしポーランドが片付いた9月25日にはフランスに対しても通商破壊戦を開始し、
フランス海軍と商船への攻撃の規制を解除しますが、
「客船、あるいは相当数の人員を輸送中の大型船舶の攻撃はまだ禁止される」と気を使っています。

Adolf Hitler visits Hamburg.jpg

作戦指令書と次の指令書の間には、その間の戦局(または前回の作戦指令の結果)を
著者トレヴァ=ローパーが簡単に解説しているので、
ドイツ軍の戦争全般の推移を暗記していない方でも理解できる編集となっているのが親切ですね。

<指令第8号>となる、11月20日の「西部正面攻撃準備に関する追加指示」では、
中立国のオランダ軍の態度が予測できないとして、
「抵抗が無ければ、わが方の侵攻は平和的進駐の性格を帯びる」というのも
基本的にヒトラーはオランダとは極力、武力衝突したくないという願望のようにも感じました。

German soldiers examine damage after bombardment Rotterdam on the 14th of May 1940..jpg

ノルウェー侵攻の「ヴェーザー演習」作戦、西方攻撃もいくつかの作戦指令も掲載され、
ほぼ、作戦通り完了。
ただし、突破進撃を続けるグデーリアン装甲部隊の停止命令・・といった細かい命令はありません。
その代わり、ヨードルや陸軍参謀総長ハルダーによると・・と、
「ヒトラーが南翼側を不可解なほど心配していた」という話を紹介していました。

Column of PzKpfw 35(t)s at a stop in a French town-1940.jpg

<指令第16号>は、「英国は絶望的な軍事状況下にありながら、
折り合いをつけても良いという徴候を全然示さない。よって余は、英本土上陸作戦を準備し、
必要であればそれを実行する決意を固めた」。
その指令文のなかで「上陸作戦は"あしか"の暗号名で呼ぶものとする」と丁寧ですね。
次の<指令第17号>は「バトル・オブ・ブリテン」の指令です。

battle_of_britain.jpg

「アッティラ作戦」というフランス南部の非占領地域に反乱が起きた際の指令も
12月10日に出てました。面白いのは最後の一文です。
「我々の意図、準備に関する情報は、イタリア側には一切漏らさない」。

その8日後には<指令第21号>、「事例バルバロッサ」が発令されます。
さすがに5ページというボリュームある作戦指令となっていて、その目標は次の通りです。
「南・・重要軍需産業地帯であるドネツ盆地の早期占領」
「北・・モスクワへの迅速な進撃。モスクワ占領は政治、経済上、決定的勝利となる」。
う~む。やっぱり最初はモスクワ行く気、マンマンだったんですね。。

nazi-germany-rare-color.JPG

1941年3月の<指令第24号>は「対日協力」です。
「三国協定の目的は可及的速やかに日本を極東の戦いに誘い込むことであり、
それによって英米は多数の兵力を拘束される。
日本の攻撃が早ければ早いほど虚を突かれる度合いが強く、成功の確率が大きくなり、
バルバロッサ作戦は、そのための政治上、軍事上の好条件を作り出す」。
さらに3軍司令官は情報提供のほか、日本から経済、軍事援助があったら、
積極的に応じるように指示しています。

Ribbentrop mit Botschafter Oshima.jpg

一方、同じ三国同盟のイタリアが北アフリカギリシャで苦戦し、
ドイツ軍部隊を援助として派遣することが決定すると、
「友軍に対し、侮辱するような横柄な態度を取ってはならない」と
ムッソリーニに気を使った全般指示を出していたということです。

musso_fuehrer.jpg

空挺部隊を中心としたクレタ島占領の「メルクール作戦」と、
失敗に終わったイラク介入の指令と続き、ようやくバルバロッサ作戦の開始。
指令書はまず、軍集団南(南方軍集団)、軍集団中央(中央軍集団)、軍集団北(北方軍集団)、
そして空軍、海軍の順番で作戦が書かれますが、
7月22日の「追加指示」になると第1装甲集団や第2、第3装甲集団、第4装甲集団を
名指しで動かし始めます。

Hitler,Brauchitsch&Keitel.jpg

これらが結局、南でのキエフ大包囲やら、北でのレニングラード、中央のモスクワといった
成功失敗に繋がっていくわけですが、作戦の結果はほとんど書かれていないので、
過去に読んだ戦記を思い出しつつ、その指令によって起こったことを推測していきます。

しかし装甲集団司令官の名前まで指令にはありませんから、
第1~第4装甲集団の司令官がそれぞれフォン・クライストグデーリアンホトヘプナー
であり、顔くらい思い出さないと、ちょっとボ~としてしまいます・・。

Panzer III of 3. Panzer-Division.jpg

また、ノルウェーについても結構細かい指示を出し始めます。例えば、
「第2山岳師団指揮下のSS第9連隊は、ノルウェー人とフィンランド人で構成されるSS一個連隊を
オーストリアSS一個連隊で増強し(ヴィーキングのこと??)、これを交代せしめると共に、
SS戦闘集団北(ノルト??)を山岳一個旅団に改編する」。

<指令第41号>となるのは1942年4月の大攻勢です。
目標は「コーカサス占領」ですが、「あらゆる努力を払ってスターリングラードへ到達し、
少なくとも重砲の射程まで進出して、産業、交通の中心としての役割を果たせなくする」。
その後はA軍集団の装甲師団をスターリングラードへ向かうB軍集団に編入したり、
グロースドイッチュランド師団の停止命令など、細かい指示が怪しい展開を予感させます。

Großdeutschland division.jpg

「東部正面の匪賊取締りの強化」指令。
いわゆるドイツ軍が占領した後方地のおけるパルチザン活動に頭を痛めたヒトラー。
「ギャング一味やその支援者すべてを相手にした過酷な手段が必要であり、
対匪賊戦においては、住民の協力が不可欠である。
賞賛に値する人間をけち臭く扱ってはならず、ちゃんとした褒賞を与えるべきである」。

この任務には当然、SSのヒムラーが指名されていましたが、
解放の闘士であるパルチザンは占領軍側からしてみれば、ヒトラーの言うギャングや
テロリストですから、現代の中東やアフリカ諸国で起こっている問題も
どちら側の視線で見るかによって大きく違うんですね。。
米国と国連が支持した政府は正義ですから、その国のパルチザンはテロリストですし、
逆に見放された政府は悪の独裁者扱いで、パルチザンは英雄扱いに・・。

Sowjetische Partisanen.jpg

残念ながら「クルスク戦」についての指令はありませんでしたが、
1943年の11月になると<指令第51号>で、西部の「アングロ・サクソン上陸作戦」について
これまでとはかなり印象の違った指令を出すヒトラー。
新設の武装SS装甲師団ヒトラー・ユーゲント第21装甲師団の戦力充実を迅速に行うよう指示し、
その他新編部隊には11月、12月に40型や43型対戦車砲100門が支給される・・など、
師団だけではなく、装備に関しても注文を付け始めたようです。
そしてこの作戦指令をもって1939年から続いてきた番号付きのシリーズは終わり、
第2部「防御作戦」の章に・・。

12 SS Panzerdivision Hitlerjugend.jpg

1944年3月の<総統命令>は、悪名高い「要塞」指令です。
ヒトラーによって「要塞」と認定された拠点は、それが防御に適した要塞陣地でなくとも
包囲されようが絶対に死守しなければならない・・という恐るべきヤツてす。
要塞地帯指令には特に選別した百戦錬磨の武人がふさわしく、将官級が適当であり、
武人としての名誉にかけて、その任務を最後まで遂行することを宣誓する」。
また「降伏命令は、当該域の軍集団司令官のみができる」としていて、
一瞬「えっ?」と思いましたが、すぐその後、「ただし、余の承認を必要とする」とあるので、
やっぱり事実上、降伏は許されないわけですね。。

4月2日の東部戦線に対する作戦指示では、
フーベの第1装甲軍が包囲されながら突破を図っている状況で
南方軍集団司令官のマンシュタインの名が登場しています。
「全体的に見て、余はフォン・マンシュタイン元帥の構想に賛成である」。
作戦指令に個人名はほとんど出てこない(個人名のついた部隊名は別として)ので、印象的です。
しかもこのあと、すぐにマンシュタインは罷免されるわけですから、なおさらですね。

Field Marshal von Manstein with Hitler, September 1943.jpg

報復兵器「V1」が5月、ロンドンに向け発射されるという指令に、イタリア戦線にも防御の指令を出し、
7月20日の暗殺事件を乗り越えて、3日後には東部の北方軍集団司令官にシェルナーを任命。
英米軍がドイツ本土へ進撃する西部に対しては、この期に及んで軍と党の協力が必要とされ、
「軍司令官は活動域の軍事情勢に関する要請は、作戦域のガウライター(ナチ党大管区指導者)に
申し入れる」ことが必要になります。
コレはヒトラーが、軍より党を信頼するようになった証しとも言えるかもしれません。

Adolf Hitler making radio broadcast from bunker HQ Wolfschanze, aka the Wolf's Lair, hours after he survived an assassination attempt by members of his own military, 20 July 1944.jpg

アルデンヌ攻勢」はさすが極秘中の極秘だからか、作戦指令はありません。
遂に1945年を迎えると、すでに東部戦線に投入されていた「国民突撃隊」ついての指示が・・。
「国民突撃隊が独自に戦闘する場合、戦闘力が殆どなく、すぐに潰滅してしまうことが判明している」
と、今後は正規部隊との混成戦闘団として編成することを希望していました。。

Volkssturmbataillon_an_der_Oder.jpg

「帝国領の破壊に関する件」という、いわゆる焦土命令や、
ドイツ北部はデーニッツ海軍元帥が最高司令官となる・・などの指揮統制の命令。
そして4月15日、「東部戦線の兵士に告ぐ」という最後の総統命令。
「不倶戴天の敵ユダヤ・ボルシェヴィキは大兵力をもって最後の決戦を挑んできた。
老人、子供はすべて虐殺され、婦人、女子は淫売婦として、兵隊の慰みものとなる。
残りはシベリア送りである」。
という出だしで始まり、最後には「運命の女神が史上最大の戦争犯罪者を地上から抹殺した」と
直前のルーズベルト米大統領の死を表現し、我々の未来を守れと鼓舞しています。

Zivile Bombenopfer.jpg

前半こそは結果も作戦指令どおりですから、お勉強というか、
20ページも読むとちょっと眠くなる・・という感じでしたが、
中盤のバルバロッサ作戦あたりから、徐々に面白くなり、
後半は作戦指令名を見るだけで、「お~、アレか!」と中断するタイミングが難しかったほどです。

基本的には全軍に対する総統命令という大きな作戦指令ですから、個別のケース、
陸軍参謀本部のハルダーや、各軍の司令部が出していたと思われる
アフリカ軍団に対する指令やUボート戦ブレスト艦隊のドーヴァー海峡突破などは
ありませんでしたし、読まれる人によっては、アレは無いのか?と思われるかもしれません。

しかし、それを踏まえてもなんの命令が出てくるのかというのは楽しめますし、
戦記にちょくちょく書かれている総統命令が指令書という形で出てくるというのも
なんとなく、本物を見たというような満足感にも浸れました。
第2次大戦のヒトラー、ドイツ軍の戦い、独ソ戦などを研究されている方なら、
古書価格も安いですし、読んで損はない一冊です。



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