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ドイツ機甲師団 -電撃戦の立役者- [第二次世界大戦ブックス]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ケネス・マクセイ著の「ドイツ機甲師団」を読破しました。

第二次世界大戦ブックスのなかでも、副題の「電撃戦の立役者」といい、かなり有名な1冊ですが、
なぜか読んだ気になって、スッカリほったらかしていたものです。
表紙の写真も良く見かけるもので、
これは「第10戦車師団戦場写真集」の表紙とほぼ同じですね。
1971年発刊の本書の原題は「Panzer Division」。
著者はあの名著「ドイツ装甲師団とグデーリアン」のケネス・マクセイで、
訳者さんも個人的に好きな加登川 幸太郎氏とのコンビですから、
もう、読む前から面白いのは保証されているようなものです。。

ドイツ機甲師団.jpg

最初の章ではヒトラーの一声によって、生みの親であるルッツ将軍
グデーリアンフォン・トーマの革命的な大仕事の結果生まれたドイツ装甲部隊の歴史。
Ⅱ号、Ⅲ号、Ⅳ号戦車が誕生するも、これらは当初、30㎜以上の装甲は持っておらず、
大部分の外国軍が採用し始めていた37㎜対戦車砲で貫通されるものですが、
時速40㎞で絶えず動き回ることそのものが防御の役を果たすと考えていたということです。

そして、戦後の軍事評論家たちが注意を払わなかったと著者の言う、エリート戦車兵たち。
保守的な国防軍内部から抵抗の強かったこの新兵種。
騎兵は馬の鞍から戦車のシートに座り替えさせられるのは、屈辱だったろう・・と
書かれているように、民間から直接、戦車学校入った多くの隊員たちは、
グデーリアンにトーマの熱烈な指導者の理想と決意をしっかりと叩き込まれ、猛訓練を受けて
空軍と並ぶ、ドイツ軍のエリートとして、黒い戦車服に黒ベレーを身にまとうのです。

Guderian in discussion with a young armored troop Leutnant, summer 1941.jpg

こうして1939年、ドイツ装甲部隊の初陣となるポーランド戦が・・。
グデーリアンらの装甲師団を中心とした簡単な戦記のあと、この戦役で学んだ教訓では、
2個装甲師団の良き相棒として、1個自動車化歩兵師団が1個装甲軍団に結合されて、
コレが良く活躍したとする一方、軽機械化師団は失敗であった・・と評価します。

Pz1 Poland 1939.jpg

翌年の西方戦は、マンシュタイン・プランから、ヘプナーにホト、ラインハルトの装甲軍団の内訳、
話の中心となるのは、もちろんグデーリアンの装甲軍団です。
戦車兵力も細かく分析し、英仏の装甲の厚い優秀な戦車も紹介して、
数の上では連合軍が優勢。しかし質の点では互角。。
始まった電撃戦もクライストによる停止命令に憤慨するグデーリアンといった定番に
第7装甲師団を率いるロンメルが独走し、戦車連隊が歩兵連隊と切り離された結果、
アラスの戦いで英軍と激突し、20両以上の戦車を失ったことが、
ヒトラーと軍首脳部にショックを与え、その後、装甲軍団の突進を鈍らせた・・としています。

Advancing through Holland and Belgium 1940.jpg

見事、フランスを席巻し、気を良くしたヒトラーから「2倍にせよ」と命令された、今や花形の装甲部隊。
しかし生産量が突然上がるわけもなく、砲塔の無い簡単な突撃砲の生産を拡大し、
Ⅲ号、Ⅳ号戦車の装甲を厚くして、また長砲身砲を搭載して充実を図ります。
1937年から計画されていた新型重戦車の開発もお預けにして、
歩兵師団の自動車化のために装甲ハーフトラックも優先的に生産されます。

East front 250ez1.jpg

ロンメルが北アフリカで見事な戦車戦を繰り広げるなか、
ギリシャ戦では、ペルシア戦争のテルモピュライの戦いの起こった場所で英独が戦った・・
という話がありましたが、この場所は映画「300 〈スリーハンドレッド〉」のことですね。
スパルタが英軍で、ペルシア遠征軍がドイツ軍ということになるようですが、
むぅぅ。。こんなところで戦いの歴史が繰り返されていたとは・・。

German soldiers, Battle of Thermopylae, 1941.jpg

始まった対ソ戦ではグデーリアン以外にも、第56装甲軍団を率いるマンシュタイン爆走の様子も・・。
あ~、なにかコレは久しぶりに読みましたねぇ。
まぁ、でもドイツ装甲部隊の快進撃がモスクワを前にして停止すると、グデーリアンも解任され、
ドイツ・アフリカ軍団英第8軍の前に敗れ、「スターリングラード争奪戦」の章となると
ここまでの楽しさもどこへやら、若干、暗い気持ちになってきます・・。

Barbarossa-juin1941.jpg

1942年の夏季攻勢。B軍集団の先鋒を努めるヘルマン・ホトの第4装甲軍。
それまでの「装甲集団」という曖昧な表現から、「装甲軍」となった装甲部隊は、
もはや「軍」に従属するものではなくなり、事実、第6軍も完全なる脇役であり、
第4装甲軍が突破した後、占領するだけであった・・と著者は語ります。
当初の順調な作戦もヒトラーによる命令変更によって、第4装甲軍がA軍集団に派遣され、
クライストの第1装甲軍のそばで補給路の渋滞を引き起こすだけ。。
これによってスターリングラード攻略には第6軍が向かうことに・・。

battle-of-stalingrad.jpg

長引く戦いにパウルスは装甲部隊の戦法の原則を破り、戦車と装甲車両を
市街戦に投入するという最後の手段に出ますが、
コレに抗議した装甲軍団長ヴィッテルスハイムとシュベドラー将軍は逆にクビ・・。
このスターリングラード戦ではパウルスの戦術にダメ出ししている感じですが、
全体的に、タイトルどおり、ドイツ機甲師団=「正義」、それをうまく運用できないヤツ=「悪」、
という図式が徹底しています。

german-forces-move-towards-stalingrad.jpg

1943年のクルスク戦に向けては、新型の中戦車と重戦車開発の様子から。
特にポルシェ博士については面白い評価でした。
「ヒトラーの歓心を買おうとして、風変わりな設計を考え、もっと緊急かつ重要な諸計画に必要な
資源と生産施設を横取りしてしまったのである」

また相変わらず写真は豊富で、戦車の転輪はゴム製なのでココで寝た・・という写真は
笑っちゃいましたねぇ。戦車の下に潜り込んで寝た・・というのは良く聞きますが・・。
まぁ、ちょっとヤラセ臭くもあります。。

sleep-tracks.jpg

そしてドイツ装甲部隊にとって、最も重要な出来事が・・。
装甲兵総監としてのグデーリアンのカムバックです。
ティーガーパンターエレファントが開発されますが、1942年の大損害の穴は埋められず、
歩兵の支援兵器として砲兵科に属する「突撃砲」を装備せざるを得ません。

stug-iii-ausf-g-01.jpeg

クルスク戦が終わると、勢い乗ったソ連軍の攻撃の前に退却が始まったドイツ軍。
装甲師団の戦車戦力は発足以来、激減し、陸軍装甲師団ではわずか103両を
保有しているに過ぎません。
しかし武装SSのエリート師団ゲーリングの装甲師団は優先的に最新の戦車が配備され、
その数も充足していますが、陸軍にも唯一、ケタ外れの装甲師団である
グロースドイッチュランド」が存在します。
このページにはマントイフェルのシブい写真が掲載されていて、そのキャプションは
「ドイツ機甲軍の指導者:"大ドイツ"機甲師団長マントイフェル将軍」。う~ん。シブ過ぎるぜ・・。

Manteuffel.jpg

ノルマンディ上陸作戦を迎え撃つ、ルントシュテットのドイツ西方軍。
第21装甲師団に戦車教導師団、そして第12SS装甲師団 ヒトラー・ユーゲントの奮戦。
B軍集団ロンメルも出てきますが、装甲軍司令官のシュヴァッペンブルクについては
「幕僚たちと金ピカ服で連合軍の爆撃機を見るためにぶらつきまわり、
遂に彼ら自身が目標にされて、司令部はほとんど粉砕されてしまった」

Panzer der 12.SS Panzerdivision Hitlerjugend beim Stellungswechsel.jpg

バルジの戦いでは主役であるゼップ・ディートリッヒ第6SS装甲軍の攻撃が
地形の入り組んだ、連合軍の最も堅い地域に向けられたことで攻撃が頓挫してしまい、
脇役であるマントイフェルの第5装甲軍が連合軍の抵抗をはね飛ばして前進を続けます。
ヒトラーは「花を持たせたい」SS装甲軍の戦力を割いて、
陸軍の装甲軍に増援させるということをしぶしぶ認めますが、時すでに遅く・・。

king-tiger-heavy-tank.jpg

最後はベルリンに迫るソ連軍に対するキュストリンの戦いです。
ティーガーとパンター数10両を揃えた、ドイツ軍、最後にして最強の装甲部隊が
ソ連軍の進撃路に立ち塞がります。
60両の戦車を撃破されたソ連軍はあえなく退却・・。
このドイツ軍の勝利を本書では、「ドイツ装甲師団の物語のラストシーンを飾るにふさわしい」
としていますが、残念ながら部隊名がわかりません。。
おそらく「ミュンヘベルク装甲師団」なんかだと思いますが・・。

Jagdpanther, Germany 1945.jpg

まさに「ドイツ機甲師団」の歴史に特化した一冊でしたが、このように彼らの戦いそのものが
第2次大戦のドイツ軍の戦いであったことが良くわかります。
本書にも度々登場した「第10戦車師団戦場写真集」も、そろそろ行ってみようか・・とも
思いました。

ケネス・マクセイの著作では、同じ第二次世界大戦ブックスの「ロンメル戦車軍団」も有名ですが、
これも読んだ気になっていただけで、持ってもいませんでした。
朝日ソノラマの「ノルマンディの激闘」は持ってるんですけどねぇ。。









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Edelmann

そうそう第二次世界大戦ブックスは、豊富な写真とキャプションを見ているだけで、なんとなく読んだ気になってしまうんですよね。
車輪の上に寝転がる写真は確かにヤラセ臭いですが、背中のツボに当たって気持ちよさげです。見た感じⅢ号戦車のようですが、千鳥式の大型輪転がされたⅤ号戦車以降は人が車輪の上に入ることはできませんから、その場合は車体の下で寝たんではないでしょうか。
by Edelmann (2012-04-01 00:09) 

ヴィトゲンシュタイン

Edelmannさん。こんにちわ。
確かにパンターやティーガーでは、こんな芸当はできませんね。そういえば「車体の下で寝た」というのも、ヤーボから身を守るため・・だったような気もしますので、1944年以降の話でしょうか。

>背中のツボに当たって気持ちよさげです。
ホントそうですねぇ。ツナギを着て満足そうな顔してますから、一仕事終えた整備員なのかも知れませんね。
by ヴィトゲンシュタイン (2012-04-01 08:16) 

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