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東部戦線の独空軍 [ドイツ空軍]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

リチャード・ムラー著の「東部戦線の独空軍」を読破しました。

以前に「西部戦線の独空軍」という精鋭航空団「JG26」の戦いを描いた興亡史を紹介しましたが、
その姉妹編のようなタイトルの1995年発刊の本書は、
古書価格が1400円程度となかなかの値段なので見送っていました。
しかし粘った甲斐があって、先日、190円で購入できましたので早速読んでみました。
読み始めてすぐに気づきましたが、コレが全然、姉妹編などではなく、
東部戦線におけるドイツ空軍の、「独立軍としての戦略思想」と
「陸軍の戦略をサポートする空軍」という実態について研究しているものでした。

東部戦線の独空軍.jpg

著者は第2次大戦の航空戦専門の軍事史研究家で米空軍指揮・幕僚大学の
比較軍事史助教授という肩書で、本書もオハイオ州立大学時代の博士論文から
始まったものだそうです。
「プロローグ」でも本書の目的・・、勝ったり負けたりの戦闘記録ではなく、
ドイツ空軍指導部が限られた手持ち兵力を運用して、何を遂行していると信じていたか・・
に関心を持って検討していると書かれていますが、
この時点で、今までにないルフトヴァッフェ物の雰囲気がプンプンしてきます。。

第1章の「対ソ戦の準備」では、1935年、新設されたドイツ空軍の基本理念が
初代参謀総長ともいえるヴェーファーの頭脳から生まれ、
Ju-86やDo-17、He-111といった中型爆撃機部隊は編成されたものの、
四発重爆機の開発は失敗に終わった話などを解説します。

Do-17 Z bombers.jpg

そしてスペイン内戦へのコンドル軍団の参加がもたらした最も重要な結果は、
卓越した陸軍支援航空作戦論者であるヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェン
現れたことかも知れないとして、続くポーランド戦において彼の指揮する
「特別任務航空兵団」を紹介。
これはのちに第Ⅷ航空兵団(第8航空軍団)として、陸軍支援のエキスパート部隊と
なっていくわけですが、その運用面についてはかなり細かく書かれています。

Wolfram von Richthofen.jpg

第2章「ソヴィエト侵攻作戦」では、ヒトラーとOKWが策定した「バルバロッサ作戦」は
前年の西方作戦同様の短期の「電撃戦」を想定していて、
ソ連軍の抵抗が激しければ侵攻作戦は1942年まで続く予定ではあったものの、
陸軍同様、空軍も2年目の作戦は、極めて基礎的な計画を立てていたに過ぎなかったとします。

Whermacht advancing.jpg

また、「総統命令第21号」から空軍の任務を抜粋し、
①ソ連空軍の戦闘力を可能な限り撲滅する。
②同時に陸軍の主要作戦の支援。
③ソ連の鉄道と橋梁の破壊。
という3つの大きなミッションに集中することで、
兵器工業に対する攻撃は主要作戦の間は実施せず、機動戦終了後に
ウラル地方の目標を集中的に攻撃する・・となっています。

german-army-barbarossa-russia-invasion-june-1941.jpg

フォン・ボックが率いる巨大な中央軍集団を支援する、ケッセルリンクの強力な
第2航空軍(第2航空艦隊) に配属されたリヒトホーフェンの第8航空軍団。
陸軍がソ連新型戦車、T-34に出会ってビックリしたように、ドイツ空軍情報部も
新型地上攻撃戦闘機、Il-2の能力を過小評価したまま・・。

Il-2.jpg

しかし、ドイツ空軍は7月には戦略的航空攻撃の実施を検討しはじめ、
モスクワに対する爆撃作戦実行しますが、その結果にはケッセルリンクが
「目標のサイズに対して、我が方は十分な兵力を持たず、期待するレベルに達しなかった」と
語っています。

kesselring-in-seinem-fw189-ueber-den-weiten-russlands.jpg

一方、本書の主役のような第8航空軍団はレニングラードを支援し、
10月にはモスクワへの「タイフーン作戦」にも参加。陸軍支援のプロとして
バルバロッサ作戦期間中だけでも18回も移動するという、まさに大繁盛・・。
そんなタイミングで第2航空艦隊の大部分が、北アフリカのロンメルを支援するために
地中海へと移動してしまいます。

Aparently a Luftwaffe airbase in the desert. North Africa 1941.jpg

さらにはソ連の逆襲によって包囲されたホルムデミヤンスクを補給任務を任され、
補充されたJu-52輸送機だけでは足りず、He-111爆撃機も駆り出しますが、
デミヤンスク・ポケットだけでも第8航空軍団は265機を失ってしまいます。

翌年はセヴァストポリの支援からです。
「我々二人は、極めて仲良く協力し合った」と、第11軍司令官マンシュタインの回想録も引用し、
スターリングラード支援と続いていきます。

Manstein consulting with Colonel General Wolfram Baron von Richthofen, Commanding General VIII Fliegerkorps, May 1942.jpg

この第4航空艦隊司令官に昇進していたリヒトホーフェンは8末には、
パウルスの第6軍の勢いが鈍り始めていると、「陸軍の精神力とリーダーシップの弱さ」を
ゲーリングと空軍参謀総長のイェショネクに報告し、
大戦の全期間を通じて彼は密告屋のような態度で、陸軍の戦いぶりについて
無作法な報告をヒトラーやゲーリングの手元に送り付け、陸軍参謀総長のハルダー
困惑させていた・・ということですが、著者は「状況を確実にとらえてる」としています。

そしていよいよ包囲された第6軍に対する空中補給大作戦の開始。。
もちろんここでもJu-52装備の輸送飛行隊だけではとても間に合わず、
He-111爆撃機装備の14個飛行隊も参加します。
その他、FW-200(コンドル)や最新型のHe-177といった長距離爆撃機に試作原型機まで投入。。
8㌧の搭載量のある四発輸送機Ju-290の原型1号機などは、輸送任務の途中で墜落し、
多数の人命が失われたそうです。

stalingrad-Eine FC 200 Condor.jpg

ままならない補給に陸軍と空軍は不仲となっていき、ポケットから脱出命令を受けたフーベ
空軍の態度に対し「極めて重大な汚怠だ」と述べ、
パウルスは不機嫌な口調で、航空管制将校に脱出命令を出します。
「彼は空軍の将官なることが約束されているからな」
そして「空軍はなぜ空輸補給を遂行できるなどと言ったのだ。
この可能性を言い出した責任者は誰なのだ。
もし、誰かが可能でないと言っていたのであれば、包囲線を突破して脱出していたはずだ」

General Friedrich Paulus.jpg

西側連合軍によるドイツ本土爆撃・・、
秘密基地であるペーネミュンデまでもが爆撃されると、参謀総長イェショネクが自殺。。
ドイツ空軍が退勢に傾いたことの責任の多くは、この参謀総長にあるとしている本書ですが、
ことはそれほど単純ではありません。

Jeschonnek.jpg

こうして「陸軍御用達の消防隊」から、ソ連の戦線背後への長距離爆撃作戦への転換。。
しかし1943年はクルスクへの攻勢に兵力を割かれ、
「ソ連のデトロイト」と呼ばれるゴーリキーの装甲車両製造工場への爆撃もたいした成果は上がらず、
その後の後退一辺倒の展開では、せっかく温存していた爆撃機も
攻撃目標の範囲外へと遠ざかっていくだけです。

こうなってくると爆撃機の任務はソ連軍兵士に向けた「ビラ撒き」です・・。
「きみは包囲された!だが、まだ脱出する途はある」と書かれた裏には
ドイツ軍戦線に入る「安全通行証」が刷り込んであったり、
タバコとアコーディオンを楽しむソ連軍捕虜や、ニッコリ笑った軍医の手当てを受ける捕虜の絵・・、
ですが、もちろん現実は・・。

Flugblatt Russland.jpg

イェショネクの後任コルテン新参謀総長は戦略爆撃を主張しますが、
本土防衛の兵力拡大にも追われた挙句、シュタウフェンベルクの爆弾の餌食となって死亡・・。
陸軍の参謀総長は全員ヒトラーの解任なのに、空軍はヴェーファーの事故死から始まって、
呪われたかのように死んでしまいますね。。

Guenter-Korten.jpg

敗走するドイツ陸軍の航空支援に対する信頼は一般の兵士まで広がった・・という部分では
名著「忘れられた兵士」から抜粋していますが、あのシーンは感動的でした。

面白かったのは、ガーランドなどが務めた戦闘機隊総監とペルツが務めた爆撃機隊総監を
解説している部分で、陸軍支援部隊のJu-87シュトゥーカは爆撃機隊総監の担当、
Bf-110Hs-129の地上攻撃機は戦闘機隊総監の担当という、いかにもナチス・ドイツらしい
非効率な機構を一掃するために、コルテンが「地上攻撃隊総監」を新設したということです。
こんな「総監」は初めて知りましたが、初代のキュッパー大佐が事故死して、後任は
ヒッシュホルト中佐という人物が務めたそうです。

Ju 87G con el antitanque Flak de 37 mm en Pilsen.jpg

結局、ドイツ空軍はもともと「戦略爆撃思想」は持っていたものの、
対ソ戦において制空権を含め、陸軍を間接的、直接的に支援する立場に甘んじ、
長引く戦争に長距離爆撃の必要性を認識したにも関わらず、時すでに遅く、
最終的にヒトラーの介入によって明確な戦略的目標のない英国に対する報復爆撃命令に
従わざるを得なかったことで、東部戦線におけるドイツ空軍は弱体した・・というところです。

さすが論文・・と思わせるほど、専門的でちょっと難しい一冊でした。
386ページですが、心してかからないと手強いものだと思います。
基本的には地上支援部隊と爆撃機戦略の2本立てで、ルーデル大佐の名は出てくるものの、
ハルトマンバルクホルンなどの戦闘機エースは完全に無視・・。
これはいくら一部のエースが300機撃墜しようが、制空権は失われていったのであり、
本書のテーマからは外れているようです。

ですが、それより空軍参謀総長を筆頭に空軍幕僚たちの考え方を
研究するにあたっては、西部戦線の状況を含め、ヒトラーの戦略全般も
同時に理解しておかなくては、読んでいて片手落ちだなと思いました。
「朝日ソノラマ」の航空戦記だということで、戦闘機エースたちの活躍を期待して読まれると、
100ページももたずに撃墜されてしまうことでしょう。。



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