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アドルフ・ヒトラー[2] -1928-1938 仮面の戦争- [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョン・トーランド著の「アドルフ・ヒトラー[2]」を読破しました。

第2巻はゲッベルス指揮のもと、通算6000回におよぶ大ホールや野外での集会によって
10万人となったナチ党員とヒトラーの、選挙での快進撃から始まります。
しかしベルリンの突撃隊(SA)は空腹と疲労に加え、負傷と逮捕・・という危険にさらされ続けており、
活動資金を増やせと大管区指導者ゲッベルスと対立。
ヒトラー直々に調停に乗り出すなど、依然として、一枚岩の組織ではありません。

アドルフ・ヒトラー②.jpg

一方、ヒトラーのプライベートといえばエヴァ・ブラウンと知り合うものの、
彼の愛するのは姪のゲリ・・。
しかし彼の運転手だった若いモーリスが密かにゲリと婚約を交わしていたことを知ると
激怒したヒトラーはお払い箱にしてしまいます。
そして「奴隷」のような生活を強いられていると感じていたゲリが自殺。
打ちひしがれるヒトラー・・。ウィーンに埋葬されたゲリの墓を目指し、
入国を禁じられている故国へ、逮捕の危険を冒してまで国境を越えを図るのでした。

geli Raubal.jpg

やがてゲリの死の痛手から立ち直り、3度目の復活を果たしたヒトラーは
いかなる悪天候でも見事な飛行機操縦の腕をを見せるハンス・バウアと、
モーリス運転手の後任、ユリウス・シュレックが東部を、
21歳の新人運転手エーリッヒ・ケンプカが西部を受け持って
ドイツ全土を駆け巡る、精力的な演説運動を行います。
大統領選挙ではヒンデンブルクに敗れ、社会民主党系新聞にはエルンスト・レーム
ホモセクシャルがすっぱ抜かれ、1932年の7月だけで共産党員30人、ナチ党員38人が
乱闘で死ぬという大激戦の中、遂に第1党へと踊り出ます。

Hitler,Brueckner&Hans Baur.jpg

ヒンデンブルク大統領とシュライヒャー将軍ラインによって、パーペンを首相とし、
ヒトラーを副首相で満足させようという戦略も完全なるナチ党内閣を目論むヒトラーは跳ねつけます。
しかしグレゴール・シュトラッサーはシュライヒャーから内密に要請された
副首相とプロイセン首相就任に乗り気・・。
分裂するナチ党・・・。この辺りは「ゲッベルスの日記」と同様の展開です。

Julius Schreck has driven more than a hundred thousand kilometers with Adolf Hitler.jpg

結局、1933年1月30日に首相に就任したヒトラーですが、
その内閣にはナチ党からはゲーリングフリックが入っているだけ・・。
憲法改正に必要な2/3を制することはできないと、各政党や軍部は楽観的です。
ニューヨーク・タイムズも「内閣の構成はヒトラー氏の独裁的な野心達成の見込みを奪った」

1932. From left are, Hermann Goering, Dr. Wilhelm Frick, Hitler, Gregor Strasser and Wilhelm Stoehr.jpg

国会議事堂が放火され、共産党がさらに大きなテロを計画しているというデマを
全国に流しつつ、最後の総選挙に挑むヒトラー。
政権党であるために、共産党のポスターを剥がして、自分たちのポスターを貼っても
警察を含め、それに反対する者はすでに存在しません。
このようにして合法的に着実に勢力を拡大していくナチ党とヒトラーは、単一政党国家を宣言します。

hitler-poster.jpg

広大な地所を贈呈してヒンデンブルクのご機嫌を取り、
国際連盟からの脱退を声明し、再軍備も公言。
ヒムラーとハイドリヒらが仕掛けた「SAの反乱」情報はヒトラーを大いに悩ませますが、
国防軍でもフリッチュ陸軍総司令官が全軍待機指令を出しています。
しかしフォン・クライスト将軍は懐疑的で、ヒムラーがSAと軍の抗争を画策していると確信し、
忠実なナチ派の将軍、ライヒェナウは「それは事実かもしれないが、もう手遅れだ」

1934. The youngster is wearing the uniform of Hitler's Sturmabteilung.jpg

そして遂に起こった「長いナイフの夜」事件によって、レームらSAの指導者だけでなく、
シュライヒャー将軍や政敵なども「ついでに」とばかりに殺され、
裏切り者シュトラッサーも独房の窓から雨あられのように銃弾を撃ち込まれ、
檻の中を鼠のように逃げ回った末、止めを刺されます。
本書を読む限りでは、ヒトラーが起こした事件というより、ゲーリングとゲッベルス、
更にヒムラーがライバルを粛清するために、共同で企んで、
ヒトラーをそそのかしたもの・・となりますね。
クノップ先生の「ヒトラー権力掌握の二〇ヵ月」では、ここらあたりどんな解釈なのか、
ちょっと気になるので、今度、読んでみますか。。

Goebbels, Göring, v. Blomberg.jpg

この事件の結果、ナチ党は安定感を増しますが、直後のヒンデンブルク大統領の死・・は
ヒトラーに更なる絶対的権力と独裁政治をもたらします。
国民の90%が支持した「総統」ヒトラーがここに誕生するのでした。
別にヒンデンブルクは暗殺されたわけではありませんが、こうして読んでみると
そのタイミングの良さは、ヒトラーの運命・・のように感じてしまいました。

Goebbels, Hess, Göring, Von Mackensen, Hitler, von Bloomberg, Frick, Raeder.jpg

1936年はラインラント占領を見事な「ハッタリ」によって果たしたり、
ベルリン・オリンピックの成功、スペイン内戦へのコンドル軍団派遣とイベント続きのなか、
運転手のシュレックが死亡し、ヒトラー自身も不眠や耳鳴りに悩ませられるなど、
心身ともにひどく堪える時期であったようです。
そんな彼の息抜きは映画観賞。お気に入り女優はグレタ・ガルボ。。
また彼が3回観たという「ベンガル槍騎兵」は、ごく少数で、一大陸を支配下に置く
英国人を描いているのが大変気に入ったらしく、
「優秀民族はこうでなければならない」とSS隊員にこの映画を観ることを義務付けた・・。

Berlin-Lichterfelde, Leibstandarte-SS Adolf Hitler.jpg

山荘ベルクホーフでは腹違い姉、アンゲラが女主人として切り盛りしていますが、
彼女が「愚かな牝牛」と呼ぶ、エヴァと姉の関係にもヒトラーは頭を痛めます。
徐々にアンゲラとも不仲となり、彼女が出ていく形で、無事エヴァが女主人に収まり、
全面改装中の山荘の工事責任者も兼ねる、マルティン・ボルマンの姿も・・。
本書では彼の自分をヒトラーにとって不可欠な存在たらしめるべく、努力する姿を紹介します。
ある日の昼食中「このソースには何が入っているのか」と質問したヒトラー。
すぐさま食卓を離れて、大急ぎでベルリンへ何本も電話をかけるボルマン。
「総統閣下、ソースの成分は次のとおりです・・」と、数時間後にキッチリと報告・・。
さすがのヒトラーも呆れ顔です。。

bormann2.jpg

ミュンヘンで過ごすクリスマス・イブのエピソードも出てきました。
SSの護衛兵の目を盗んで忍び足で階段を下りる怪しい2人組。
従僕のクラウゼとともにタクシーに乗り込んで2時間も走り回り、その後も市内を歩き回って
「心配するな。誰もヒトラーが独りで歩き回ってるとは思わんよ」と語るヒトラー。
無事にアパートに辿り着いても、してやったりとばかりに子供のようにハシャギます。
しかし翌日、クラウゼはSS全国指導者ヒムラーから、大目玉を喰らってしまうのでした。。

Adolf Hitler and other Nazi officials celebrate Christmas.jpg

ブロムベルクとフリッチュ事件も詳細に書かれています。
特に「新妻の元売春婦疑惑」で将校団から「名誉を傷つけられた」と非難を浴びたブロムベルクは
国防相の後任を誰にするかという問題にヒトラーを推薦し、国防軍のトップにすることで、
自分を裏切った将校団への腹いせをしようとしていたとしています。
さらに、新設のOKW幕僚長の人事について、「では、君の幕僚の責任者は誰だね?」
との質問についつい「ヴィルヘルム・カイテル将軍」と答えてしまい、慌てて
「そのような重要な地位には不向きで、私の役所を運営してるだけの男です」と付け加えるも、
時すでに遅く、ヒトラーは「それこそ私の捜してる男だ!」

Wilhelm Keitel on Reichs Veterans Day at Kasse.jpg

最後はオーストリア併合です。
首相のシュシュニクは最後まで抵抗し、国民投票を実施しようと試みますが、
ベルリンのゲーリングから再三再四、電話で叱咤され、
シュシュニクと内閣の辞任要求を伝えるザイス=インクヴァルト
後任の首相が自分であることも要求する彼は、苦い口調で言います。
「私に質問しても無駄だ。私は歴史的な電話交換嬢以外の何者でもない」

Adolf Hitler, Arthur Seyss-Inquart, wife of Heinrich Himmler.jpg

無血のアンシュルス。感無量のヒトラーは昔の家の近くにある両親の墓を詣で、
従事長リンゲらも遠ざけて、しばらく墓前で瞑想にふけります。
さらに少年時代の思い出の場所を再訪。偶然に昔の同級生と出会って、おしゃべり・・。
エヴァも呼び寄せて、ウィーンのホテル・インペリアルに宿泊し、
このホテルの前を雪のなか、さまよい歩いたツライ青年時代の思い出も語ります。
そしてリンツで訪ねてきたのは昔の親友クビチェクです。
喜びに声を弾ませて彼を迎えるヒトラー。窓からドナウ川を眺め、
「あの醜悪な橋がまだ残ってる! だがもう少しの辛抱だよ」
と、彼には野心的なリンツ改造計画があるのでした。

Hitler centered among Austrian girls.jpg

この第2巻は結構、読んだような話が多くありました。
特に「第二次世界大戦 ヒトラーの戦い〈1〉〈2〉」に大分似ていたので、確認してみると、
あちらの本が、本書を参考文献に挙げていました。
時期的には当時、本書が最新のヒトラー伝だったんでしょうね。
ただ、この1938年までは、本書のほうが割いているページ数も多く、
政治的な部分より、ヒトラー個人に焦点を当てた濃い内容なのは間違いありません。





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