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ゲーリング言行録 -ナチ空軍元帥おおいに語る- [ヒトラーの側近たち]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

金森 誠也 著の「ゲーリング言行録」を読破しました。

先日の「ゲッベルスの日記」に続いて、「ゲーリングの日記」・・・ではありません。
まぁ、ゲッベルスとは対照的にゲーリングが日記を書いていたとはとても思えませんからね。
2002年に発刊された223ページの本書、過去にモズレー著の「ゲーリング」を読んで以来、
気になってはいましたが、ど~も、このタイトルがちょっと敬遠させていました。
それと言うのも、表紙の写真も1930年頃と思しき「演説で吼えるゲーリング」といった感じですし、
戦時中の「大口叩き」もいろいろな本に書いてあるので、
内容的にも、そんな彼の発言の集大成のようなものかな・・と思っていましたが、
実は1946年のニュルンベルク裁判における拘留中にブロス弁護人に語った、
1950年発刊(未訳)の「ゲーリングとの対話」をベースにまとめられたのが本書ということです。
ニュルンベルク軍事裁判」のゲーリングは絶好調でしたから、
これは楽しい1冊のような気がしますね。

ゲーリング言行録.jpg

第1章ではゲーリングの略歴が10ページほど解説され、
続く第2章の「青春時代」からゲーリングは語り始めます。
最初の妻、カリンとの出会い、酒を飲んでも泥酔したことはなかったという話。
若い頃はスマートだったのに・・というところでは、
「後年、ビールの飲み過ぎのせいか、体重が増えすぎた。最高で125㎏もあった」そうです。

「ヒトラーとの出会い」の章では、この時でも依然として
「ヒトラーはチンギス・ハーンと比較されている人物だ。100年後には犯罪者ではなく、
政治的改革者として評価されるだろう」と語ります。
ふ~ん。。チンギス・ハーンって、当時のドイツ人に凄い評価なんですねぇ。
最近、「ジン、ジン、ジンギス・カ~ン」て歌う、1980年頃の動画見ちゃったんで、なんとも。。

hitler_goering.jpg

興味深かったのは彼が創設した「ゲシュタポ」についてです。
それまで社会民主党が占めていたポストであるプロイセンの内相となったゲーリングは
警察官僚らの人事を刷新してナチ党員に入れ替えて、ゲシュタポを創ったとされていますが、
彼によれば「明白に政治的反対者を撃破するためのゲシュタポと変わらない政治警察があり、
官僚を入れ替えた後、この警察がもっぱら国家の安全に取り組んでいることを明白にするために
『秘密国家警察 = ゲシュタポ』という名前を与えた」ということだそうです。

1932 preußischer Innenminister unter dem Reichskommissar für Preußen.jpg

国防相ブロムベルクと陸軍最高司令官のフリッチュに対するでっち上げ事件への関与を問われると、
「国防相のポストはこの事件がなくても廃止されたし、すでに空軍最高司令官だった私が
フリッチュのポストに就いても、それは昇進でもなんでもない」と否定します。

1936年のラインラント進駐の計画を事前に知っていたことについては、
ニュルンベルク法廷でのジャクソン検事とのやりとりを記載しています。
「ドイツが国際協定に違反して計画を立てたのはけしからん」と追及するジャクソンに
「米統合参謀本部も、軍の動員を前もって公表したことはないだろう」と反論して、
ギャフンといわせたゲーリング。
スポーツのように痛快だった・・といわれ、米国の新聞も「ゲーリングの判定勝ち」と書いたほどの
有名な反対尋問ですね。

Nuremburg Goring.jpg

1938年のチェコ問題とミュンヘン会談では、外交に関する自分の立場を語ります。
ムッソリーニはドイツ外務省を通さず、私に直接使節をを送り、
そもそもリッベントロップを信用していなかった」とし、
さらに「総統は外国人に対しては常にぎこちなく、リッベントロップは嫉妬心と野心に駆られ、
私の出席を拒んだ」

1940年のフランスでは、旧友ウーデットと共にSS護衛兵を撒いたゲーリングの様子・・。
とある店でカメラを略奪している兵士を偶然見つけますが、
「これだけで我慢しろ、と1つだけ手渡し、残りはクルマに積み込んで、前線の兵に配ったのだ」
と、自慢げですが、お店に返してあげないところがなんともゲーリングらしい・・。

Goering_Udet in WWⅠ.jpg

その有名なゲーリングの略奪・・ではなく、美術品収集も
「ヒトラーがリンツの美術館用に集めている芸術品と競合しないように
値段の手頃なものを買った」と説明しますが、そのお金の出所を追及されると、
「まぁ、そりゃ一部は国の費用で買ってもらったのさ・・」と、カリンホールに集めた絵画も
文化施設に合流させようと思っていた、と必死で弁明・・。
この手の本は「ナチの絵画略奪作戦」とか何冊か出ているので、今度読んでみようと思っています。

Goering_hitler nazi_art.jpg

さすがの大言壮語のゲーリングといえども、戦局に影響を及ぼしたルフトヴァッフェの話になると
あまり乗り気でない・・どころか、ほとんど語らなかったようです。
中止命令の間に合わなかったロッテルダム爆撃に、ダンケルクの失敗、
バトル・オブ・ブリテンスターリングラードで包囲された第6軍への補給、
連合軍によるドイツ本土爆撃・・と、空軍最高司令官の立場から語るのは、
ロッテルダム爆撃の原因と英国本土上陸作戦(あしか作戦)くらいです。
特にあしか作戦では、陸軍が空軍の4個降下部隊を無理やり引き抜かなければ、
その部隊によって、英国に上陸していただろう・・としています。

German Paratrooper.jpg

西部戦線の状況でゲーリングが熱く語るのは1944年の「アルデンヌ攻勢」です。
「うまくゆけば戦争の行方を変え、和平交渉が可能になったかもしれない!
あれは総統の最後の真に天才的な作戦であった!だが、彼は決定的な推進力を持つ、
6個戦車師団をゼップ・ディートリッヒごときに委ねるべきではなかった」
確か、「バルジ大作戦」を書いたトーランドも、このゼップを「肉屋の親父」扱いしてましたねぇ。

sepp_hitler.jpg

ユダヤ人問題の最終的解決をハイドリヒに指示したとされるゲーリングですが、
「私は一度もユダヤ人の虐殺などは望まなかった」と語り、
妻の友人のユダヤ人を救った例などを挙げます。
大量虐殺についても何も知らなかったとし、
「そりゃあ、200人とか2000人が殺されたっていうニュースだったら場合によっては
信じたかもしれないが、数百万が殺されたという外国の報道はありそうもないように思われた」

Goering-with-Heydrich.jpg

「ゲーリングの見た同僚と知人たち」の章では、リッベントロップを非難する一方で、
ルドルフ・ヘスの健忘症にも触れながら、勇敢だと誉めています。
「すっかり節度を無くした被告連中が同じドイツ人として恥ずかしい」として、
毅然としているのは、「ヘス、フンク、そしてデーニッツだけだ」

Joachim Vo nRibbentrop Rudolf Hess Nurnberg.jpg

ゲシュタポから常に監視され、最後にはSSに逮捕されたゲーリングは、
SS全国指導者ヒムラーに対し、恨みすら抱いていたようで、
「ヒムラーが「SS空軍」を創ろうとしていた努力も台無しにしてやり、個人用の1機を除いて、
己の命令どおりに発進できる飛行機をまったく持っていなかった」と勝ち誇ります。

またカリンホールの監視兵がSS兵士だったいう話は面白かったですね。だいたい、ココは
ヘルマン・ゲーリング師団の分遣隊が警備していたと思いましたが、こんなことを言っています。
「監視兵はまったく無気味であった。家のいたるところを歩き回り、夜中に空腹のために
台所に行って、大根を切って食べようとしていると、背後でSS監視兵が私を見守っていた・・」
ヴィトゲンシュタインは呑んだ後、よく大根の味噌汁を作りますが、
ドイツ人ってどんな風に大根食べるんでしょうかねぇ?

Hermann Goering stands next to a Volkswagen convertible at Carinhall hunting lodge, with Robert Ley and Ferdinand Porsche.jpg

「女秘書たちにも嫌われていた」ボルマンと、「裏切り者」シュペーアも餌食となり、
シュトライヒャーカルテンブルンナーも大笑いのネタになっています。
ヒトラー暗殺未遂事件で、あわや巻き添えで死ぬところだったと言うヨードルの証言を取り上げて、
「爆発の際、巨大なシャンデリアがヨードルの頭に落下した。だが、彼は幸運で
重い鉄製の輪は彼の首をスッポリ囲む形で両肩の上に落下したのだ」

Martin Bormann, Adolf Hitler, Alfred Jodl, Albert Bormann, Luftwaffe adjutant Nicolaus Von Below, and Hitler's pilot Hans Baur of Wolfschanze.jpg

最後はゲーリングが心から愛し、心配する妻エミーと8歳の娘エッダです。
ゲーリングから渡された32項目の質問状を持って、妻子を訊ねる弁護人ブロス。
そしてゲーリングは、この2番目の妻と、まるで主のようにこの家に住み着く
老家政婦との間に起こった結婚生活の障害を語ります。
「熱狂的な忠実さを示した彼女は、後妻などむしろ私の負担になっていると考え、
夜に妻が私の部屋に訪れても、寝室の前に仁王立ちになって
『元帥閣下は大変お疲れで、すでに眠っておられます』と宣言した」
こんなおばちゃんをクビにすることもできずに苦労するのも、実に彼らしい気がします。。

Emmy Goering-and-daughter.jpg

223ページで写真は前半に2枚ほどの本書は、すべてがゲーリングとの対話という訳ではなく、
著者の解説と、モズレーの「ゲーリング」などから引用しながら進みます。
また、ゲーリングに対する他のナチ戦犯たちの批評も
第二次世界大戦ブックスの「ニュールンベルク裁判」から抜粋しているようですね。
これはまだ読んでいないんですが、副題の「暴虐ナチへ“墓場からの告発” 」というのが素敵です。。
全体的な印象としては「ニュルンベルク・インタビュー」のゲーリング版といったところでしょうか?
ゲーリング・ファンや「ニュルンベルク軍事裁判」を楽しんだ方には、一読をオススメします。







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IZM

>反論して、ギャフンといわせたゲーリング。
討論だったらドイツ人には絶対敵わないと思います。。。

大根ですが、ゲーリングはバイエルン出身なので大根を薄く輪切りにして塩を振って食べるというのをやっていたと思われます。南ドイツの居酒屋では時々ビールのつまみにこれが出てくるようです。
写真でお見せするほどのものでもないですが、こんなの。
http://www.tradebit.de/usr/stock-photos/pub/9002/115716.jpg

ヒムラーに対する牽制なども、政治の世界独特のせめぎあいですね。

by IZM (2011-10-29 19:05) 

ヴィトゲンシュタイン

>討論だったらドイツ人には絶対敵わないと思います。。。
ありゃりゃ、てコトは、いつも夫婦喧嘩は敗北ですか・・?

大根の写真と食し方、ありがとうございます。しかもバイエルン風・・。早速、大根サラダ作るときにやってみます。正直、IZMさんに聞いてたんですけどね。。。

by ヴィトゲンシュタイン (2011-10-29 21:01) 

さくら

ゴシップがわんさか出てきそうで面白いですね。
今度、読んでみます。

酔い覚ましに、大根の味噌汁が効くのですか?

でも、酔ってる時に、わざわざ料理するってヴィトゲンシュタインさん、律儀ですねえ。
by さくら (2014-12-21 01:39) 

ヴィトゲンシュタイン

え~、ボクは酔って寝るためにお酒を飲むので、酔い覚ましをすることはありません。
よって、大根の味噌汁は〆のラーメンとか、お茶漬け的な立ち位置ですね。
食事をするときも、まず味噌汁を一口すすることから始まり、味噌汁をグッと飲み終えて食事が終わるという、いわゆる「味噌汁に始まり、味噌汁に終わる」派なんです。
そして酔っ払いながらの料理・・、3時間くらい呑んでいれば、チョコチョコと作りますので、当然、怪我も多くなります。
包丁落として足に・・とか、ちょっとしたホラー場面も年に2回は発生してしまうのです。
失礼しました。この本も読んでみてください。

by ヴィトゲンシュタイン (2014-12-21 09:54) 

さくら

味噌汁に強烈なこだわりがおありですね。
このリコメも「味噌汁に始まり、味噌汁に終わって」いる……(笑)。
どうぞ、お怪我なきようお気をつけて。
by さくら (2014-12-21 14:03) 

ブルクハイト

横から久方ぶりに失礼します。
大根が海外で食べられているというのは正直初耳でした。
海外版Wikipediaの多くでは、大根をそのままDaikonと表記していること等から鑑みるに、大根は日本(特に戦前)ではメジャーな野菜であるものの海外ではマイナーな野菜だと思っておりましたので。
何十年も前から普通に食べられてたんですねぇ…。

ちなみに赤味噌はお好きですか?
by ブルクハイト (2014-12-21 15:03) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、ブルクハイトさん。お久しぶりです。

キッチン周りの大掃除をしつつ、シチューを作ってて、綺麗にしているのか、汚しているのかわからないヴィトゲンシュタインです。

ははぁ、外国語のwiki、確かにドイツ語でも「Der Daikon ist, 」とか書いてありますねぇ。 この記事の最初のコメントをくれた方はドイツ在住なので、いろいろと教えてもらいました。

そして赤味噌・・、好きですよ。
冷蔵庫には八丁味噌など常備しています。ただし、味噌汁で使うのは、「絹豆腐の赤だし」だけで、その他、味噌ラーメンを作った時に少量投入します。
ちなみにこの8年ほどは「仙台味噌」が我が家のKing of MISOとなっています。

by ヴィトゲンシュタイン (2014-12-21 17:05) 

IZM

年末に大根ネタがなぜか盛り上がっていますね?
「Daikon」も国際語になってるとは、知らなかったのでした。
スーパーや八百屋でもドイツ語の「Rettiche」の表示で売られているのしか見たことないので、日本・中国種のものを「Daikon」としているのかも?
ちなみに、例の甘い黒いドイツのシロップのZuckerruebeの原材料は「テンサイ」(さとう大根)でした。
自然食料品のお店で日本製のお味噌が売ってて喜んだのですが、200gくらいで10ユーロもします。。。。 ドイツ人は、パンに塗って食べるらしいですよ。wwwww
ではヴィト様、よいお年をお迎えくださいませ。
Einen sanften guten Rutsch ins neue Jahr 2015!
by IZM (2014-12-29 19:21) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、コメント欄だけ生きてる独破戦線です。
なるほど「Rettiche」でググると、ドイツ語のwikiがヒットしますね。
そしてコレを日本語で見ると「ダイコン属」になりました。
そんな「属」があったとは・・。
ちなみにこのページにはさとう大根が書かれていて、「ダイコン属とは別の仲間」なんだそうです。いやいや、ダイコンも調べると奥が深いなぁ。
ナチ党員とSS隊員と突撃隊員とゲシュタポと武装SSのどれがどうなのか?? っていうのに近い複雑さがありますね。

>ドイツ人は、パンに塗って
う~む。どういう感覚でしょうか??
もろきゅうのような感じなのか、ひょっとしたらピーナッツバターの感覚かな?? 年末に試す勇気はありません・・。

今年は第1次大戦勃発100周年でしたが、来年は終戦70周年だそうですね。
年明けにはNHKで早速、アウシュヴィッツ解放70周年特番なんかやるらしいです。

by ヴィトゲンシュタイン (2014-12-30 16:51) 

さくら

あけましておめでとうございます。
正月早々、こんなところにTV情報が。
その特番はいつでしょうか?
by さくら (2015-01-02 00:42) 

ヴィトゲンシュタイン

明けましておめでとうございます。

特番情報、地上波じゃなくてBSですが大丈夫ですか?
1/26の夜中から4日間連続です。
詳しくはコチラ ↓

http://www.nhk.or.jp/wdoc/yotei/index.html?week=20150126
by ヴィトゲンシュタイン (2015-01-02 06:39) 

さくら

今、ブログを独破中の人が多い。
テレビの前に予習されてるんでしょうか?
今日のヤフーニュースに「ドイツの若者、5人に一人はアウシュビッツを知らない」とか書いてありますよ。
衝撃ですね。
そろそろテレビに行きます。
by さくら (2015-01-26 23:50) 

ヴィトゲンシュタイン

あ~、スッカリ忘れてて爆睡しちゃいました。
面白かったですか??

確かに昨晩の23時~翌2時まで、異常なアクセス数です。「アウシュビッツ」の検索が多いですね。

>「ドイツの若者、5人に一人はアウシュビッツを知らない」
なるほど・・。
他にも開放70周年式典のニュースもありますね。
ポーランドの外相が「収容所の門を開いたのはウクライナ兵だった」と発言して、ロシア側が「収容所を解放したのは赤軍(ソ連軍)であり、全ての民族が英雄的に戦った。」と反発するなど・・。

個人的見解ですが、ポーランドの言っていることは正しいにしても、どっちもソ連赤軍なんだし、アウシュビッツを解放しようと進軍してきたわけではなく、ソコに収容所があった・・ということでしょう。
もっとも、現在のウクライナ情勢に関連した嫌味のようですけどね。

by ヴィトゲンシュタイン (2015-01-27 06:23) 

さくら

忘れてましたか(笑)。
面白かったですよ。
でも、アイヒマンが「本人である」との決め手になったのが、奥さんの誕生日に花を買ったから……みたいなスパイ作戦部分を期待してたので、そんなのはなかったのが少々残念です。

ソコに収容所があった・・
笑。
そういう手柄の奪い合いとか、意地の張り合いとかは面白いですねー。



by さくら (2015-01-27 12:50) 

ヴィトゲンシュタイン

そうですか。再放送待ちですね。
でも今夜の「囚人番号A26188 ~ホロコーストを生き延びて~」はキツそうだなぁ。。

そうそう、ナチスの強制収容所にはウクライナ人看守がいて、汚れ仕事をやる彼らが一番残虐だった・・とか、伝統的にポーランドとウクライナは仲が悪いだとか、いろんな話があるんです。
せっかくTVでアウシュビッツやるんだったら、ドイツ人SSだけじゃない、囚人頭である「カポ」や、バルト3国やウクライナ人などの看守である「アスカリ」、そういう序列も紹介して欲しいなぁ。

by ヴィトゲンシュタイン (2015-01-27 20:36) 

さくら

ホロコーストはキツイです。
見ましたが。
私は単純に「アニメのカッコイイ悪役」的なノリで見てるので、リアルに残虐なのは吐きますね……。

TVで看守の序列とか無理ですよ、たぶん(笑)。
専門的すぎて大概の人はついていけませんー。
by さくら (2015-01-28 12:58) 

さくら

昨日、読みました。
面白かったです。
他のナチスメンバーに言いたいことを言いまくっていますね。
将軍たちはヒトラーのたてる作戦に不満だったと思っていましたが、ゲーリングは評価していたのですね。
ソ連戦、「総統の作戦通りに行えば勝てたのに、しくじりやがって」みたいなことを言っているのでビックリです。
勝ち目もあったんかなー?
大戦中、自制してモルヒネと美食を絶っていれば、ゲーリングはもっと活躍できたのでしょうか?
by さくら (2015-02-06 12:55) 

ヴィトゲンシュタイン

まぁ、ゲーリングの言っていることは話半分でいいと思いますよ。
そもそもゲーリングと仲の良い、或いは仲間と呼べるナチス幹部や将軍はいないですから・・。
本書が面白いところは、彼にとっての拠り所は総統だけ・・そんな環境にあると思います。
ゲーリングはシャキっとしてても、空軍総司令官としてはダメだったでしょうね。あくまで戦闘機乗りですから戦略思想からしても、せいぜい戦闘機隊総監止まりがいいトコで、無任所大臣として、或いは外相などの政治的な活躍ならもっとできたとは思います。

ソ連戦に勝ち目があったか??
緒戦でモタモタしないで、モスクワを第1目標にして首尾よく奪取していたら、スターリンがウラル山脈の向こうに疎開せず、モスクワで死ぬか、捕えられたら、ソ連は内部崩壊した可能性はあると思います。
ヒトラーの勝利のイメージも1917年の革命とそれに続く内戦だったんでしょう。

ただ、個人的には、スターリンは疎開して、徹底抗戦したんじゃないか・・と。でも自分が逃げ出しておいて、戦い続けろと命令するのは軍の士気にも影響します。
1945年早々にでもヒトラーがゲッベルス、ゲーリングを引き連れてベルヒテスガーデンに疎開していたら、あのベルリン攻防戦の激闘はなかったかもしれないと思いますし、ヒトラーが頑なにベルリンに留まった理由があったように、最高司令官自身の政治的判断として、留まるべきか、逃れるべきか・・は難しいですね。
いずれにしてもスターリンを失えば、反スターリン派、反ソの民族主義者がアチコチで湧いて出たでしょう。
そして1944年にヒトラー暗殺が成功していたら、国防軍とSSによる内戦が・・とよく言われるように、ボルシェヴィキ幹部同士、赤軍による権力争いが勃発し、崩壊したでしょう。

by ヴィトゲンシュタイン (2015-02-06 19:03) 

さくら

彼にとっての拠り所は総統だけ・・
これはゲッベルスやボルマンにもモロに当てはまることですね。
みんな一人ぼっちなのですね。

なるほど。
序盤戦だけでもとれば内部崩壊の芽がありますか。
フセインやカダフィやアサドがいなくなったり弱体化して、今、えぐいことになってますもんね。
日本まで巻き込まれてるし。

終盤のヒトラーは引きこもりでも、ベルリンに踏みとどまったところは、総統として責任を果たしているのですね。
by さくら (2015-02-06 23:09) 

ヴィトゲンシュタイン

さすが。
ボクも昨日書いてて、フセイン逮捕→イスラム国の流れを思い浮かべていました。
いつの時代も独裁者が突然いなくなれば、その残党vs保守派含む新興勢力の図式になるもんですね。ムッソリーニが失脚した後のイタリアも内戦になりましたし、このパターンは定番とも言えそうです。
その点、戦後の日本では天皇制が維持されたことが大きかったんでしょう。

ふと思いついたんですが、ヒトラーがモスクワ進撃を中止して、その戦力をキエフに持って行き、結果、大勝利、改めてモスクワへ・・としたのは、前年のフランス戦、ダンケルクで勝利してから、政府の逃げた首都パリへ入場、そしてフランス降伏ということを思い出したのかもしれません。

by ヴィトゲンシュタイン (2015-02-07 09:43) 

さくら

なるほどー。
そういえば、日本は違う天皇を立てたり、天皇の権力が弱体化することはあっても「天皇制打破」を目指した勢力ってないですね。
これ、ものすごく珍しくないですか?
「天皇に搾取されてる」と思った日本人がいないってことですよね。
トップの意志で戦争やって負けたら、普通、トップは捕まって殺されるか国外逃亡になるけど。
日本人はそれでも「天皇」だけは守りたいと思った……。
これは特殊な国ですね。

ヒトラー、フランスの再現を狙ったんでしょうか。
でも、フランスって地力のわりに異様にあっさり降伏してますが、あれ、結果的には大正解でしたね。
たいした被害も受けず、結果、ドイツに勝つことに……。
by さくら (2015-02-07 12:45) 

ヴィトゲンシュタイン

そうですねぇ。
日本に天皇制廃止を訴える大きな勢力がないのもそうですが、終戦直後に赤化防止の面もあったにせよ、感情的にならず、天皇を戦争犯罪人としなかったマッカーサーと米国政府のファイン・プレーとも言えるでしょうね。

>ヒトラー、フランスの再現を狙ったんでしょうか。
これは単なる思い付きです。どんな本にもそんなことは書いてありません。ちょっと面白いな・・と思って。。

>フランスって地力のわりに異様にあっさり降伏
別の見方をすれば、ドイツ軍の戦略と戦術があまりに完璧で、思うように進んだということですね。あまりの順調さに司令官たちもヒトラーも、フランス軍の大反撃が来るぞとビビって、戦車部隊を停止させたくらいですから・・。

by ヴィトゲンシュタイン (2015-02-07 16:24) 

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