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ゲッベルスの日記 -第三帝国の演出者- [ヒトラーの側近たち]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ヨーゼフ・ゲッベルス著の「ゲッベルスの日記」を読破しました。

第三帝国の宣伝大臣ゲッベルスの日記は過去に「大崩壊 -ゲッベルス最後の日記-」
紹介していますが、あちらが1945年2月~の終戦間際の日記であったのに対し、
1974年の発刊で、334ページの本書はそれ以前の期間の日記です。
具体的には1925年~26年のゲッベルス青年期にヒトラーと知り合う部分の日記と
1932年から翌年にかけて、ナチ党が政権を奪取する部分の2部構成です。

ゲッベルスの日記.jpg

はしがきでは「ゲッベルスの日記」と云われるものがなんなのかを解説しています。
しかし、このはしがきがおそらく1962年の英訳版、「1925年~26年の日記」という
古いものであることから不明な部分も多く、ちょっと混乱したので、
1984年発刊の「大崩壊」のはしがきを読み返してみました。
この2冊からの情報を整理すると、だいたいこんな感じです。
1924年6月以来、ほとんど毎日、1941年7月まで自筆で日記をつけていたゲッベルスは、
それ以降の1945年まで口述の形でタイプさせ、そのタイプ用紙は4万枚にも及び、
ゲッベルスはこれを最新技術のマイクロフィルムに収めて、現物は破棄するように命じますが、
なぜかそれは実行されず・・。

Time_1933_07_10_Joseph_Goebbels.jpeg

終戦時、総統官邸を占拠したのはソ連軍なわけですが、彼らが置いて行ったのか、忘れたのか、
1942年~43年の日記が断片的ながら発見され、1948年に「ゲッベルスの日記」として
初めて陽の目を見ます(未訳)。
さらに脱落のない1925年~26年部分の192ページの日記が見つかって、
これが本書の第1部に該当します。
西側の手に入ったこれら以外は、1960年代末に元総統官邸敷地で建設工事が始まった時に
放置され、忘れられていた痛んだ大量の日記とマイクロフィルムを東ドイツ当局が
改めて発見したのでした。そしてこれを手に入れた出版社は、
最後の6週間だけを公刊し(「大崩壊」)、残りは現代史研究所などに売却。

と、いうことで第1部の「1925年8月14日~26年10月30日」までの日記。
いきなり「スイスから手紙をくれる、かわいいエルゼ・・」のことから始まるため、
この1925年8月という時期のナチ党やヒトラー、ゲッベルスの立ち位置がわからないとツライですが、
はしがきにもコレがちゃんと書いてあるので問題ありません。

Joseph_Goebbels_pose_with_local_Nazi_Party_officials_in_Hattingen_1926_oraz_Adolf_Hitler.jpg

簡単に紹介すると前年の暮れにランツベルク刑務所から釈放されたヒトラー。
すぐにナチ党を再建し、ドイツ西北部はグレゴール・シュトラッサーに任せ、自分はミュンヘンに・・。
ラインラントの大管区指導者カール・カウフマンの元で書記局長となったゲッベルスは
シュトラッサーの秘書も兼ね、新しく出版する雑誌の編集にも加わります。

strasser Goebbels.jpg

日記でシュトラッサーを「ユーモアのセンスがあるすばらしい人物」と評するゲッベルス。
ルール大管区のSA指導者のルッツェなども頻繁に登場し、各地での党の講演にも向かいますが、
ドルトムントでは「怒り狂った赤の暴徒との市街戦。ぼくらの負傷者は49名。気ちがい沙汰だ」
さらに「会場は超満員。シュトライヒャーが話す。ぐでんぐでんに酔っていた」
登場人物にはカッコ書きで役職(フランケン大管区指導者)などと書かれているので助かります。。

Julius_Streicher.jpg

10月、ゲッベルスは党首ヒトラーと初めて対面します。
「食事中のヒトラーは急いで立ち上がり、ぼくと握手。あの大きい青い目。星のようだ。
ぼくが来たことを喜んでる。天にも昇る心地だ」

Goebbels und Hitler.jpg

面白かったのはラジオについて書いているところですね。
曰く「俗物を生産する現代的装置」
写真で見る ヒトラー政権下の人びとと日常」では、「最先端大衆感化装置」
と書いてありましたが、訳が違うだけかも知れません。。
また3つ歳下のヒムラーについてはこんな風に書いています。
「気のいい人間だ。極めて物わかりが良い。ぼくは彼が好きだ」

hitler's-men-heinrich-himmler.jpg

そして1926年の6月にもなると、上司の立場であるカウフマンやシュトラッサーよりも
ヒトラー崇拝が激しくなっていきます。
「演説家としてのヒトラーは身振り、演技、言葉をものにして、このバランスが実に素晴らしい。
生まれながらの大扇動家だ!彼とならば世界を征服することもできる」

Adolf-hitler.jpg

ナチ党の演説というと、どうしてもヒトラーのものが有名ですが、実際はゲッベルスを含め、
党のお偉いさんたちがあちこちで、しょっちゅうやっていたことがわかります。
シュトライヒャーが"ぐでんぐでん"だったり、良いも悪いも客観的に見ていたようですね。。
こうして10月30日、ゲッベルスは首都の大管区指導者となるべく、
ベルリンへ旅立って行くのでした。(おわり)

Adolf Hitler in happy time with Joseph Goebbels.jpg

第2部の1932年元旦からの日記は、ちょっと特殊な日記であるといえるでしょう。
それはこの日記は終戦後に発見されたものではなく、
ゲッベルス自身が「ベルクホーフから総統官邸へ」というタイトルで
1937年に発表した、日記形式の本であるということです。
ちなみにベルクホーフとはベルヒテスガーデンのヒトラーの山荘ですね。

Goebbels_Hitler.jpg

当時の首相はブリューニング。とにかく選挙に次ぐ選挙の1年間ですから、
ナチ党がどのような宣伝戦術を行使して、ヒトラー首相が誕生したのか・・その内幕が語られます。
いきなり登場するのは「刺殺されたヒトラー・ユーゲントの少年」・・、
あのノルクスくんですね。。「すぐに社説を口述。編集局がまた活気づく」
ベルリンの4月の選挙では「うそのような大勝利だ。断然、群を抜く第1党だ」

ヴィルヘルムスハーフェンを訪れ、就役したばかりの「技術の奇跡」軽巡洋艦ケルンを見学。
そして「海軍の態度は素晴らしい。将校も水兵もみなぼくらを支持し、
フェルキッシャー・ベオバハターを読んでいる」
その翌日にはブリューニング内閣が総辞職・・、混乱の続く国内。
「共産党が行進中の突撃隊(SA)を襲撃。15名の死者。50名以上の負傷者」

Sturmabteilung.jpg

そんななか、ヒンデンブルク大統領の信任を得る2人、シュライヒャーパーペンはヒトラーに
副首相のポストで満足するよう執拗に迫ります。
「総統と党を使い捨てにしようという意図が丸見えだ」
しかし11月の選挙では敗北・・。
ヒンデンブルク大統領はヒトラーに「国会で過半数の支持を得よ」と語り、
自ら首相に指名する気はありません。
結局、シュライヒャーが指名されますが、ゲッベルスは「この内閣はもって2ヶ月だ」

Papen_schleicher.jpg

そんな折、「爆弾が炸裂する。シュトライヒャーが党の役職をすべて辞任すると言ってきた」
これは「総統と党に忠誠を尽くすよりも大臣のポストが欲しい」という裏切りです。
最終的には武装SS師団の名前にもなっている1月30日、首相官邸の窓際に立つヒトラーの姿に
「数10万の群衆が感謝と歓喜の声を浴びせる」ことに・・。

それでも内閣に入閣したのはフリックゲーリングだけであり、この後は国会を解散し、
3月の選挙でナチ党内閣を確立するという最後の戦いが残っています。
「こんどやっつける相手はマルキシズムだ。あらゆる手を使うことになるだろう」
そしてゲッベルスの予言通りか、2月27日には「国会議事堂が火事だ!」
共産党の放火によるものとされるこの事件、
「総統は一瞬も平静を失わず指示を出している。ゲーリングはまったく生き生きとしている」

Reichstagsbrand am 27.02.1933.jpg

彼のつけていた日記がベースにはなっているものの、彼個人やヒトラー、
またはナチ党にとってあまりに都合の悪いことは書かれていない・・と思います。
でも「ゲーリングはまったく生き生きとしている」というのは、なにか意味深ですね。。
それでもシュライヒャー将軍やシュトラッサー、共産党に社会民主党などについては辛辣で、
基本的には遠慮のない、ナチ政権が誕生するまで繰り返される選挙戦の死闘の様子を
中心人物が語ったものとしてみれば、当時のハチャメチャな国内情勢を
ドキュメンタリー風に別の角度から楽しく知ることのできるものだと思います。
ひょっとしたら1941年に日本でも発刊された「勝利の日記」は、コレと同じかも知れません。

goering goebbels.jpg

本書はこのように2つの時期の異なる形式の日記(原著)をまとめた一冊で、
特に手の入っていない第1部は、20代後半のゲッベルスが本命の女の子がいるものの、
あの娘は素敵だ・・とか、この娘も・・と、浮気性というかなんというか、恥ずかしいほどで
(男がそうなるのを否定はしません。日記に書いていることが恥ずかしい・・)、
後にマグダと結婚後も、片っ端から女優に手を出したエロおやじの片鱗がうかがい知れます。

Dr. Joseph Goebbels in Graz.jpg

まぁ、古書でもかなりのプレミア価格で、この1年間チェックしていても
amazonでの最安値は、12,980円というものです。
しかし今回たまたま、1/10の価格、1290円で帯付きの綺麗なものを見事ゲットしました。
amazonでは、たまにこういう破格の値段というのがあって、以前にも注文しましたが
(「特殊戦闘車両」が"1円")、そういうのは出品者が間違いに気づいて「キャンセル」してきます。

今回も最安値の設定を1桁間違えたんだろうな~・・と思いつつ、ダメもとで注文しましたが、
気づいたのか気づかないのか、売買成立してちゃんと送ってきてくれました。
状態を確認するまで不安でしたが、開けてみて思わず、「け・・けけけ」と
筒井康隆の小説のような、いやらしい笑いが・・。





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トイフェル

こんばんは、プリンツ!よいご本がお買い得でよかったですね[わーい(嬉しい顔)] あたしはこのところ、ご紹介していただいたご本を幾冊か読みました。なかでも「死刑執行人との対話」は読みごたえがありました[わーい(嬉しい顔)] 実際にご本を読んでいると、Wikiの「人物」などで(これ元ネタ読んだ)とくだらない満足にひたれますね(´3`)
by トイフェル (2011-10-24 21:02) 

ヴィトゲンシュタイン

トイフェルさん、こんばんわ。
>よいご本がお買い得でよかったですね
そう、真面目にやってると、たまには良いこともあるもんです。ちゃんとレビュー書いてるから、出品者の方も喜んでくれれば・・なんてね。
>なかでも「死刑執行人との対話」は読みごたえがありました
でっしょう?
これは凄い本でした。いま、年に100冊ペースで読んでますが、これは再読したい本に入ってますね。300冊紹介した「独破戦線」でも、そういうのは、たぶん10冊くらいしかありません。
ココだけの話、次回は総統の側近の「ゲ・・」の人、第2弾です。
by ヴィトゲンシュタイン (2011-10-24 21:49) 

IZM

昨日あたりあの「ヒトラーの側近たち」動画を一通り見まして、ゲッペルスも見ました~。
確かに色んな女優さんに手を出したりしたというのは、まあ、当時のその立場だったらしょーがない感じ。。。日記にわざわざ書くマメさは確かに端目に恥ずかしいですねWwww
ネットオークション、自分は全然やらないんでわからないのですがそういう楽しみもあるのですねー。
by IZM (2011-10-26 01:00) 

ヴィトゲンシュタイン

IZMさん。ど~も。
>「ヒトラーの側近たち」動画を一通り見まして
お~、そうですか。ボクはまだまだ・・。You Tubeとかって関連動画が気になって、どんどん違う方へ進んでしまうんですよねぇ。
あと浮気の問題でも、本書の解説では、いくら死んだ第3帝国の指導者とはいえ、プライバシーを無視して勝手に出版して良いのか・・?
なんて議論もあったようです。

by ヴィトゲンシュタイン (2011-10-26 06:17) 

IZM

ブログのほうにカキコありがとうございました!今ヤフーさんがメンテナンス中らしく、返信書けないのでこちらで。。。
クルピンスキー氏は、若い時の写真と、動画のお爺ちゃんとでは比べてみても同一人物かさっぱりわからなかったので教えて頂いてありがとうございます。インタビューに出てくる人物がすごい面子ですね。
ボルマンの息子が「父の一夫多妻願望はナチスのせい。」というのは、うーん、どうかなあWwwwと思ってしまいました。ドイツ人は何でもナチスのせいにしすぎ。
でもあの動画のオープニングテーマ、物々しくていいですよね。確かに悪魔を紹介しているような作りですけども。
>プライバシーを無視して勝手に出版して良いのか・・?
こういうのはちゃんと議論されてほしいですよね、でも結局プライバシーをオープンにされてしまうのは、有名人だと仕方ないんでしょうか。
いちいち女の事メモってた有名人って誰だっけ?と思ったらジェームス三木でしたねWwww

by IZM (2011-10-28 03:38) 

ヴィトゲンシュタイン

IZMさん。ど~も。
>動画のお爺ちゃんとでは比べてみても同一人物かさっぱりわからなかったので
そうなんですよね。ボクも以前にマンシュタイン元帥のやつでローリングホーフェンが出てるっていうのをココのコメントで教えてもらって、DVD何回も見直したくらいですからね。

ボルマンの息子の話はちょっと難しいですね。
ボルマンとゲッベルスは毎年のように子供作って、それでも足らずに浮気して・・ってトコですが、ボルマンの奥さんはコレを大いに認めてたということですから、まぁ、考えようによっては、旦那が自分の女好きを都合の良いようにナチスの政策「一夫多妻」として奥さんを洗脳した・・とも思いますが・・。
正直、このあたりの女性と夫婦、家族に対するナチス政策は、ハッキリしたものがないんですよね。
ヒムラーのSSは「レーベスボルン」作ってみたり、ヒトラーは「母親十字章」を制定して、バンバン子供生むように激励したり、ボルマンは、ヒトラーより過激なアンチ・クライストですから、キリスト教の教えから国民を開放しようとしてたり・・。ゲーリングは保守的かな??
ヒトラーを含めたナチ党幹部の考え方がもともとバラバラだし、このような政策に一貫性があったとは今のところ思えません。なのでこの辺を女性の立場で書かれたものを読んでみたいと思っています。

>有名人だと仕方ないんでしょうか。
ゲッベルスの場合には、プライバシーと歴史的な内容の書かれた日記を天秤にかけた結果のようですが、第三帝国の悪人だからしょうがないでしょうね。ボルマンと奥さんのメモと手紙のやり取りなんか、読んでるこっちが恥ずかしくなります。。。

>ジェームス三木でしたねWwww
まったくよくご存知ですね。。こういうのにはとても勝てません・・。

by ヴィトゲンシュタイン (2011-10-28 12:45) 

IZM

>「母親十字章」
ドイツは未だに子供を7人産むと、ドイツ連邦大統領に洗礼親になってもらえるという特典があるんですが、沢山産むとご褒美があるというのは、一種の伝統なんでしょうかね??

>このような政策に一貫性があったとは今のところ思えません。
やっぱりそうなのですね。
by IZM (2011-10-28 18:55) 

ヴィトゲンシュタイン

>ドイツは未だに子供を7人産むと、ドイツ連邦大統領に洗礼親になってもらえるという特典が
はー、こりゃ凄いですね。
「母親十字章」は、4~5人産むと銅賞、6~7人で銀賞、8人で金賞だったと思いますが(諸説あり?)、「一種の伝統」という意味では、先日のジンギスカンの歌詞が「一晩で子どもを7人作る」だったし、遥か昔のモンゴルではないにしても、ドイツやヨーロッパでは「子どもを7人」が子沢山でめでたい・・の基準だったりしたのかも知れませんね。


by ヴィトゲンシュタイン (2011-10-28 19:52) 

日比谷の池ちゃん

おっしゃる通り「勝利の日記」は「カイザーホーフより首相官邸へ」の邦訳です。
by 日比谷の池ちゃん (2012-08-16 22:49) 

ヴィトゲンシュタイン

日比谷の池ちゃんさん。ど~も。情報ありがとうございます。
間違えていなくて良かった・・。
しかし、いま読み返してみたら間違い発見しました。
>、「爆弾が炸裂する。シュトライヒャーが党の役職をすべて辞任すると言ってきた」
これはもちろん、変態シュトライヒャーではなくて、兄シュトラッサーですね・・。
この2人に、シュライヒャー将軍が出てくると、いつも大変です。。
by ヴィトゲンシュタイン (2012-08-17 05:20) 

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