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普通の人びと -ホロコーストと第101警察予備大隊- [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

クリストファー・R. ブラウニング著の「普通の人びと」を読破しました。

1997年に発刊された本書。Amazonの紹介文では「ヒトラー時代、普通のドイツ人が、
いかにして史上稀な大量殺戮者に変身したのか。知られざる警察予備隊の衝撃の実態。」
というもので、以前からかなり気になっていました。
しかしホロコーストものは、いつもちょっと腰が引けるのと、警察予備隊という地味な部隊が
主題であることもあって見送っていましたが、やっと読んでみる気になりました。
個人的にホロコーストに関与した人々すべてが、反ユダヤ主義者、
もしくはサディストだとはコレっぽっちも思っていないだけに、
どのような状況が普通のドイツ人を殺戮者にしてしまったのか・・?
このような疑問を本書はある程度、説明してくれるものですが、
その代わり、その内容の凄まじさ・・、要はガス室とは違う、具体的なユダヤ人の抹殺手段が
286ページの最初から最後まで続きます。
そんなわけで今回は、「独破戦線」史上、最もエゲツないレビューになりそうなので、
これ以降は、本当に興味のある方・・だけお読みください。

普通の人びと.jpg

著者ブラウニングは米国のホロコースト研究家で、「序文」ではこの第101警察予備大隊を
本の主役とした経緯が述べられています。
それはドイツ連邦検察庁の1962年から10年間にも及ぶ、この部隊に対する取り調べと
法的起訴の法廷記録を閲覧することが出来、500人の部隊員のうち、210人の
尋問調書について研究を行ったことで、彼らが殺すか殺さないかの個人的決断に直面したことに
心をかき乱される衝撃を受けた・・ということです。

そしてこの中年の警察予備官からなる大隊の殺戮の様子の前に、
「通常警察(秩序警察) = オルポ」の制度などの説明から始まります。
全ドイツの警察のトップに君臨するのはSS全国指導者のヒムラーで、
保安警察の刑事警察(=クリポ)と秘密国家警察(=ゲシュタポ)はハイドリヒが、
通常警察はクルト・ダリューゲが長官を務め、ここに採用された警官は
国防軍に徴集されることが免除されます。

Daluege_Himmler_heydrich.jpg

しかし1939年に戦争が始まると、武装SSの第4SS警察師団が編成されたり、
憲兵として国防軍に配属されたり・・。
また、ポーランドやフランスなどの占領地の治安を維持するためにも、その規模は膨れ上がり
新たに編成された中年の警察予備大隊も各国での任務が命ぜられるのでした。
ポーランドにはヒムラーの代理(HSSPF)としてフリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーが任命され、
「残忍なやくざ者で、かつて汚職によって党幹部の地位を追われたヒムラーの旧友」、
オディロ・グロボクニクがルブリン管区に君臨します。

Globocnik und Himmler.jpg

1942年になると、ポーランドにおける「ユダヤ人問題の最終的解決」の責任者となった
グロボクニクによってアウシュヴィッツシュタングルのゾビボルなどの絶滅収容所のガス室に向け、
各地のゲットーからユダヤ人を送り込まれますが、
各国からの移送列車から吐き出されるユダヤ人を処理しきれず、移送が停止する事態に・・。
そして痺れを切らしたグロボクニクは、銃殺部隊による大量処刑の復活を決定するのです。。

Jews from the Lodz ghetto in Poland are placed on a train bound for Auschwitz.jpg

ポーランドに到着して3週間足らずの、ハンブルクを本拠とする第101警察予備大隊を率いるのは
第1次大戦にも従軍した経歴を持つ、53歳の職業警察官トラップ少佐。
中隊長たちはヒトラー・ユーゲント出身の20代後半のSS隊員、
下士官の年齢は27歳~40歳、兵士の平均年齢は39歳で、ドック労働者にトラック運転手、
船員に事務職、薬剤師に教員と実に様々な職業を持った「普通の人びと」です。

Members of Police Battalion 101 posing.jpg

1800人のユダヤ人の住むユゼフフ村に大量の装備で到着し、整列した大隊。
トラップ少佐が青ざめた顔で、目に涙を浮かべながら全員に任務を伝えます。
「働くことの可能な男性は分離して収容所へ、残りのユダヤ人・・女性と子供、老人は、
本隊によって射殺されなければならないのである」
彼は付け加えます。「この任務を遂行できないと感じる者は、誰でも外れることが出来る」
そして10人が前に進み出て、銃を返却・・。

Police Battalion 101 Inspection at Lodz.jpg

命令を下しはしたものの、森の処刑場へは姿を見せないトラップ少佐。。
彼は村の校舎で一人泣き続けています。「おお、神よ、なぜ私にこんな命令が・・?」
一方で部下たちはユダヤ人の駆り集めに精を出しますが、
さすがに小さい子供を抱いた母親は暗黙の裡に見逃して・・。
銃殺部隊に指名された第1中隊は、犠牲者を即死させるための射撃方法の講習を
大隊付き医師から受け、いざ森に出発。。。
トラックから降ろされた40人のユダヤ人が1列になって伏せると、同数の警官が背後から近づき
肩甲骨の上の背骨にライフルを当て、一斉に引き金を絞ります。

einsatz.jpg

調達してきたアルコールによって夕暮れまで休みなく続けられ、
自分がいったい何人を殺したのかすら、わからなくなってしまうほどです。
しかし「他の仕事に変えて欲しい」と訴える者、「これ以上、続けられない」と上官に泣きつく者、
故意に犠牲者を外して撃つ者、なかには気づかれるまで隠れている者も・・。
ユダヤ人を運ぶトラック運転手でさえ、一度の運搬で神経が参ってしまいます。

このような進捗の遅れのため、第2中隊にも銃殺任務が下されますが、
「講習」を受けていない彼らは自由裁量で撃ち始め、その結果、
「しばしば頭蓋骨全体が引き裂かれ、血、頭蓋骨の断片、脳髄があちこちに飛び散り、
射撃手に降りかかったのです」
「4人目には耐えきれなくなって森に逃げ込み、胃液を吐き出して、3時間は座り込んでいた」と
証言する者もいれば、「努力して子供だけは撃てるようになった」という者も・・。
これは母親を隣りの警官が撃つことで、母親がいなければこの子は生きていけないのだと
自分を納得させることが出来た・・という理由です。

einsatz1.jpg

銃殺を一切、拒否し、仲間から「弱虫野郎」と言われた隊員の証言も出てきます。
38歳の土木会社社長の少尉は「私は職業警察官ではなく、
その経歴が失敗するとしても大したことではなかった」
逆に率先していた若い中隊長たちについては「将来、出世したがっていた職業警察官だった」
う~ん。。確かに、このような「シャバ」での立場の違いは大きいと思いますね。

この大虐殺が終わっても、翌月には再び大量銃殺の任務が・・。
今度は根っからのユダヤ人嫌いのウクライナ人、ラトヴィア人、リトアニア人から成る、
残虐性も十分な志願兵(対独協力者)との共同作戦です。
第2中隊長も含め、全員が泥酔状態のなかでの虐殺・・。
墓穴のなかに地下水と血が混じり合い、膝まで浸かった状態で銃を撃ち続け、
溢れて漂う死体に、致命傷を受けずに呻き続ける犠牲者・・。

einsatzgruppen-brutal-germans-nazi-death-squads.jpg

また、町で第1中隊の軍曹がポーランド抵抗組織に殺される・・という事件が起こると、
報復として、ポーランド人200人の処刑命令が・・。
最初の任務では泣き崩れていたトラップ少佐も、この頃には任務に順応しています・・。

さらにベルリンから楽士と役者で構成された「前線慰問団」がやってきますが、
彼らは翌日の作戦のことを聞きつけていて、参加させてくれるよう懇願します。
そして当日の銃殺隊は、大隊の銃で武装した娯楽部隊の志願者が中心です・・。
まぁ、ハワイなんかに行って銃を撃ってくる、今の日本人と同じ感覚なんでしょうか?

einsatz1a.jpg

最後は4万人以上を虐殺した「収穫感謝祭」作戦。
ルブリンの労働収容所で働く、この地で最後に残ったユダヤ人も抹殺しようという作戦です。
グロボクニクの後任者、ヤコブ・シュポレンベルクが指揮し、武装SSSD、警察連隊が
クラクフやワルシャワ管区からも集められ、もちろん第101警察予備大隊の姿も・・。
3メートルまで積み上げられた死体の上に次の犠牲者が・・という
「もっとも、おぞましい」殺害方法ですが、警官たちはすっかり慣れてしまって、
戦後の取り調べでも、大して印象には残っていなかったようです。

Police Battalion 101 Celebrating Christmas.jpg

終戦後、帰還した第101警察予備大隊の多くは、元の職業に復帰したものの、
トラップ少佐は告発され、1948年、ポーランドで処刑。。。
その他の「普通の人びと」は、1962年に告発されました。

著者はまとめとして、戦争による虐殺行為は付きものであり、日米軍の間に起こった
ジャングル戦での「捕虜にしない」方針や、米兵が日本兵の死体の一部を
戦争土産として日常的に集めていた・・という例なども挙げています。
WOWOWで放映したドラマ、『ザ・パシフィック』でもこのシーンはありましたね。

the pacific.jpg

それにしてもここでは書きませんでしたが、前半から「移送列車」の現場での凄まじさ・・。
裸にしたユダヤ人を何十両と貨車に詰め込めるだけ詰め込み、
それでも乗り切れない者は全員、射殺・・。
ゲットーでの駆り集めでも、対象のユダヤ人に対するドイツ兵の人数が妥当であれば
問題なく移送が出来るものの、人手が少ない場合は逆にそれがプレッシャーとなって、
ちょっとしたことで「射殺」という荒っぽい手段が起こったり・・と
期限に追われた、現場レベルでの任務と残虐行為との関係も理解できるものでした。

KZ.jpg

まぁ、このようなホロコーストものを読むときはいつもそうですが、
自分がその場にいたら・・ということを想像しながら読んでみます。
復讐心や戦場での狂気が起こした虐殺とは別の、国家の政策による虐殺命令・・。
本書の部隊は、加害者でありながら、また被害者でもある気がします。
彼らも任務をこなすうちに慣れていったように、読んでる自分も気が付くと
今まで読んだことないほどの本書のエゲツない表現にも、慣れてしまっていました・・。





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コメント 4

HOTCOOL

時世と群衆心理そしてカリスマ性。
この時代のドイツは一体なんだったのでしょうね?
by HOTCOOL (2011-09-23 19:05) 

ヴィトゲンシュタイン

HOTCOOLさん。コメント、ど~も、ありがとうございます。
ホントこの時代のドイツはまさに"事実は小説より奇なり"ですね。。
この5年くらい、集中して読んでますが、未だによくわかりません・・。


by ヴィトゲンシュタイン (2011-09-24 02:23) 

しゅり

こんにちは、ヴィトゲンシュタインさん。
この本は知りませんでした。
読みたいな!と思ったので、失礼ながらヴィトゲンシュタインさんのレビューの核心に触れるところは読んでおりません。
しかし、本の暴落を待つ不届き者ゆえに、良書に合うタイミングが遅い私と違って積極的に新旧問わず果敢にトライされておられますね。

>今まで読んだことないほどの本書のエゲツない表現にも、慣れてしまっていました・・。

本当にそうですよね。
私も小学校の頃からホロコーストやナチスに興味があり、確かに今でも衝撃的な文章に出会うと動揺する半面、興味の時期に年季が入っている分、ある程度慣れがあるような気がします。

ということを認識したのは、今、毛沢東に関する本を読んでいるのですが、そんな露骨な粛清などの表現はされていないものの、中国や毛沢東の知識がそんなになかったので衝撃で、読みながら凹んでいるのです。

そんなことを思うと、ナチスものに慣れてしまっているのかなとこの頃感じています。


by しゅり (2011-09-24 04:54) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。しゅりさん。
まったく「慣れ」とは恐ろしい・・ですね。
毎月、何冊か買ってはいますが、3~4年前に買ったものの、まだ手を付けてないのもあるんですよねぇ。でもこれでホロコーストものは在庫なし。。
今後、読んでみたいのを列挙すると、「私はガス室の「特殊任務」をして​いた」、「ブーヘンヴァルトの日曜日」、「普通のドイツ人とホロコースト」、「エレーヌ・ベールの日記」、 「母と子のナチ強制収容所」。しゅりさんに教えてもらった「ピンク・トライアングルの男たち」も検討中です。。​

by ヴィトゲンシュタイン (2011-09-24 11:01) 

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