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ナチ親衛隊知識人の肖像 [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

大野 英二 著の「ナチ親衛隊知識人の肖像」を読破しました。

ちょうど10年前に発刊された、経済学が専門の京大名誉教授が書かれたものである本書。
「1年間の研究ノート」というだけあって、さすが難しいというか、難解ということで知られていますが、
まぁ、そう言われると、どんなもんかちょっと試してみたくなりました。
登場人物は表紙の5人、いくらなんでも日本語だし、英語や独語の本よりはわかるだろ・・
という感じで、336ページの本書に挑んでみました。

ナチ親衛隊知識人の肖像.jpg

「はじめに」ではこのタイトルである「ナチ親衛隊知識人」とは何を指すのか・・が書かれています。
それはナチズムの体制を支えたドイツの若い知識人、特に本書では国家保安本部(RSHA)における
親衛隊知識人に焦点を当て、考察したい・・ということです。

ではドイツの若い知識人・・という定義はなにかというと、1900年~1910年に生まれた
「戦時青少年時代」の世代を指し、ソコに含まれるのはラインハルト・ハイドリヒ、ヴェルナー・ベスト、
アルフレート・ジックス、オーレンドルフにカルテンブルンナーといった本書の5人です。

また、この世代にはヒムラーやゲシュタポのミュラー、「ヒトラーの建築家」シュペーアも含まれ、
逆にこのようなナチ体制に反抗した「戦時青少年時代」の人物としては
ドホナーニ、ボンヘッファー、ヘルムート・ジェームズ・フォン・モルトケに、シュタウフェンベルク
文化人ならマレーネ・ディートリッヒに、レニ・リーフェンシュタール、そしてカラヤンが該当します。

Herbert von Karajan.jpg

第1章はハイドリヒですが、個人的にはこのハイドリヒが知識人というカテゴリーに入るのか
若干、疑問に思っていましたが、本書の紹介では「エリート意識の強烈な知識人」として、
ハイドリヒという「悪霊」のごとき人物を欠いては、RSHAの親衛隊知識人を語ることはできない・・
といったことのようです。

そして「親衛隊知識人の類型の特徴をなし、急進的なフェルキッシュな思想を持った、
即物性に徹した若いテクノクラートという性格が認められる」という表現で進みます。。。
ハイドリヒの1ページ目からこの書きっぷりですから、特に「フェルキッシュ」や
「テクノクラート」くらいの意味は朝飯前・・という方でないと、この後、結構しんどくなります。

Reinhard Heydrich teenager.jpg

展開としてはハイドリヒの生い立ちから語られ、ユダヤ人の血を持っていたのでは・・という話、
安楽死計画(T4作戦)やヴァンゼー会議、そしてアインザッツグルッペンの殺戮部隊の様子も
詳しく書かれています。
とくに本書では出動集団、出動部隊(アインザッツコマンド)と訳されるこの部隊ですが、
指揮官の多くは法律家であり、医師やオペラ歌手、そしてほとんどが30代の
若い知識人であったということです。

最後にはプラハでの暗殺の過程と、国葬ではベルリン・フィルハーモニーが
「葬送行進曲」を演奏したという話で終わります。

続いては初期のRSHAで人事局長も務めたヴェルナー・ベストの登場です。
彼は「髑髏の結社」を読んで気になっていた人物ですが、フランクフルト大学で法律を学び、
1930年にはナチ党へ入党します。
そしてこの理由を本書ではこんな感じに書いてます。

SS-Obergruppenführer Dr. jur. Karl Rudolf Werner Best.jpg

「ヒトラーの世界観はナショナリズム、社会主義、オーストリア的大ドイツ主義、
ウィーン的刻印の反ユダヤ主義といった寄せ集めに他ならず、
ナチ党のイデオロギー的理論的な特徴づけが弱いため、ベストは彼の
「フェルキッシュ有機体思想」ないし、革命的エリート的概念が党綱領の明確さを増すのに
寄与するものと考えたのである」。
ふ~、こうして書いててもわかったような、わからないような・・。

ハイドリヒが長官を務める初期のゲシュタポにおいて、その代理という役職に就いたベスト。
国民に対し、自発的な通報や自発的な密告を激励することで
ナチス・ドイツは密告に支えられた「自己監視社会」へと向かいます。

Gestapo-Headquarters.jpg

しかし1939年になると、国家警察と党の機関であるSDなどが組織上、人事上の問題で
複雑に絡み合い、ベストが保安警察の指導的地位に、法学を学んだ大学出を
採用しようとしたことから、大学出ではないハイドリヒが異を唱え、ゲシュタポのミュラーや
シェレンベルクらからも猛烈な反対を受けます。

また、ポーランド侵攻ではアインザッツグルッペンの構成と指導に従事したようで
その後は占領したフランスの軍政に携わりますが、これはすでにRSHA本部を離れていた
彼にとってゲシュタポのような仕事ではありません。
そのためか、ヒトラー命令によるレジスタンスに対する報復としての人質射殺も強硬に反対。
そして大使としてデンマークへ・・。
この人は複雑な人物ですから、本書の50ページほどではとても理解しきれないですね。

Wonder if it is in France.jpg

1935年にSD本部に採用されたフランツ・アルフレート・ジックス
SDにおけるただひとりの教授であり、大学出のベストとも仲の良かったジックスですが、
やっぱりSDの知識人化を嫌うハイドリヒと上手く行かず、武装SSに志願・・。
しかしバルバロッサ作戦とともにアルトゥール・ネーベのアインザッツグルッペンBへ送られますが、
「同格」の局長であるネーベから、なんら命令を受けようとしません。
結局はハイドリヒが死んだことで、RSHAから外務省に移る道が開かれたジックス。
外務省文化・情報部長に任命されるとなると、「ベルリン・ダイアリー」を思い出しました。

Franz Alfred Six.jpg

ジックスは戦後の裁判でアインザッツグルッペンに関与していたものの、
20年の禁固刑で済みましたが、次のオットー・オーレンドルフは死刑です。
少年時代から政治に関心を向けていた彼は、1925年、18歳でナチ党に入党します。
1939年にはRSHAⅢ局の局長となったオーレンドルフですが、
トップであるバイエルン人のヒムラーとの対立もその気質の面からも多くあったようです。
ヒムラー曰く「我慢のできない、ユーモアを欠いたプロイセン野郎で、非兵士タイプで、
敗北主義者でインテリ畜生」というものです。

SS_Brigade_Fuhrer_Otto_Ohlendorf.jpg

そしてアインザッツグルッペンDの指揮官として、女子供を含む9万人のユダヤ人と
民間人を殺戮したオーレンドルフ。
これを「兵士の厳しさと政治的明確さが欠けている非兵士的な軟弱な知識人を
大量殺戮へ巻き込むことで、ナチズムへの無条件の忠誠を強い、運命共同体として
反対派となる可能性を奪い、RSHAに適応した道具にしようとした」ハイドリヒの意図によるもの・・
だとしています。

Einsatzgruppen2.jpg

5人目はRSHA長官ハイドリヒの後任となったカルテンブルンナーです。
1930年にオーストリア・ナチ党へ入党し、ゼップ・ディートリッヒの勧めでSS隊員となったそうですが、
このちょっと不思議な話は、オーストリアSS本部がミュンヘンにあり、
ゼップの指揮下にあったことのようです。

アンシュルスに向け、オーストリア・ナチ党とカルテンブルンナーが貢献する様子も詳細で、
ザイス=インクヴァルトグロボクニクなどが随所に登場してきます。
そして彼らはオーストリアを「ライヒに帰す」ことを目指し、ドイツ軍のオーストリアへの進軍に反対して
ヒトラーを説得しようとした・・というのは初めて聞く話ですね。

Wien, Arthur Seyß-Inquart, Adolf Hitler,Himmler,Heydrich, Kaltenbrunner.jpg

ヒムラーによって新たにオーストリアのHSSPF(高級親衛隊・警察指導者)に任命された
カルテンブルンナー。しかし、その地域のすべての親衛隊と警察力を監督するHSSPFという
新たな役職を危惧するのはやはり、ハイドリヒです。
シェレンベルクとアイヒマンをウィーンへ派遣して、保安警察(ゲシュタポと刑事警察のクリポ)と
SDに対し、ハイドリヒに忠実であることを求め、秩序警察のダリューゲも同様に、
秩序警察(オルポ)本部長からの司令のみを受けるようにと手をまわして、
カルテンブルンナーの権限を大幅に制限します。

Himmler _ Kurt-Daluege.jpg

本書の主役5人は、同じ時代に同じ組織に属していたわけで、当然、本書全般で
彼らを取り巻く「脇役」たちもヒムラーを筆頭に同じようなメンバーが登場してきます。
そんな中でRSHAの人事局長、シュトレッケンバッハSS中将が大変気になりました。
特にハイドリヒ暗殺後の空席に彼が代理となっていたというのも初耳でしたし。。。

Bruno Streckenbach.jpg

「あとがき」では、本書の執筆を進めていく過程で「親衛隊知識人の対極をなす
ドイツ知識人の抵抗運動に対する関心が強まり・・・」とありますが、
この記述を読んで本文の展開に納得がいきました。

また、「書下ろしは初めての試みであり、不備な点や意を尽くさない点も多いが、
大方のご批判を受けたく・・」とのことですので、
この京大名誉教授に畏れ多くも物申させていただければ、
確かに主役の親衛隊知識人から始まるものの、途中から関係者や
赤いオーケストラ」など別組織の記述が多くなったり、
そしてソレが主役の親衛隊知識人にどれだけ関係しているのか良くわからないまま進んでいきます。
やがて主役の親衛隊知識人に戻ってくるわけですが、やっぱりその関連性と重要性が
良くわからず・・という印象でした。

当初の親衛隊知識人を研究していくうちに、興味の湧いたその他の人物も同レベルで
記述してしまっていることから、焦点がぼやけてしまっているのではないでしょうか?
それでも、特にベストやジックスといった人物が詳しく書かれた本は皆無ですから、
彼らに興味のある方は、チャレンジする価値もあるんではないでしょうか。



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