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ニュルンベルク軍事裁判〈上〉 [ヒトラーの側近たち]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョゼフ・E. パーシコ著の「ニュルンベルク軍事裁判〈上〉」を読破しました。

原著は1994年とワリと新しい、タイトルそのまんまの内容である本書は、
死刑執行人との対話」のコメントで教えていただいたものです。
ヴィトゲンシュタインが購入したのは2003年の再刊本で、
著者のパーシコは歴史家、伝記作家で、あのコリン・パウエルの自伝の共著者でもあるそうです。
まえがきでは「若い読者に関心を持ってもらうことを願って、"物語風"に書くことにした」と
述べているように、被告の生の声を列挙したスタイルの「ニュルンベルク・インタビュー」とは
大きく異なった、この裁判の始まりから終わりまでを、裁く者、裁かれる者、
そして各国の多彩な登場人物たちの様々な思惑が入り乱れる過程が
時系列で、非常に読みやすく書かれているものです。

ニュルンベルク軍事裁判 上.jpg

ヒトラーがベルリンの地下壕で自ら命を絶った2日後、早くも米国の戦犯担当首席検事に
任命された本書の裁く側の主役、ロバート・ジャクソンが紹介され、
一方、同じころ、裁かれる側の主役であるヘルマン・ゲーリング国家元帥も米軍に投降・・。
このように過去に例のない「軍事裁判」に向けて動き出した連合軍の様子と、
ポーランド総督だったハンス・フランクデーニッツ大統領、RSHA長官カルテンブルンナーといった
被告たちの戦時中の行いと現状を短い章で交互に紹介していく展開です。

hermann-goering_1945.jpg

英米仏ソの代表団は各国でも違いのある裁判制度や、何をもって「戦犯」とするのか・・を
協議します。例えば「上官の命令に従っただけ・・」を認めると、有罪に出来るのはただ一人、
アドルフ・ヒトラーだけになってしまいますし、「お互い様じゃないか・・」と抗弁された場合も
連合軍の行った違法な行為を無視して、ドイツにだけ適用できるのか・・。
「侵略戦争」として裁くにしてもドイツと共にポーランドへ、さらに翌年フィンランドへ侵攻した
ソ連が裁く側にいる・・という状況です。

裁判所の裏にある刑務所の独房に収容された被告たち・・。
朝食後に米軍看守からモップとバケツを渡され、独房を掃除するよう命令されたゲーリングは
激怒したのち、呼吸がおかしくなってベッドに倒れこむ始末。。。
厳格な収容所所長のアンドラス大佐ですが、、ゲーリングだけは特例を認めざるを得なくなり、
ここからこの2人の対決が続いていきます。

Burton_C__Andrus_in_Nurnberg.jpg

45歳にして「夢精」してしまったハンス・フランクは、コレを聖書を再読することで
カトリックだった少年時代が蘇ったかのような激情のなせる業・・として、
この一件をキッカケに自らの罪を認め、信仰を取り戻すことに・・。

Hans Frank8.jpg

全裸でムキになって手足をバタバタさせる健康体操をしたうえ、便器に頭を突っ込んで顔を洗う、
低俗極まりない反ユダヤ新聞「シュテュルマー」の発行者シュトライヒャー・・。
精神鑑定の際にも、なぜか全裸になった彼は背を向けたロシア人の女性通訳に
「どうしたんだい。いいものを見たくないかい?」。
まったく期待を裏切らない、絵に描いたような下品人間ですね。

Nuremberg Trials Streicher.jpg

ドイツ労働戦線指導者のロベルト・ライが水道管に括り付けたタオルを首に巻き、
窒息するまで体を倒して、自殺・・。その3週間前にもいずれ裁判を受けるべく拘束されていた
安楽死注射専門のコンティ医師が首吊り自殺しており、
収容されている被告たちの安全に責任のあるアンドラス大佐も窮地に・・。

Martin Bormann, Rudolf Hess, and Robert Ley at a meeting in 1935.jpg

そんな収容所に収容されていない被告もいます。軍需産業界の重鎮グスタフ・クルップです。
しかし、その老人性痴呆症で体の一部がマヒしているこの老人の代わりに
息子のアルフレートを起訴しようとするジャクソン検事。
判事団は「フットボールの試合じゃないんだ。選手が病気になったからといって、
控え選手を出すのとはわけが違う」と却下です。

Robert Jackson Nuremberg.jpg

でもこのような意味では、SSの代表者カルテンブルンナーもヒムラーの控え選手ですし、
宣伝省の幹部でソ連側が無理やり出してきたようなハンス・フリッチェに至っては、
ゲッベルス宣伝相のかなり下の控え選手です。。。

Ernst Kaltenbrunner.jpg

頭脳明晰で連合軍からも一目置かれる存在の"ヒトラーの建築家"シュペーアは、
自らの行いについては男らしく責任を取り、それ以外の残虐行為は心から懺悔して、
死刑は避けようとする法廷戦略です。
しかし最も大きな問題は、労働力配置総監で捕虜やユダヤ人などを大量に強制連行した
フリッツ・ザウケルの存在です。
軍需相として戦争末期に、これらの人々を酷使したことによって成果を上げたシュペーアですが、
もしザウケルが「シュペーアの命令に従っただけ・・」と弁明したら・・。

Fritz Sauckel in his prison cell.jpg

いよいよ、2日後に開廷・・という時期になって、ソ連側は突如、首席検事のルデンコ将軍が
ベルリンでマラリアに感染したことを理由に、裁判を延期するよう要請してきます。
これに対して、裁判を遅らせた責任をソ連が取るなら・・という条件が出されると、
「実は医学の進歩のおかげで、ルデンコ将軍は驚くべき回復を見せています」。
このような意味不明なソ連の法廷戦術に、直前でも、開廷後も悩まされる西側・・。

そして裁判が始まり、アウシュヴィッツの様子や、ワルシャワ・ゲットー蜂起の
シュトロープの報告書が提出され、ベルゲン・ベルゼン強制収容所の司令官以下、
11人にすでに死刑判決が言い渡されていることを被告の彼らは耳にします。
このような下級ナチ党員の扱いに、自分達の運命は決まったも同然ですが、
裁判所の食堂では、ゲーリングがみんなを鼓舞し続けるのでした。

nuremberg-trial.jpg

しかしマウトハウゼン絶滅収容所の、凄惨な・・法廷内の女性が気を失うほどのフィルムが
2時間に渡って流されると、フランク、デーニッツ、シュペーア、カイテル元帥
うなだれ、唾を飲み込み、額の汗を拭います。
そんななか、両肘をついたまま「あくび」をするのは、ゲーリング・・。

ヒトラーの代理として英国に飛び立って以来、「ヒステリー性健忘症」となって、
いまやゲーリングでさえ、誰であったかすら思い出せないルドルフ・ヘス
その彼が突然裁判長に発言を求めます。
「私の記憶は外部に対して再び、反応します。記憶喪失を装っていたのは
戦術上の理由からです」。

Hess_Trial.jpg

そして再び、フィルム上映。
フライスラー裁判長が金切り声をあげる、ヒトラー暗殺未遂に関する裁判のフィルムの他に
レニ・リーフェンシュタール監督のニュルンベルク党大会の映画、「意志の勝利」の抜粋版、
ナレーションの声の主は、被告席に座っている"ナチの思想家"ローゼンベルクです。
やがてフィルムの中のヒトラーの演説が最高潮を迎えると、被告たちは思わず身を乗り出し、
外相リッベントロップは人目もはばからず涙を・・。ゲーリングはヘスに語りかけます。
「ジャクソン検事もナチ党に入りたいと言うかもしれんぞ」。

Adolf Hitler at the 1934 Nuremberg Party Rally.jpg

ゲーリングの詫びる風でもなく、自分の行為を認める率直な態度、
辛辣なユーモアを賞賛する英米人も少なくなく、検察側も彼が驚いた顔を見せたり、
頷いたり、首を横に振る仕草で陳述の事実の正否も判断できるほどです。

しかし、その仲の悪いゲーリングと別戦略を繰り広げることで、諍いを始めるシュペーア。
そして彼ら2人の影響力と、どちらの味方に付くか・・を悩むその他の被告、という図式が
この後も続き、彼らの運命を決めることにもなるのです。











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