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Uボート総覧 -図で見る「深淵の刺客たち」発達史- [Uボート]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

デヴィッド・ミラー著の「Uボート総覧」を読破しました。

これまで、何冊かのUボート戦記やUボート興亡史、そしてデーニッツの回想録などを
紹介してきましたが、今回の大判の1冊は、「Uボートそのもの」に焦点を当てたもので、
有名な「Ⅶ型」や「XXI型」などの性能から、その派生型、また魚雷などの兵器までを
大量の珍しい写真とイラストで分析したものです。
ジャーマンタンクス」のUボート版・・といった感じをイメージしながら読んでみました。

Uボート総覧.jpg

3部からなる本書、まずは第1次大戦時、草創期のUボートの紹介からです。
この1910年代のUボートの写真が何枚も出てくるのも凄いですが、
ここでは「デーニッツと「灰色狼」」に登場した、U-9のヴィディゲンではなく、
アルノー・ド・ラ・ペリエール大尉とU-35が詳しく紹介されていて印象に残りました。

思いっきり、フランス系の名前のド・ラ・ペリエールですが、16回の哨戒で、
合計194隻を撃沈という、今後もまず破られない記録を持つ、途方もない艦長です。
後に巡洋艦エムデンの艦長にもなったようですが、
このエムデンはデーニッツも艦長になりましたねぇ。

Lothar von Arnauld de la Perière.jpg

第2部は本書の中核部分であり、1932年から始まったUボート軍備再開を受けて、
建造の始まったUボートが「IA型」から詳しく紹介されます。
「IIB型」でもそのうちの1隻、U-23が1940年3月まで、かのクレッチマーが艦長であった・・と
ところどころで有名艦長の名も出てきます。

「潜水艦史でも最も重要な艦のひとつ」と紹介される「Ⅶ型」。
1936年~1945年まで709隻が建造されていますが、「性能のどれをとっても
群を抜いたものはなかったが、充分な折り合いをつけ、デーニッツの意図するところへ
良く適合していた」というのがその理由です。

A German submarine crew loading a torpedo into their sub.jpg

「IIB型」が戦車で言えば「II号」や「38(t)」戦車であり、
この「Ⅶ型」は「Ⅳ号」戦車といったところでしょうか?
本書を読んでいると、今まで比較したことのない、こんなことを考えてしまいました。

もちろん「司令塔」から「発令所」、「後部居住区」なども詳しく書かれていて、
特に小型コンロが2台あるだけの狭い「烹炊所」もその主はたった1名であって
その彼が年中無休24時間をカバーするという話は、料理好きのヴィトゲンシュタインでも
ちょっと想像しただけで、とても耐えられそうにありませんね。
50人近くの乗組員に数ヵ月続く、哨戒任務・・。
20時間にも及ぶ、爆雷攻撃を受けても、冷静にチョコ配ったりとか・・。

Das ist die Kombüse des U-Bootes!.jpg

この「艦型」では主な「実戦記録」もあり、例えばU-977がアルゼンチンへ・・など。
そして「IX型」ではU-505という恐ろしくツイテいないUボートが登場し、
「実戦記録」でそのすべてを明らかにします。
出撃するたびに発見/攻撃を受けて損傷。その後も得体のしれない騒音やら故障やらで
ロリアンへの帰投を繰り返し、挙句、激烈な対潜攻撃に曝されると、
このいつ終わるともしれない不幸の前に、なんとツシェック艦長が拳銃で自殺・・。
「先任」のマイヤー中尉がなんとか攻撃をかわしますが・・まだまだ、運命はU-505を翻弄します。

Peter Zschech u-505.jpg

補給用Uボート「ミルヒクー」で知られる「XIV型」と続き、遂に「真」の潜水艦、
「XXI型」エレクトロ・ボートの登場です。
しかし、この「奇跡のUボート」もその登場があまりにも遅すぎ、過大な量の
新機軸を一斉に導入してしまったことで、完成後も問題点が続発し、
終戦間際になんとか実戦哨戒できたのは、シュネーのU-2511を含む、わずか2隻に留まります。

U2511 Bergen.jpg

外国艦」では海外の潜水艦をUボートとして使用したことが細かく書かれていて、
大変勉強になりました。
トルコがドイツに「発注」していた潜水艦のうち1隻を大戦勃発に伴い、ドイツが徴発し、
これが外国艦第1号を示す「UA」となったということです。
仮装巡洋艦アトランティスを救出したエッカーマン艦長のUボートが
なぜ「UA」という艦名なのかがやっとわかりました。
英国なら「UB」、ノルウェーが「UC」、オランダが「UD」、フランスなら「UF」です。
「UE」はないのかなぁ。

魚雷や機雷、対空砲に潜望鏡、敵のレーダーを受信する「メトックス」なども
写真つきで次々と紹介され、もちろん「エニグマ」もその使用方法がガッチリと・・。

Enigma.jpg

最後の第3部「作戦史~Uボートの戦い~」は機械より、人間好きのヴィトゲンシュタインが
最も楽しめた部分です。
「Uボートの士官たちも十人十色」というさまざまな艦長の話は知らないものがほとんどで、
U-572のヒルザッカー艦長は、あの「処女のように狭い」ジブラルタル海峡突破に失敗、
さらに連合軍の北アフリカ上陸作戦の大艦艇に対して「怖気づいた」とされて、
「死刑」判決を受け、1943年に「銃殺刑」。

hirsacker_U-572.jpg

U-154のクッシュ艦長は、「艦からヒトラーの写真を撤去」させるなどの振る舞いを
ナチ党員の先任アーベルから告発されて、やっぱり死刑・・。
このようなナチ党員の士官と反ナチ艦長となると、映画Uボート」を思い出しますね。
ちなみに、このナチ党員の先任アーベルも乗艦が撃沈されて、戦死しています。

U-154_kusch_abel.jpg

U-852のエック大尉は違う意味で死刑となった艦長です。
ギリシャの貨物船ペレウス号を撃沈した彼は、救命艇や筏に乗る生存者を見つけては
殺し続け、その場を立ち去ります。
やがて捕虜となった彼は、Uボート士官として唯一の「戦犯」として処刑されています。

The defendants in the U-852 trial_Kapitänleutnant Heinz Eck _left.jpg

U-505のような艦長自決もまだあり、U-604艦長ヘルトリンク大尉の感傷を誘う話も・・。
連合軍による攻撃を受けて大破し、塩素ガスが艦内に広がると、
艦首にいる負傷した部下2名をなんとか助けようとしますが、
それが叶わないことがわかると、彼らの嘆願を聞き入れ、2人を射殺・・。
そしてヘルトリンク艦長は、自分に銃口を向けるのでした・・。

holtring_U-604.jpg

最後は「極東向け輸送作戦」。すなわち枢軸国である日本との交流です。
U-180がマダガスカル島付近で日本の潜水艦「伊29」と会合、双方の物資を交換するものの、
「日本軍はゴキブリやダニまで寄越し、これらが共謀して愉快ならざる状態にした」という
U-180の日誌も抜粋。

また、興味深いU-234の謎・・。
終戦間際、日本人士官2名と560㎏の「ウラン酸化物」を乗せてキールを出港。
しかし、ドイツの降伏の知らせに、日本人士官は自殺、降伏したU-234は米軍に捕えられますが、
「ウラン酸化物」はそのまま行方不明のまま・・という事件です。
これはいまだに「ウラン酸化物」が日本に送られた理由と、米側がどのように扱ったのか・・は
秘密のままだそうです。

「深海からの声―Uボート234号と友永英夫海軍技術中佐」という本があるので
今度、読んでみようと思いますが、本書は以上のように、いままで読んできた
Uボートものとは一線を画した、まさにUボート辞典ともいえる充実した一冊でした。





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