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ナチ武装親衛隊 -ヒトラーの鉄血師団- [第二次世界大戦ブックス]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョン・キーガン著の「ナチ武装親衛隊」を読破しました。

先日の「ゲシュタポ」と一緒に買った「第二次世界大戦ブックス」の武装SSモノです。
相変わらず、時代を感じさせる「副題」が良い感じですねぇ。
本書も「軍事顧問・総監修:リデル・ハート卿」。英国人の著者キーガンは
軍事史の専門家で英国士官学校の主席講師という人物です。

ナチ武装親衛隊.JPG

過去にも何冊か紹介しているSSや武装SSの興亡史と同様、
本書もまず、SSの創設の紹介からです。
1933年の「長いナイフの夜」において、SA幕僚長、レームを殺害し、
そのナチ党の巨大軍事組織だったSA(突撃隊)にSSが取って代わり、
経済復興で入隊者の激減したSAは、お呼びがかかっても、
お祭り行事に道路で群衆整理に当たるのがせいぜいとなった・・。

goebbels_speech.jpg

そして「ライプシュタンダルテ」や「ダス・ライヒ」といったエリート師団が創設されますが、
ヒムラーの発案によっていきなりフィールドグレーの軍服を着させられ、
厳しい訓練を受けさせられることになった「お年寄り」たちの2流師団である「警察師団」、
アイケの収容所看守「髑髏部隊」で構成された「トーテンコップ」が紹介されます。

Polizei_poster.jpg

この「トーテンコープ」ではフランス戦役で投降して来た英部隊を虐殺した
「ラパラディの捕虜大虐殺」を取り上げ、命令を下したクネヒライン(クノッホライン)について
彼の生い立ちなどから、武装SSの誰もがする行為ではなく、
クネヒラインのような異常者によっておこされる行為と解説しています。

ロシア戦線では、面白い解釈がありました。
それは武装SSが名声を持ち続けるうえで幸運だったのは
スターリングラード攻防戦に従事しなかった」ことというものです。
そして第6軍を壊滅し、勢いに乗って攻めてくるソ連軍をハリコフの逆襲で
打ち負かしたのが武装SS軍団だったことで、機動部隊としての存在を誇示することとなった・・。

German troops in Stalingrad.jpg

後半では、拡大していく武装SS師団・・その多くを占めることとなる「外国人義勇兵」部隊を
なかなか詳細に説明しています。
しかしなかには第24SS武装山岳猟兵師団が「ロック・クライミング」と書かれていますが、
コレは一体なんなんでしょうか?「カルスト・イェーガー」というのはたまに聞く師団名ですけどねぇ。

50名は超えたことの無いという「イギリス自由軍」やインド人義勇兵も紹介。
北方の義勇兵ではノルウェー、デンマーク、オランダ人よりも
フィンランド人が最も良く戦ったとして、その理由は「ソ・フィン戦争」による
モチベーションの高さといったことのようですね。

Nordmenn.jpg

バルト3国ではリトアニアがキリスト教が根付いていることから除外されるものの、
エストニア人とラトヴィア人の凶暴性に目を付けたヒムラーは
彼らを殺戮隊員として登用します。

バルカンにおける血で血を洗う戦いでも、チトー率いるセルヴィア人パルチザン部隊に対抗すべく、
クロアチア人やアルバニア人の回教徒で構成されたSS部隊が次々と創設されます。
ハントシャール」や「カマ」、「スカンデルベク」などもしっかり出てきますが、
結局は「失敗だった」と片付けられてしまいました。

SS Handschar.jpg

戦局の悪化に喘ぐ、1944年の西部戦線。
弱体化する国防軍に対して、「ホーエンシュタウフェン」や
フルンツベルク」も含めた武装SSのエリート師団は
陸軍将兵の尊敬と信頼をガッチリとものにし、ヒムラーと陸軍総司令部の間に
どれだけ不信感があったにしろ、戦線の兵士同士の関係はとても良かったとしています。

その一方で、この西部戦線で有名な虐殺事件も・・。
ダス・ライヒによる「オラドゥール村の大虐殺」や
「バルジの戦い」におけるヨッヘン・パイパーによるものとされる「マルメディの虐殺」についても
有名な写真(「バルジの戦い」でパイパーではないとされている、あの写真です)を掲載し、
そのキャプションでは「彼は米軍捕虜の大量虐殺を計画していた」と書かれ、
それはスコルツェニーの「グラフ作戦」と共に、米軍を恐怖に陥れるために命令されたもの・・
といった見解です。

peiper_hennesy.jpg

ノルマンディでの「ヒトラー・ユーゲント」が起こした、捕虜大量射殺事件も
おそらく”パンツァー”マイヤーの承認の上で行われたものとし、
その理由は、彼が長く戦った東部戦線では、こんな殺戮はごく普通だったというものです。

12-hitlerjugend.jpg

最後には、武装SSが偶然起こした、これらの事件とは別に、
その部隊の性格自体が犯罪性を持っていたとして、
「ディルレヴァンガー」と「カミンスキー」が紹介され、
1943年ワルシャワ・ゲットー蜂起で破壊の限りを尽くした、シュトロープSS少将
訓練中だった新隊員による2個大隊にも言及しています。

ここではシュトロープがこの「大作戦」の様子を大量の写真に収め、綺麗に製本して
ヒムラーに提出したという、初めて知った話が印象的でした。
「汚い、偉ぶったSSのブタめ!忌まわしい「大量虐殺作戦」に75ページもの報告書を
誇らしげに作るとはなんたることか!」とニュルンベルク裁判で証言した
国防軍最高司令部作戦部長ヨードル上級大将が絶叫したそうです。

SS Major General Jürgen Stroop.jpg

戦後、25年経ち発刊された1970年当時は、まだまだ、ナチ戦犯に対する裁判も続いていた時代で
本書では軍隊としての武装SSの犯罪に大きなスポットを当てていますが、それは国防軍も
「全てSSがやったこと」と言い逃れは出来ない・・。としています。

この「第二次世界大戦ブックス」を読むにあたっては、
やはり40年前のものという意識をしておくべきでしょう。
当時の通説と現在の見解では、多少なりとも違いがあることは否めません。
しかし、その変化を楽しめるくらいの度量があれば、今でも充分に楽しめるシリーズで、
まだまだ、10冊は読みたいものがあります。



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