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ワルシャワ反乱 -見殺しのレジスタンス- [第二次世界大戦ブックス]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ギュンター・デシュナー著の「ワルシャワ反乱」を読破しました。

昔、アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」を観て、このワルシャワ蜂起というものを知りました。
ポーランド人レジスタンスが白黒画面の暗い地下水道を這いずりまわり
ナチス/ドイツに殺されていくという映画で、ずっと印象に残っていました。
この戦いは「殺人部隊」として有名なディルレヴァンガーやカミンスキー旅団が
暴虐の限りを尽くしたことでも有名ですが、公平に判りやすくまとめた一冊で、
非常に楽しく勉強できました。

ワルシャワ反乱.JPG

1944年7月末、西側連合軍はすでにノルマンディ上陸を果たし、東部戦線では
ソ連の大攻勢によりドイツ軍はポーランドからも敗走しはじめるという戦局のなか、
英国の亡命ポーランド政府の要望もあって、コモロフスキ国内軍司令官のもと
8月1日、ワルシャワはついに蜂起します。

polish the warsaw uprising 1944.jpg

しかし戦力、火力とも充分とは言えないポーランド軍は多数の拠点に
攻撃をかけたこともあって、大きな損害を出します。
また、銃弾の節約のためか、ドイツ軍の負傷兵収容所を占拠すると、
そこにいた全員のノド元を切って殺害するなど、凄惨な戦いが繰り広げられます。
ポーランド軍は警察やSS隊員を捕虜にすると処刑、
大嫌いなウクライナ兵は銃弾の飛び交う中、バリケード作りに駆り出され、
とドイツ国防軍兵士のみまともに扱ったようです。

一方のドイツ軍はウクライナ人やアゼルバイジャン人の外国人部隊や
警察部隊や工兵を含む治安部隊がほとんどで、正規軍としては
ヘルマン・ゲーリング戦車師団の一部などがいたそうです。
状況を危惧した陸軍新参謀総長グデーリアンはワルシャワを陸軍配下に置くよう
ヒトラーに進言しますが、ヒムラーのSS指揮下に任されることになります。
このヒトラーの決断に対する真意は不明ですが、ひょっとすると直前に起こった
国防軍による暗殺未遂事件が関係しているのかも知れませんね。

早速ヒムラーはロシアにおいて対パルチザン掃討で名を挙げた
フォン・デム・バッハ・ツェレウスキーSS大将を鎮圧軍司令官に任命し、
ヒトラーからの命令として「ワルシャワを焦土とせよ」を伝えます。

warschau.jpg

こうしてたまたま近隣にいたSS部隊、ディルレヴァンガーとカミンスキーの部隊が
鎮圧に呼ばれてしまいます。
この本では、この悪名高い2人の部隊の成り立ちについても書かれていて
それによって、同じように言われる部隊の違いも明確にしています。

もともと、反ソ勢力としてドイツ占領下の治安にあたったロシア国民解放軍であり、
ドイツ軍の撤退に伴って、「第29SS義勇擲弾兵師団 RONA(ロシア第1)」となった
通称カミンスキー旅団は、このワルシャワ鎮圧任務について
「自分たちの戦いたいのは共産主義者である」として、当初は断ったとか・・。

kaminsky.jpg

そして「第36SS武装擲弾兵師団」通称ディルレヴァンガー師団は
「銃を使った密猟者」からなる部隊というヒムラーの発想により創立され、
やがては補充要員には犯罪を犯したSS隊員や外国人の犯罪者などで構成され、
主にパルチザン戦で活躍したそうです。ほとんど懲罰部隊といった感じですね。

ss-dirlewange.gif

とにもかくにも、真っ先にワルシャワへ駆けつけてしまったこれらの部隊が
焦土命令を「略奪/暴行なんでもあり」と解釈してしまいます。
彼らはひとつの区画をを占拠すると、避難と称して住民を連れ出し、
空き地に集めて、全員銃殺。病院や研究所を占拠すれば、女性を暴行した末、
全員銃殺・・。このようなことを繰り返しているので、作戦的にまったく前進しません。
また、同様に駆けつけた警察旅団を率いるライネフェルトSS中将が
このような当初の鎮圧作戦を指揮するわけですが、どうもこの人も悪人丸出しですね。

Heinz Reinefarth.jpg

やがて、このような暴虐ぶりがグデーリアンの耳に入り、ヒトラーに部隊の撤退を
進言させることになります。これに「総統、やつらはけだものです!」と同意したのが
ヒムラーの連絡将校であるSS中将フェーゲラインというのは有名な話ですね。
この身内からのバッシングに、ついにヒムラーもカミンスキー旅団を解散させ、
カミンスキー自身もさっさと処刑してしまいました。

oskar_dirlewanger.jpg

ディルレヴァンガーは不思議とコネが強く、特にSS本部長ゴットロープ・ベルガー
後ろ盾もあり、無事にやり過ごします。ただ、カミンスキーのこともあり、
以降は多少真面目に戦ってしまったようで、部隊の損害は大変なものとなってしまいました。
しかし隊員たちも捕虜になれば間違い無く銃殺、作戦が失敗すれば収容所に逆戻り、
というやるしかない状況で、おそらく体力も訓練も受けていない捨て駒のようなもの
だったんじゃないかと思うと、このような損害も納得がいきます。

Brummbär in Warschau.jpg

ドイツ軍の火力は充実していて(というより、部隊と同様に雑多?)
パンター2両や軽駆逐戦車ネッツァーがポーランド軍の手に落ちたものの、
ヘルマン・ゲーリング師団の戦車や鹵獲したT-34、
ロケットランチャーのネーベルヴェルファーや遠隔操作のミニ戦車ゴリアテが50両、
さらに自走砲もカールやブルムベアを投入したようです。

Goliath.jpg

結局、蜂起は失敗し、ポーランド国内軍はレジスタンスではなく、
正規軍として10月に降伏することになりますが、
この調停は珍しく騎士道的なもので、それゆえにそれまでの宣伝活動との相違から
ドイツ、連合軍双方とも内容を発表しなかったという曰く付きです。

Komorowski_Bach-Zelewski.jpg

ポーランドに対する英国の援助や補給不足として、あえて目前で停止したソ連軍、
その鎮圧部隊の半分が主にソ連の外国人義勇兵であったというドイツ軍と
単なるポーランド対ドイツという図式だけではなく、
この地域の歴史の縮図といった印象の戦いです。
ワルシャワで捕虜となっていたロシア軍の兵士たちがポーランドに付いて戦ったということは、
同じロシア人のカミンスキー旅団と銃を向け合ったりしたのでしょうか。



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コメント 2

ヘッツァー?

>軽駆逐戦車ネッツァー

ダイアモンドサッカー世代ですか
by ヘッツァー? (2011-05-13 09:09) 

ヴィトゲンシュタイン

あはは、ホントだ。
古い記事だし、面白いからこのまま放置・・。
by ヴィトゲンシュタイン (2011-05-13 17:04) 

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